異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

【π限定SS】思い出は決して色褪せない

公開日時: 2020年11月26日(木) 20:01
文字数:4,107

「本日は、有意義な時間を過ごせましたわ」

 

 視察が終わり、狂乱の夕食会が済んだ後、ワタクシたちはニュータウンへと案内されましたわ。

 道は相変わらず暗かったのですけれど、たくさんのランタンに囲まれて歩く道はそこはかとなく楽しげであると感じました。

 何より、道が平らなので躓く心配がないのがいいですわね。

 

「それじゃ、ゆっくり休んでくれよ」

「今日はありがとうございます。改めて感謝を述べさせてもらうよ」

 

 達成感からか満足げな表情を浮かべるヤシロさんに、夕食からほんの少しだけ砕けた雰囲気を纏うようになったエステラさんが宿の前までワタクシたちを見送ってくださいました。

 

 宿とは言っても、今日、このために用意されたという新築の大きな建物には女中はおらず、これからウチの侍従たちが部屋を設えることになるのですけれど。

 

「なかなかの建物ですわね」

「ウーマロが張り切って建ててたからなぁ。内装も相当なものだと思うぞ」

「へぇ、トルベックさんが」

 

 確認もせず相当なものだと言うなんて、随分と信頼されていますのね、トルベック工務店は。まぁ、ワタクシたち木こりギルドと本拠地を同じにする大手ですものね、それくらいは当然ですわね。

 

「まぁ、木こりギルドの方がいい木材をご用意できますけれどね」

「……なんに対する対抗心なんだよ」

 

 呆れ顔でそんなことを言う彼は、すっかりワタクシをもてなそうという気概を失っているように見えましたわ。

 嘆かわしいですわね。

 

「帰るまでが接待ですわよ?」

「ならさっさと寝てさっさと帰ってくれ」

 

 真顔で言われましたわ。

「こっちはくたくたなんだよ」とか、そんなことを面と向かって言うだなんて。

 ワタクシを誰だと思っておいでですの?

 

 イメルダ・ハビエルですわよ?

 

 一体、何人の殿方がワタクシに話しかけるために己を磨き、礼節を身に付け、ありとあらゆる贈り物をされていると思っておいでですの?

 

 ワタクシにこんなに馴れ馴れしくなさるのは、あなたくらいのものですのよ?

 

 

 ……まぁ、本日の貢献を鑑みて、特別に許して差し上げますわ。

 

 

「ですので、また贈り物があるのでしたら、受け取って差し上げてもよろしくてよ?」

「『ですので』の意味が分からんのだが……」

 

 苦い顔をするヤシロさんの隣で、エステラさんが苦笑を漏らしていました。

 

 こちらの若い領主代行も、まぁ、よく頑張っていたと思いますわ。

 ワタクシからのささやかな口撃こうげきにも、よく耐えましたこと。

 

 …………怒ってらっしゃるかしら?

 

 いえ、あれですのよ?

 ワタクシは心底四十二区を見下しているわけではございませんのよ?

 四十二区に住まう方たちの人格を根底から否定するような、そのようなつもりはございませんのよ? いえ、本当に。

 ただ、それほどまでに木こりギルドという存在が偉大で誉れ高く、崇高な存在であるというだけですのよ?

 それほど高貴な存在であるワタクシが、最貧区を手放しに認めるわけにもいきませんでしょう? 貴族であるなら分かってくださると思いますけれど、その辺はとても繊細な思惑が交錯するものですもの。

 

 ……いささか、言い過ぎましたかしら?

 少しくらいはフォローが必要かしら…………必要な気がしてきましたわ。

 そうでなければ、ワタクシが口の悪いイヤな女であると認識されかねませんもの。

 何を言われようと、ワタクシの美しさと高貴さは絶対不変のものではありますけれど、性格までは他人には推し量れませんものね。

 性格ブスだなどと思われるのは癪ですものね。

 仕方ありませんわね、このワタクシ直々にフォローをして差し上げるといたしましょう。

 決して、言い過ぎちゃったなぁなどと後悔しているわけではなく、ワタクシの名誉のためにですけれども。

 

 ……こほん。

 

「エステラさん」

「は、はい? なに、かな?」

 

 そんなに警戒なさらなくても、ただ本日の働きを称賛するだけですのに。

 

「大義でしたわ」

「……君は、本当に自尊心の塊のような人だよね」

 

 エステラさんの苦笑から笑いが消えましたわ。

『苦』ですわ。エステラさんの表情が『苦』一色に染まりましたわ。

 

「褒めておりますのよ?」

「そりゃどーも、ありがとう」

 

 引き攣っていますわ!?

 ワタクシに褒められるなんて、世の男性なら噎び泣いて喜ぶ場面ですのに!?

 

 ……はっ!?

 女子ですもの、人前では泣きづらいのですわね。

 分かりますわ、その気持ち。

 

 ……まったく、仕方ございませんわね。

 

「胸をお貸ししても構わなくってよ?」

「いや、いらないから」

 

 両腕を広げてウェルカム感を迸らせましたのに!?

 

「じゃあ、いらないなら俺が……」

「木こり筋肉の檻に閉じ込めるよ?」

「やめろ!? あんな筋肉にかごめかごめされたら夜中にうなされる!」

 

 すすすと近付いてきたヤシロさんがずざざっと遠ざかっていきましたわ。

 ……かごめかごめ?

