異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

337話 重ねられた嘘 -1-

公開日時: 2022年2月20日(日) 20:01
更新日時: 2022年9月27日(火) 19:19
文字数:4,267

「え、透明の瓶ッスか? ならいい職人を紹介するッス!」

「え、瓶を密封するコルクのような蓋ですか? でしたら、魔獣の骨髄でいい素材がありますよ。あれなら開ける時も簡単ですからね」

 

 と、欲しい物を手に入れるために話を持ちかけたウーマロとアッスントはあっさりとこちらの望む物を用意してくれた。

 なんか、拍子抜けするほどあっさりと手に入ったな。

 

「……ウーマロ、随分土で汚れてたよね?」

「まぁ、工事は順調なんじゃないか?」

「……バレないかなぁ」

 

 きりきりと痛んでいるのであろう胃を押さえて、エステラがこめかみを揉む。

 ウーマロのヤツ、なんか自棄になってないか?

 まぁ、「入念に調査してるんッスよ!」と言い張ればそれ以上は何も言ってこられないだろうけどな。

 それでもネチネチ言ってくるようなら「じゃあお前も洞窟についてきて監視しろ」と言ってやれば逃げていくだろう。

 ウィシャートんとこの監視役なんかその程度の連中だし。

 

「そういえば、ヤシロ。アッスントのところで蓋をいくつか買ったよね?」

 

 アッスントのところで紹介してもらった海洋性魔獣の革は、弾力性に富んだゴムのような感触で、びよ~んと伸びはしないが柔軟性もあり反発力も申し分なかった。

 おまけに加工もしやすいときている。

 これはいい買い物だった。

 

「そんなにたくさん使うのかい?」

「いや、予備もあるが、こいつを使ってノーマにもう一つ道具を作ってもらう予定だ」

 

 この海洋性魔獣の革――魔獣ゴムがあればポンプが作れる。

 いわゆる一つの空気入れだ。

 ゴムチューブではないが、似たような感じの魔獣の革っぽい素材のチューブがあったような気がするんだよなぁ。

 ブーブークッションの素材に似た手触りの。

 

 まぁ、チューブがなくても魔獣ゴムを加工すればなんとかなるだろう。

 そこまでこだわるようなものでもないし。

 

 あとは、金物ギルドに頃合いの筒でもあれば軽く溶接してもらって、魔獣ゴムと組み合わせれば出来るはずだ。

 そんな気持ちで陽だまり亭に戻ると、ノーマが俺たちを出迎えてくれた。

 

「ヤシロ! 『てぼ』の作り方を教えておくれな!」

 

 ……あぁ。

 ノーマがラーメンにハマってた。

 

「いや、まぁ、それはいいんだが……」

「急いでおくれな! 店長さん曰く、湯切りが完璧になれば、ラーメンの美味さはさらにもう一段上がるって話さよ!」

 

 ラーメンの破壊力、すげぇなぁ。

 初めて食ったヤツをここまで虜にしちまうとは。

 

「カタクチイワシ。レシピを売ってくれ。頼む!」

「ルシアが頭を下げた!?」

 

 えっ!?

 そんなにハマった!?

 あのルシアが俺に頭を下げるほど!?

 

「まぁ、ジネットがある程度完成させたら、な?」

「恩に着る!」

「恩に着られた!? なんか怖い!」

 

 こんな素直なルシア、ルシアじゃない!

 ラーメンってそこまで凄まじい料理だったっけ!?

 

 ……俺は、軽々しい気持ちでとんでもない食い物を持ち込んでしまったのではないだろうか。

 

「冷凍ヤシロ! おぬし、やりおったの!」

「お前までいたのか、タートリオ……」

 

 今日もアフロがボンバーな爺さんがラーメンを啜りながら駆け寄ってくる。

 

「じゅるるるっちゅるん! 美味いぞい!」

「座って食え! 汁が飛んでんだよ!」

「あ、ヤシロさん、おかえりなさい」

 

 厨房から顔を出したジネットがにこにこと歩いてくる。

 

「ノーマさんが試作を手伝ってくださったので、スープの方向性は大体定まりました」

「俺らが留守の間にどんだけ作ったんだよ?」

 

 そんなに時間は経っていないはずだが?

