異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

178話 杭と馬車 -2-

公開日時: 2021年3月16日(火) 20:01
文字数:3,790

「ヤシロさん、エステラさん。それでは明日、二十七区へ行かれるということですのね?」

 

 俺たちの会話を黙って聞いていたイメルダが改めて尋ねてくる。

 そういえば、さっきもいつ行くんだって気にしてたっけな?

 

「まさか、お前も付いてきたいってのか?」

「残念ながら、ワタクシは木材の選別をしなければいけませんのでお供できませんわ。馬車内平均カップ数が悲惨なことになるでしょうけれど、我慢してくださいまし」

「やかましいよ、イメルダ」

「ナタリアさんだけでは、絶望的なマイナスに立ち向かうのは大変だと思いますけれど」

「あれ、聞こえなかったかな? やかましいって言ってんるんだけど?」

 

 淡々とした口調で応酬される罵声。お前ら、ぽんぽんとよく言葉が出てくるな。逆に仲良く見えるぞ。

 

「お父様が馬車と馬を提供したいとおっしゃっているのですわ」

「ハビエルが?」

「えぇ。『BU』の中には、お父様の馬のファンもおりますし、乗り込むのであれば箔が付くだろうと言っておりましたわ」

 

 ハビエルは、木こりギルドのギルド長だけではなく、名馬を数多く育てている名馬主としても有名だ。

 ハビエルの馬は貴族連中にも人気で、交渉の材料になるほどだ、とか、前に言ってたっけな。

 

「明日の朝に出るというのであれば、今から手配すれば間に合いますわ」

「ミスターハビエルの馬車なら、ウチの馬車で行くよりも早く着けるだろうね」

「お前も、もうちょっといい馬車を買えよ。いつも他人の馬車借りてんじゃねぇか」

「じ、自分の持ち物は後回しにして、街のためにお金を使ってるんだよ、ボクは! ……それに、あの子はお気に入りの馬だし……」

 

 エステラは、自分が育てたナントカカントカという長ったらしい名前の馬をとても愛している。こよなく愛している。ちょっと引くくらいに執着している。

 ……ただ、こいつがひ弱なんだよな。おかげで、エステラの家の馬車は遅い。

 せめて二頭立ての馬車を用意すればいいものを……

 

「ヒンニュウペタペタ号だっけ?」

「そんな名前付けるわけないだろう!? 可愛い愛馬に!」

「キョニュウナリソコナイ号ですわよね?」

「なり損なってないよっ! あの子の名前は――」

 

 なんか、哲学ぶった長ったらしい名前なので脳が一切受け付けない。

 とりあえず、エステラのドヤ顔が滑稽だな。

 

「とにかく、ソレ号をせめてもう少し鍛えとけよ」

「名前覚える気、皆無だね、君は!?」

 

 とりあえず、ハビエルから馬と馬車を借りられるのはいい。

 ハビエルの馬だと分かれば、多少は威嚇にもなるかもしれないしな。

 下手なちょっかいをかけてハビエルの馬に怪我でもさせれば、その貴族は一生ハビエルの馬を手に入れることは出来なくなるだろう。

 貴族でなくても、何か事故があれば、その区の治安に問題があるとして、領主の責任を少なからず問える……と、いうような威嚇をすることも可能だろう。

 

「それじゃあ、よろしく頼むよ、イメルダ」

 

 ただ、領主が一ギルドのギルド長に馬車を借りてるってことを大々的に宣伝することになるんだが…………まぁ、エステラはそういうの気にしないだろう。

 むしろ、木こりギルドと懇意にしているってアピールをした方が、『四十二区の領主』には箔が付くか。

 

「ヤシロさ~ん! ちょっといいッスかー?」

 

 杭丸太のもとへと向かったウーマロがこちらに手を振って俺を呼ぶ。

 何か問題でもあったのだろうか。

 

 一度エステラと視線を交わし、俺たちはそちらへと向かう。

 

「ちょっとこれを見てほしいッス」

 

 ウーマロのもとへとたどり着くと、いつの間にか地中深くに打ち込また杭丸太が抜き取られていた。打つのはもちろん、こいつを引き抜くのも相当に難しいだろうに、あっさりとまぁ。

 

 杭の先端はべったり汚れており、深さによって異なる質感の土が付着しているのが分かった。

 

「やっぱり少し地盤が緩いッスね」

 

 ここの土は少し水気を多く含んでいるらしく、ウーマロが険しい顔をしている。

 土を指でなぞり、すんすんと匂いを嗅ぐ。

 

「え、そんなんで土質分かんの?」

「オイラ、鼻がいいんッスよ、こう見えても」

 

 いや、鼻がよさそうとか悪そうとか、見た目じゃ分かんねぇし。

 つか、どっちかって言うと鼻良さそうに見えるぞ、そのキツネ顔。

 

「で、無理そうか?」

「いや。砕石を敷き詰めて基礎をしっかりすれば問題ないッス。ただ、人が何人も乗り降りするような建造物となると少々危ないかもしれないッス」

 

 人が何人も……ってのは、ここに塔でも建てて、二十九区への通り道を建設するなら――みたいな発想から来たのだろう。

 だが、そいつはどっちみち作れないから問題ない。

 