 

「イメルダ。部屋の用意が出来たようだ。そろそろ入るぞ」

「はい、お父様」

 

 宿には明かりが灯り、ワタクシたちを出迎える準備が整ったようですわ。

 改めて、本日のホスト二人に向き直り、ワタクシはお礼の言葉を述べます。

 

「本日は、なかなかに楽しかったですわ。上出来です」

「……そりゃ、どうも」

「……この女の性根、どこかで叩き直してやりたいな」

 

 ワタクシがこんなにも素直にお礼を述べているというのに、どうしてそんなに酸っぱそうなお顔をなさるのかしら、二人して。

 理解が及びませんわ。

 

「あぁ、そうだ。ナタリア」

「はい。ミズ・ハビエル。こちらをどうぞ。エステラ様からの贈り物です」

 

 そう言って、エステラさんのところの給仕長から渡されたものは四角く大きな箱でしたわ。

 布にくるまれたそれを開けてみると――

 

「ここで開けんのかよ……」

「プレゼントが嬉しくて仕方がない子供のようだね、君は」

 

 失敬なお二人の言葉は聞こえないフリをして中を確認してみれば、それはお弁当でした。

 それも、これは四十区で拝見したお弁当ではありませんか。

 

「もう食べられませんわ」

「食品サンプルだよ」

「これもですの!?」

 

 よく見れば、それは確かに蝋で出来たニセモノでした。

 いいえ、ニセモノではありませんわね。

 

 それは、ホンモノの食品サンプルでしたわ。

 

 とても美しく、美味しそうで、眺めていると楽しい気持ちになれる。ホンモノの食品サンプルですわ。

 

「有り難く頂戴致しますわ」

「ようやく素直に礼を言ったな」

「ワタクシはずっと素直でしたわ」

「お前のは素直なんじゃなくて自己中っつぅんだよ」

「あら? ワタクシを中心に世界が回っているのですもの、当然でしょう?」

「……こいつは」

 

 眉間を押さえて頭を振るヤシロさん。

 ふふ、そんなお顔も見慣れてしまえば愛嬌がありますわね。

 

「本日は楽しかったですわ。では、みなさん、ご機嫌よう」

 

 夜も更けましたし、あいさつもそこそこにワタクシたちは宿へと入ることにしました。

 

 

 

 ヤシロさんのおっしゃったとおり、宿の内装は素晴らしいものでしたわ。

 夜の薄暗い中でこれだけの美しさなら、日中明るいところで見ればさらに美しく見えることでしょう。

 

「素晴らしい内装ですわ」

「さすがトルベックと言ったところか。今度ウチの改装を任せてみてもいいかもしれんな」

「検討の余地がございますわね」

 

 お父様と二人、幅の広い廊下を進み、そのような話をし、ワタクシの寝所へたどり着きました。

 

「それじゃあ、イメルダ。ゆっくり休むといい」

「ありがとうございます。お父様も、ごゆっくりお休みください」

「ありがとう、イメルダ。お前にそう言ってもらえると、いい夢が見られそうだ」

 

 にっこりと笑って、お父様はご自身の寝所へ向かわれました。

 その背を見送り、ワタクシは侍女に付き従われ部屋へと入りました。

 

 大きなベッドに品のよい調度品。

 まずまず……いえ、合格ですわね。

 

「ここになら、住んであげてもよろしいですわね」

 

 侍女に寝間着へと着替えさせてもらい、大きなベッドに腰掛けます。

 ソファで寛ぐのもよろしいかと思ったのですが、今日は歩き回って疲れましたし、早々に休んでしまいましょう。

 

 けれど、その前に――

 

「本当に、食べられそうですわね」

 

 いただいたお弁当の食品サンプルを眺めます。

 たった今出来上がったばかりのような色とツヤ。香りまで感じそうな色合い。

 見事ですわ。

 

「本当に、美味しそう……」

 

 我が家であのお弁当を見た時から、密かに思っていたのです。

 見た目も雰囲気も何もかも違っているというのに、このお弁当という料理は、どこか――

 

 

 お母様の手料理を思い出させますわ。

 

 

 決して似てはいないのですが、なぜなのでしょうか。

 

「あの店長さんが作ったお弁当を模しているのですわよね」

 

 陽だまり亭で見た、笑顔の似合う可愛らしい店長さん。

 ワタクシとは百八十度違う、純朴で控えめな、とても優しそうな笑顔を浮かべる女性。

 

 店長さんのお料理は本当にどれも美味しくて、温かくて、優しさを感じましたわ。

 まるで、食べる人の顔を一人一人思い浮かべて、その人専用の料理を作ったかのような…………そう、そうですわ。

 そこが、似ているのですわ。

 

 

『今日は、イメルダが好きな物をたくさん作りますわね』

『わ~い! お母様、大好きですわ!』

『うふふ。ワタクシも大好きですよ、イメルダ』

 

 

 もうすっかり、色褪せてしまったと思っていた記憶が鮮明に蘇り、鮮やかな食品サンプルの上に雫が一粒、二粒三粒と落ちていきます。

 

 あぁ、そうなのですね。

 

 たとえ、目にすることが出来なくなっても。

 たとえ、この手に触れることが敵わなくなっても。

 

 変わることがない美しさというものは、ワタクシの心の中にいつまでもいつまでも残っていてくれるものなのですね。

 

「こんなにも、鮮やかに思い出せるだなんて…………知り、ま……せん、でしたわ…………」

 

 声が震え、涙が止まらないのに、口元はふにゃりと緩んで顔が笑み崩れてしまいます。

 

 

 あぁ、悔しいですわ。

 

 

「彼の、得意げな顔が、容易に想像できますもの。……癪ですわ」

 

 そう毒づいて、ワタクシはくすくすと一人で笑ったのでした。

 

 

 その日見た夢は、よく思い出せないのですけれど……とても幸せな夢であったことは間違いありませんわ。

 とても満たされた気持ちで眠り、ワタクシは思ったのです。

 

 

 四十二区とは――彼たちとは、これからいい関係が築いていけるに違いありませんわね、と。

 

 

 

 

 

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