 ジネットとノーマのコンビが揃えば、そんな問題は些末なものなのだろうか。

 

「それで、『豚骨』というのは一体どういったものなんでしょうか?」

「……うん。まだやることあるから、それはもうちょっと後でな」

 

 ジネットがラーメンにハマりつつある。

 とりあえず、味噌と塩を教えておくかな。

 それでしばらくは楽しめるだろう。

 

「ルシア。明日か明後日って、時間取れるか?」

「明日なら構わぬが、明後日はムリだ。先約がある」

「そうか」

 

 なら、明日までに準備を間に合わせるか。

 

「おぉそうじゃった、冷凍ヤシロよ」

 

 ラーメンのスープを飲み干し、空になった器をテーブルにひっくり返して置くタートリオ。

 

「おい、それはなんのマネだ?」

「スープ一滴も残さず飲み干せるほど美味かったぞい、という合図じゃぞい」

「テーブルが汚れるからやめろ」

 

 飲み干したのは見りゃ分かる。

 奇妙なルールが蔓延すると厄介だ。それがマナーとか言い出すヤツが出始めかねない。

 

「それはそうと、土木ギルド組合の内部が慌ただしくなってきたようじゃぞい」

 

 そういえば、俺に会いに来てそんな話をしようとしてたんだっけな。

 

「外周区の大工が組合を一斉に抜けた影響が出始めておるようでの、その原因を作ったドブローグ・グレイゴンが責められておるようなんじゃぞい」

 

 ルシアやデミリーに圧力をかけようとして、「じゃあ、ウチの大工も抜けるわ」と逆に見限られたんだよな。

 リカルドは圧力をかけられる前に自分から抜けたらしいけど。

 大量離脱の原因を作ったのなら、責任追及もやむなしか。

 

「組合内での立場がかなり危ういものになったようでの、なんとか権力者との繋がりを強くしようと躍起になっておるようじゃぞい」

「権力者との繋がりって……賄賂か?」

「それは当然じゃろうが、それよりも手っ取り早い方法を選ぶじゃろうのぅ」

 

 賄賂より手っ取り早い方法?

 

「他の役員の親族のところへ、姪を嫁がせるつもりだそうじゃぞい」

「姪……って、あのド三流記者をか?」

「そうじゃぞい。結婚すれば、親族になるからのぅ」

 

 いや、っていうか……アレを押しつけられて、友好関係築けるか?

 余計悪化しそうなんだけど。

 

「ま、今のところうまくはいっとらんようじゃがのぅ」

 

 タートリオはからからと笑う。

 こいつも、個人的にあのド三流に腹を立ててただろうから、必死にあがく様が面白いんだろうな。

 

「いいお相手が見つかるといいですね」

 

 と、ジネットがズレたことを言う。

 ジネットだから「見つけられるものならな!」なんて裏の意図は含まれてないだろうし。

 

「まぁ、よくて引退した貴族の第三夫人程度が関の山じゃろうのぅ」

「第三夫人って……、重婚は忌避されてんじゃなかったっけ?」

「だから、『そーゆー』貴族にしか相手にされてないってことなんじゃないのかい」

 

 エステラがドン引きな顔で教えてくれる。

 あぁ、なるほど……

 家を救うために『そーゆー』貴族の生け贄にされかけてると。

 引退した貴族ってことは、年齢もそれなりにいってるんだろうし、好色な爺さんの第三夫人とか……惨めさが天井知らずだな。

 

「まぁ、それでも、あいつほどたくましければ、その貴族の権力を笠に着て情報紙復帰を目指しそうだけどな」

「それはないじゃろうの。『どの口が言う』と思われるのがオチじゃぞい」

 

 まぁ、重婚が忌避されているこの街で重婚をして平気な顔をしていられる人間は、まさしく『そーゆー』人間なわけで、その第三夫人がどんなスキャンダルを記事にしようが『お前の旦那がスキャンダルの固まりだろうが!』と後ろ指指されるだけか。

