「「「ありがとう、おにーちゃん!」」」
「いや、だから、エステラが……はぁ、もういい」
「エステラたちが作った物だぞ」と説明しても、教会のガキどもは俺に礼を述べやがった。
しかも、年少組のハムっ子が教会で過ごすようになってからというもの、教会のガキどもまでが俺を「お兄ちゃん」と呼ぶようになっている。
前はジネットやベルティーナに影響されて「ヤシロさん」や「ヤシロ兄ちゃん」だったのだが、今ではもうほぼすべてのガキが「お兄ちゃん」呼びだ。
勝手に懐くな。
「やっぱり素直な子供たちには分かっちゃうんだね、おに~ちゃん」
「やかましい、胸元年齢四歳児」
こうなることが分かっていたからなのか、わざわざ教会までついてきたエステラ。
怪しいゴロツキ風貴族を泳がせるために運動場へは行かないということだったが、だからといって俺にべったりくっついて来ることはないのに。
「こちらへ来てみよ、『お兄ちゃん』」
「なんだろう、ルシアに言われると、胃がずーんっと重くなるな」
妹要素皆無だもんなぁ、ルシア。
お店のお姉さんが「ご主人様」とか「シャッチョサン」って言ってるような胡散臭さを感じる。コンカフェかイメクラか知らんけどな。
「見事な畑が出来ておるぞ」
庭の一角に、綺麗に整備された畑がある。
以前は芋や葉野菜という、育てやすい野菜が並んでいたのだが。
「メロンにイチゴにブドウ。壮観だな」
今では、完全に趣味に走っている。
「ハムっ子さんたちが丁寧に育て方を教えてくださいましたので、私たちでも美味しい果物が作れるようになったんですよ」
モーマットのところで修行を積んでいるハムっ子。
ハムっ子農場は、俺が口を出していることもあり、量産よりも味と食べやすさを追求したブランド品種がその大半を占めている。
巨峰やピオーネの再現度はかなりいいところまで来ている。
今はシャインマスカットを再現できないかと悪戦苦闘しているところだ。
桃や梨も品種改良が進み、柑橘系もめざましい発展を遂げている。つい先日デコポンが誕生した。
農業の基礎を教えたモーマットは、今ではハムっ子にブランドフルーツの育成方法を教えてもらっている。
トマトやナス、サツマイモなんかも美味い品種が生まれてきている。
……薩摩もないのにサツマイモとはこれ如何に。
ま、ジャガイモもジャガイモで通じるしな。『強制翻訳魔法』様々だ。
最近では、名前と見た目が一緒なのに味や食感がちょっと違うんだよなぁっていう違和感もなくなってきつつある。
俺が慣れたのか、俺が口出ししたせいで日本で売ってる野菜に近付いたのか……
慣れたんだろうな、きっと。
そうそう一個人が世界に影響なんぞ及ぼせるものか。
「モモタロウトマトも植えたんですよ。収穫を楽しみにしていてくださいね」
……うん。それはジョークだよな、『強制翻訳魔法』?
それもう、商品名だからな? 京都の会社が作ったヤツ。
悪ふざけが過ぎるんだよなぁ『強制翻訳魔法』は。ったく、ろくなもんじゃねぇな、『強制翻訳魔法』。
「美味しい果物が採れたらお裾分けに行きますね。すべすべのお手々で」
首から提げたハンドクリームを見せながら、ベルティーナが言う。
……果物、残るのか?
