「……脱ぐ?」
「まだ早くない?」
「……攻める?」
「頃合いを見計らうのよ! イメチェンは私たち二人だけの強力な武器だから!」
マグダはネフェリーと共に、秘密の作戦会議を行っている。
今回の川遊び、キーを握っているのはマグダたち。
着衣からの脱衣。
このギャップが――世界を掌握する。
……シスターのラッシュガードとナタリアのパレオは、着衣の時点ですでにエロいので除外するものとする。
むしろあれは脱ぐことで魅力が半減するアイテム。
それが分かっているからか、ナタリアはパレオを巻いたまま泳いでいる。
……なぜあんな長い布が足にまとわりついた状態であんなに速く泳げるのか。
果敢に挑むエステラが、いつの日かナタリアに速度で追いついた時――
「よろしい。では、こちらも本気を出しましょう」(パレオ「ドシーン、べちゃー!」)
「な、なにぃ!? 今まであんな重くて張りつくパレオを着けて泳いでいたのかぁ!?」
――という演出をするために、あえて着けているとしか思えない。
ナタリアは、そういう女。
常に、人生に楽しむ余白を持っている。
そういうところが、ナタリアを強者たらしめていると思われる。
そこは、マグダも見習うべきだと思っている。
だからこその、タンキニである。
脱ぐのは恥ずかしい。
でも、だからこそ、脱ぐ!
それも、ここぞというタイミングでっ!
「……ピークをどこに持ってくるか、それが重要」
「そうよね。出来るだけ注目される段階で、パッと華やかに変身したいわよね!」
サロペットという可愛いワンピースを身に纏ったネフェリーも意気込みは十分。
ヤシロ曰く、「水に濡れてもいいオーバーオール」らしい。オーバーオールが何かは、よく分からないけれど、きっとサロペットのような形状のものに違いない。
ネフェリーのサロペットは、胸元とお腹は隠されているが背中が大きく開いているため、ヤシロの大好きな裸エプロンならぬ、下着エプロンのように見える。
ヤシロの趣味がかなり色濃く表れている水着のように思える。
そんな、趣味丸出しの水着をネフェリーに与えた意味とは……やはり、ヤシロはネフェリー推し?
「……負けられない戦いが、ここにある」
ネフェリーは同じ境遇の同志にして最大のライバル。
今日、この河原でのベスト・オブ・可愛いは、マグダがいただく。誰にも譲らない。
タンキニの『タン』を脱ぐタイミングは、一層難しくなった。
そんな折、シスターがとんでもない必殺技を使用した。
川に浸けていた素足を蹴り上げて、水しぶきをキラキラと飛散させ、世界中のまばゆさをその一身に纏ったのだ。
その瞬間、清流の清らかさと、太陽の清々しさと、神聖なるシスターの清純さがあの白い素足に集約し、半径1キロ以内にいた男性陣の心臓を機能停止に追いやった。
結果、オメロとベッコと、女性にめっぽう弱いウーマロが川へと墜落した。
凄まじい攻撃力。
この攻撃を凌げたのは、ネフェリーに夢中のメイクタヌキパーシーと、タイミング悪くシスターに背を向けていたヤシロだけだった。
これは予想でしかないが、この場に居合わせていないまったく無関係のモーマットも、今頃畑の真ん中に倒れ込んでいるはず。もしくは、畑の中心で愛を叫んでいる頃合い。
「……シスター、すごいわね」
その一部始終を目撃していたネフェリーがぽつりと呟く。
河原の視線を独り占めにせんと目論む女子にとって、シスターは強大な壁となる。
……ちなみに、川遊び開始直後から一心不乱にネフェリーへと視線を送っているパーシーの存在に、当のネフェリーは気が付いていない。残念である。どっちも。
その後、ミリィがシスターのマネをして水を蹴り上げた瞬間、ロレッタが水面から顔を出してその水をもろにかぶるという面白い展開があり――ロレッタ、ナイス――しばらくして川辺は平穏を取り戻した。
「……敵情視察に行ってくる」
言い置いて、マグダはシスターのもとへと「とててて~い」と可愛らしく歩いていく。
とててて~い。
「おや、マグダさん。随分と可愛らしい歩き方ですね」
「……マグダが編み出した歩き方。真似してもいい」
「では、今度教えてくださいね」
シスターの笑顔にはなぜか逆らえない。
マグダは、最大のライバルになるかもしれない『可愛い』を育てようとしているのか。
しかし、それもまた一興。それすらも超えて、真の『可愛い』の頂点に君臨してこそ、マグダは一番になれる。
「……シスター、そのラッシュガード」
「これですか? 可愛いですよね」
「……下はすっぽんぽん?」
「水着を着ていますよ!? みなさんほど露出の多くない、シンプルな水着です」
頬を赤く染め、懸命に説明をするが、そんなものは見てみないと分からない。
「……ちょっと見せてもらっても?」
「へぅ……っ!? で、でもまぁ、マグダさんなら……でも、ちょっとだけですよ?」
さすがというべきか、マグダのおねだりはシスターにも効果を発揮する。むふふん。
そそっと歩み寄り、シスターの前に立つ。