「ここに建てるのはあくまで『手紙運搬用』の柱だけだ。それが建つなら問題ねぇよ」

「それなら、なんとかなりそうッス」

 

 安心したような表情を浮かべるウーマロ。

 だが、グーズーヤはいまいち納得できないような表情を浮かべている。

 

「なんで『手紙運搬用』なんです?」

 

 おそらく、それはウーマロや他の大工たちも感じている疑問なのだろう。

 要は、「マーゥルに用があるなら、人間が上り下りできる塔なり道を作ればいいじゃないか」という疑問だ。

 

「以前、ハムっ子たちがここの崖を崩して川の流れをよくしようと言っていたことがあるんだが……」

 

 水不足で滝が細くなった時にそう言っていたと、ロレッタに聞いたことだ。

 その時、エステラはその行為を全力で止めていた。――戦争になるからと。

 

「この崖の上は二十九区の領地だ。他区の土地を勝手に変形させる行為は、その区への侵略と取られても文句は言えない。領土を奪うことになるからな」

 

 だから、この崖に手を加える行為は、四十二区の一存では出来ない。

 ……まぁ、崖下の洞窟は、二十九区に影響を及ぼしていないのでグレーゾーン……ギリギリセーフだと思っておこう。……バレたら問題になるかもしれんがな。

 

「だが、ここに巨大な建造物を建てることは、四十二区の領内での出来事なので他区に何を言われる筋合いもない」

 

 もっとも、ここに地上百階建ての高層ビルを乱立させる、とかいうことになれば話は別だろうが、建てるのは柱一本分の些細な建造物だ。

 マーゥルの土地に隠れて、誰の目にも付きはしない。

 マーゥルが協力してくれるのであればトラブルは回避できるだろう。

 

「だが、もしそいつが『人の行き来が可能な建造物』であったなら……どうなると思う?」

「え……どうって…………便利に、なる……んじゃないですかね?」

「そうだね。とても便利になるだろうね」

 

 グーズーヤの回答に、エステラは一定の理解を示す。

 そして、分かりやすく解説を始める。

 

「だからこそ、そういった建造物は建てられないんだよ。『便利になる』から。二十九区は『通行税』で利益を得ている区だからね」

 

 税の徴収をするために道幅を変え、馬車の通れる道を制限までしている二十九区に、そんな『抜け道』のようなものを作ったりしたら、最悪戦争になる。

 二十九区の死活問題にかかわる事態に発展する危険があり、その可能性は極めて高い。

 

「こちらに、二十九区の利益を妨害する意図がなかったとしても、『その可能性のある抜け道を作った』という事実は十分過ぎる挑発行為になるし、協力してくれたマーゥルさんの立場も危うくさせる」

「マーゥルが四十二区と組んで、現領主へ反旗を翻そうとしている――なんて言われても反論できなくなるからな」

「それは……マズい、ですよね?」

 

 ようやく理解したらしいグーズーヤは、顔色を失い、真っ白になっている。唇もカッサカサだ。

 軽々しく口にしたことが、思わない大事になって焦っている。そんな感じだろう。

 

「あ、でも。荷物はいいんッスか?」

 

 これから作ろうとしているとどけ~る1号は、ソラマメの運搬も視野に入れている。

 

「そこはほら、マーゥルが『免税証明書』発行の権利を持ってるからな」

 

 二十九区まで取りに行って『免税証明書』を発行してもらうか、『免税証明書』付きのソラマメを四十二区に送ってもらうかの差でしかない。

 結果一緒なら、無駄な時間を短縮した方がお得だろう。

 

「まぁ、限りなくグレーゾーンではあるけどね」

 

 エステラは、ソラマメの運搬に関してはあまり賛成していない。だが、俺とマーゥルとで話を強引に進め、了承させたのだ。

 マーゥルはソラマメを処分したがっているし、俺はソラマメ欲しいしな。ウィンウィンの関係というヤツだ。誰も損をしない。ほら、みんなハッピーだ。

 

「ってわけだから、いかにも『人はさすがに乗れないよなぁ~』くらいの強度とクオリティで頼むな」

「分かったッス。ノーマのパーツが来たらすぐにでも建てるッス」

 

 今回一番時間がかかるのはノーマだろう。

 なんだか難しいパートを振られて少し嬉しそうにしていたから、大丈夫だとは思うが。

 終わったら、ちゃんとケーキをご馳走してやろうっと。

 

 

 それから地質や木材の話を少しして、俺たちはニュータウンを後にした。

 空にはまた雲が広がり始め、夕闇をより濃い色へと染めていく。

 

 イメルダの馬車が明日の朝、陽だまり亭へと来てくれるらしいので、それを待って二十七区へと出向くということになった。

 

 マーゥルとは懇意になれたが、あいつは領主ではない。

 次に会うのは『BU』の一角を担う領主だ。

 

 何かいろいろと解せない部分もあるヤツだ……気を引き締めていこう。

 

 なにせ、今回の『BU』との騒動は――いたるところから金の匂いがするからな。多少は張り切ってやっても、いいだろう。

 

 

 

 

 

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