一瞬で食い尽くしそうな人が目の前にいるのだが。
あぁ、そうか。ここで我慢するから他所で我慢が出来ないのか。はっはっはっ、他所に被害を持ち出すなよ。
「さて、これで君の憂いはなくなったわけだね」
ぽんっとエステラの手が肩に置かれる。
別に憂いなんぞ最初からなかったわい。
「運動場へ行ってみるかい?」
「まだいるのかねぇ」
「マグまぐが引き留めておくと申したのだ。信じて向かえばよい」
どこぞの貴族が、調査のためにやって来た場所にいつまでも留まるとは思えんが……
とりあえず、急ぎ足で運動場へ向かってみた。
四十二区へ視察に来たのなら、オルキオのいい噂だけを手に入れて帰ることになるだろうし、問題はなさそうではあるが。
で、運動場にたどり着いてみると――
「怖いなんてものではないではないか、娘っ!?」
なんか、涙目でマグダに食ってかかっているゴロツキがいた。
うわぁ、まだいたわ。
お化け屋敷から出てきた直後なのか、額に脂汗がびっしり浮かんでいる。
それを、光沢のあるシルクのハンケチーフで拭き拭き……って、おい。ゴロツキぶる気ないのか、お前は?
確かに、マグダの言うとおり、見た目や服装はゴロツキに似せようとしているのだが、言動や立ち居振る舞いがいちいち貴族っぽい。
そりゃ正体を見破られるわ。
で、半泣きのゴロツキ貴族に詰め寄られたマグダは、いつも通りの涼しい半眼でさらりと言う。
「……マグダは平気だけど?」
「ぐ……っ! わ、私も、実はそこまで怖くはなかったがな!」
嘘を吐くな、嘘を。
カエルにするぞ、おい。
「よぉ、マグダ。友達か?」
「……あ、オルキオ様と特別親しいヤシロ。こんにちは」
いつにも増した棒読みで、俺に挨拶をしてくるマグダ。
なるほど。オルキオと親しい人物がいるとかなんとかいって、ゴロツキ貴族を引き留めていたのか。
俺らとしても、オルキオが三十区の領主代行になってくれるのがベストだからな。精一杯オルキオを持ち上げておくか。
「いや~、しかし。オルキオ様が寄越してくださった騎士たちのおかげで、ビックリハウスが稼働できるせいか、今日も大盛況だな」
「……そう。オルキオ様のお力があるとないとでは雲泥。今日のこの盛況も、あったかどうか……」
「……君たちには、芝居心というものがないのかい?」
うるさいよ、エステラ。
バレたらどうするんだ。お口チャックしてろ!
……ふふん! ファスナーの登場により、お口チャックが通じるようになったんだぜ! これぞ産業革命だよな!
「そうそう、オルキオ様と懇意にしている陽だまり亭のシフォンケーキは食べたか? 美味いぞ~」
「……あれは是非食べておくべき一品。お一つ35Rbとお求めやすい価格も魅力の一つ」
「いや、私はそのような下賤な食べ物は……」
おいこら、ゴロツキ。
貴族の本音がぽろりしちまってるぞ。
「ゴロツキなら、貴族のお高くとまったケーキなんか食ってられねぇよな? 安くて美味い、それが俺らのジャスティスだ! 違うか!?」
「う、うむっ、そうであるな! なにせゴロツキは底辺の生き物だからな!」
どうにか、自分がゴロツキに扮していることを思い出したらしい貴族。
……こんなヤツを寄越すなんて、どこのアホ貴族の差し金だ?