 

「まぁ、その貴族にも難色を示されとるようじゃから、縁談がまとまらなければ『アレにも断られた女』というイメージがついて回ることになるじゃろうのぅ」

 

 うわぁ……

 一応は貴族の家系の令嬢なわけで、そんなイメージは今後の婚活に影響出まくるだろうな。

 少なくとも、あいつが大手を振って権力を行使できそうな大物貴族からは相手にされなくなるだろう。

 

「気の滅入る話題だな」

「おや? 喜んでもらえると思ぅたんじゃがのぅ」

 

 別に、俺は他人の不幸を望みゃしないからな。

 俺の邪魔をすれば排除するが、その後はどーなろうと知ったこっちゃないってのが俺のスタンスだ。

 

 あのド三流が心を入れ替えて幸せな家庭を築いたというのなら、それはそれでいい。

 下手に追い詰められたりすると、「全部あんたのせいだ!」とかいって刃物でブスリとやられかねないし、適度に救われてささやかな幸せで満足できる人間になってもらいたいものだ。

 

 俺の一番の希望は、二度と俺の目の前に現れないでいてくれることだよ。

 

「甘いのぅ、冷凍ヤシロは。ワシなら、ここぞという時に裏から手を回して……くっくっくっ……」

「ノーマ。この邪悪な爺さんを外に摘まみ出してくれるか?」

 

 陽だまり亭の空気にそぐわない黒い笑みを浮かべるな。

 まぁ、こういう相手を怒らせた報いは甘んじて受けておけ。やっていいことと悪いことの区別が付かないバカは一度とことん痛い目を見るべきではあるしな。

 

「追加情報は特にいらないから、お前の気の済むようにしておいてくれ」

「そうか。そりゃ残念じゃぞい。まぁ、連中が何か悪巧みをし始めたら知らせに来るぞい」

「おう」

 

 席を立ち帰ろうとするタートリオ。

 

「あ、そうだ。明日辺り、ちょっと記者を派遣してくれねぇか?」

「ほ? そりゃ構わんが、何をする気じゃぞい?」

「港の工事をしている洞窟にカエルが出た話は知ってるよな?」

「無論じゃ。もっとも、まだカエルと確定してはおらんので断言するような記事は書いておらんがの」

 

 一応、記事にはなっているのか。

 

「その誤解を解く説明会をする予定なんだ。領民が不安がっているから記事にしてくれると助かる」

「ふむ。注目の記事の続報でもあるしの。いいじゃろう、ワシが自ら出向いてやるぞい」

「いや、出来れば綺麗どころがいいな」

 

 あのカーラっていう売り子女子なんかが最高だ。

 ナイスおっぱいだったし。

 

「では、オシャレして向かうとするぞい」

「テメェが綺麗になったところでたかが知れてんだっつの」

 

『綺麗どころ』に入り込もうとすんじゃねぇよ、図々しい。

 

「明日なんですか、ヤシロさん?」

 

 こちらの話を聞いて、ジネットがなんとはなく尋ねてくる。

 明日。うん、明日になるだろうな。ルシアにも参加してもらうなら。

 

「ノーマ、実は大至急必要な物があるんだが――」

「作るさね! さぁ、今すぐ工房に行くさよ! 店長さん、必要があったらすぐ呼んどくれ! ダッシュで戻ってきて手伝うからさぁ!」

「いえ、今日はきっと大丈夫だと思いますので」

「そんじゃ、ヤシロ、行くさよ!」

「いや、そこまで大至急じゃ――って、聞けよ!? 速い速い速いっ!」

 

 ノーマに抱えられ、凄まじい速度で連れ去られる。

 なんか前もこんなことなかったっけ!?

 やっぱりノーマにとっては料理より金物なのだ。勢いがまるで違う。

 ラーメンの試作より新しい道具の方に興味あるようだ。

 

「もしかしたら、今日の夕方になるかもね」なんて、エステラの呟きが聞こえた気がしたが、ノーマの頑張り如何によっては本当にそうなるかもな。

 

 

 

 

 

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