統括裁判所関連じゃないかもなぁ。つか、こいつが統括裁判所の関係者だとしたら、今後一切統括裁判所には期待が出来ないよな。
「……へい、お待ち」
「…………はぁ。貧民砂糖を使ったケーキか……見た目もみすぼらしくて、まさしく底辺の食い物だな……」
「……35Rb」
「その程度のはした金で食せることだけがとりえの安物か……は~ぁ」
35Rbを支払い、盛大なため息を吐いて、ゴロツキ貴族が紅茶のシフォンケーキを口へ運ぶ。
「んっ!?」
オシナに教えたものよりは甘さを強調したシフォンケーキは、舌の肥えたお貴族様の肥え太った舌にも衝撃を与えたようだ。
「これが……貧民砂糖から……?」
「オルキオ様と懇意にしている店の店長が直々に作ったものだからな」
「なるほど! 貴族が知識を与えた平民が作ったのか……それなら、多少は食えるものになってもおかしくはないが……しかし、これは……」
散々下に見ていた貧民砂糖を「美味い」と素直に認められない様子のゴロツキ貴族。
はぁ、メンドクセェ。
「オルキオ様なら、この調理法で、貴族の砂糖と貴族の小麦粉を使ったケーキを広められるかもしれないなぁ。領主代行というお立場に立たれれば、そういうことも可能だろうし、領主という立場なら他区の領主たちからの頼みは無下に出来ないだろうしなぁ。秘匿は難しいかもなぁ」
「そうであるな! 素晴らしいものを秘匿するのは街の発展、ひいては国家繁栄の足を引っ張る反逆行為に等しい! この調理法を本物の材料で再現すれば、それはそれは素晴らしいケーキが誕生するであろう」
「ただ、統括裁判所が認めないと、オルキオ様は領主代行になれないらしいんだよな……」
「その点は大丈夫であろう。私も口添えをする……………………と、とあるやんごとなきお方がおっしゃっているのを小耳に挟んだのだ」
「そうか! それは朗報だな! オルキオ様が三十区の領主代行になられれば、四十二区を始め、外周区も『BU』も発展間違いなしだ! 美味いケーキが中央にもどんどん流れ込むかもなぁ」
「そ、そうか……おっと、気が付けば随分と日が高くなっておるな。私は仕事があるので、これで失礼する」
「おう、気を付けて帰れよ。ゴロツキさんよ」
「う、うむ。気を付ける……だぜ!」
最後の最後に精一杯ゴロツキぶって、ゴロツキ貴族は帰っていった。
「……あれ、統括裁判所の関係者だよな?」
「みたいだね」
「いいのか、あんな低レベルなヤツで?」
「ま、まぁ、関係者全員が有能というわけでも、全員があのレベルというわけでもないんだと思うよ……たぶん」
エステラも頭が痛いようで、こめかみを押さえている。
「……終始あの感じで、いろいろ情報を漏らしていた。おそらく、統括裁判所の人間で間違いないと思われる」
そっかぁ……残念組織なんだなぁ、統括裁判所も。
というか、このオールブルームが残念国家なんじゃ……?
「おそらく、ヘマをしても切り捨てられるような人材なのであろう。……最底辺区へ使い走りをさせられる程度の人間なのだからな」
「あぁ……なるほど。ルシアさんの言うとおりかもしれませんね」
ルシアに悪意はない。ただ、中央の人間にとっての認識は相変わらずだという話だ。
四十二区がこの二年ほどでどれほど発展したのか、外周区の力関係がどう変わったのかなど、中央の人間にとっては耳に入れる価値もないようなことなのだろう。
だから連中の認識の中では、四十二区はまだまだ『最底辺区』なのだ。
そこへの使い走りなら、組織の中で最も身分の低い者を寄越すのは当然か。
「オルキオを使って、中央方面にシフォンケーキでも広めるか?」
「いいのかい? 三十区の功績ということにされてしまうよ?」
「誰が広めたかなんて些末なことだよ」
どのインフルエンサーが言ったから流行った、なんてことは記憶に残らない。
人々の心と頭に残るのは流行ったもの、そのものの記憶だけだ。
タピオカブームの火付け役が誰だったかなんて、誰も覚えていないだろう?
「では、三十区に貴族専用のパティスリーでも作ろうかな?」
ゴロツキ貴族の後ろ姿が完全に見えなくなったのを見計らったかのように、オルキオが背後から現れた。
「ややっ、あなた様は、オルキオ様! ひらに、ひらにぃ~!」
「やめてくれるかな、ヤシロ君。もう、ずっと鳥肌が収まらないんだよ……」
自分の腕をさすさす、オルキオが苦笑いを浮かべていた。
全部聞いてたんだな。
そりゃ、いたたまれないよなぁ。
極端に持ち上げられるのって、据わりが悪いよなぁ。分かるわぁ。
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