すると、ほんの少しだけラッシュガードのボタンをはずし、襟元を引っ張って中の水着を見せてくれた。
ミリィも興味があるのか、一緒に覗き込む。
真っ白い、ワンピースの水着。
飾り気がほとんどなく、着る者のボディラインを克明に浮き上がらせている。
……ヤシロがしきりに言っていた言葉を思い出す。
『べルティーナは隠れ巨乳っ!』
……まさしく。
こんな凶器を隠し持っていたなんて……シスターって、シスターって……
「……卑猥」
「そ、そんなことありませんよね!? 可愛い、普通の水着ですよね? ね、ミリィさん?」
「ぇ、ぁの……でも、ちょっと、セクシー、かも」
「そ、そんなことは…………ぁうう……、もう、絶対にラッシュガードは脱げません……っ!」
シスターが背を丸めてきゅっと体を小さくする。
その瞬間、また向こうの方で「ばしゃーん」と水音が上がった。
今度は、オメロだけが川に浮かんでいた。……シスター推しなもよう。
おそらく、一番そばにいる女子が『アレ』なので、正反対の淑やかな女性に弱いのだと思われる。
男とは、単純な生き物である。
「……参考になった。今後のマグダに、乞うご期待」
一種の使命感を胸に灯し、マグダはネフェリーのもとへと帰っていったのだった。
☆☆☆☆☆
マグダがシスターに絡んで赤面させている。
もう、あの子はすっかりヤシロに影響されちゃったんだね。可哀想に。
でもまぁ、シスターみたいな美人が照れている様は可愛くて、私もちょっと見るのが楽しいかも。……って、これじゃ私もマグダのことは言えないわね、てへっ☆
自分の頭をぽかりと叩いて、軽く舌を出す。
いけない私、めっ、だぞ。
不思議なもので、長く身に着けているとみんな水着に慣れてくる。
着ている方も恥ずかしがることはなくなり、見る方も最初の時みたいにはしゃいだりしない。
こうして、ヤシロが持ち込む新しいものは、この街の『普通』になっていくのね。
タコスもポップコーンも、今じゃ大通りの名物だもんね。うふふ。
去年の今頃は、大量のニワトリを屠畜して、私わんわん泣いてたっけ……
それが今じゃ……ふふっ。毎朝元気に鳴くんだぁ、ウチの子たち。可愛いんだよ。
毎年憂鬱だったこの時期を、こんなに楽しい気持ちで過ごせるようになるなんて……
み~んな、あなたのおかげだよ、ヤシロっ。
「……な~んて。これじゃ、私が一番影響されてるみたいじゃない。もぅ」
そんなことを思った瞬間、ちょっとだけ恥ずかしさが込み上げてきちゃった。
慌てて周りを見渡す。
……よかったぁ。誰も見てない。
そりゃそうよね。ノーマやシスターがいるんだもん、誰も私のことなんか見てないわよね。
ちょっと癪だけど、でも、なんだか安心。……えへへっ。
私ってば、まだまだ大人になりきれてないんだな。特に、恋に関しては。
でも!
今日!
そうよ、今日よ!
今日、私は生まれ変わるの!
シスターみたいに綺麗じゃないけど……
ノーマみたいに色っぽくはないけど……
でも、ヤシロがくれたこの水着があるから、私は――変われる!
可愛い水着。
でも、一枚脱ぐだけで、それはとっても大胆な大人の水着に変わる。
すごくドキドキするけど……でも、今日を逃せば、弱虫な私はきっとまた尻込みしてしまうから。
まだ、恋とかじゃなくてもいい。
私を変えてくれたあの人に……
私の毎日を素敵なものにしてくれたあの人に……
ほんの一瞬だけでもいいの、私だけを、見ていてほしい。
――勇気。
勇気を出すのよ、ネフェリー。
「……ネフェリー」
なんだか無駄にふらふらする軌道でよちよち歩きながら、マグダが戻ってくる。
……なんなんだろう、あの変な歩き方? 陽だまり亭で流行ってるのかしら?
マグダは、私と同じように、着脱可能な水着をもらった仲間。
パッてスムーズに脱げるように、まだ川には入っていない。
濡れちゃうと、脱ぎにくくなるから。
脱ぎにくくて手間取っているうちに、勇気がしぼんじゃうかもしれないから。
「マグダ、敵情視察はどうだったの?」
「……卑猥だった」
「……そんなことないと思うんだけど」
シスターには最も似合わない言葉だよね、『卑猥』だなんて。
もう、ヤシロってば、マグダに何を教えてるの? ぷんぷん!
「……ネフェリー。マグダは、そろそろ動く」
こくり、と、のどが鳴った。
マグダ、ついにやる気なのね?
「……アレを」
と、マグダが指さす方向には、川から上がってくるヤシロとジネットの姿が。
泳ぎの練習はひとまずおしまいらしい。
……ということは、今ならこっちを見てくれる……かも?
けれど、マグダの計画は、そんな私の思考のもう一歩先へ行っていた。
「……もうそろそろ昼食。それまでに完全体になっておけば――」
「――食事中の視線は独占できる、ってわけね」
「……然り」
さすがだわ、マグダ。
そうね、今が勝負時よね。
メタモルフォーゼ出来るのは、私とマグダのみ。
そして、マグダは『可愛い』から脱却できないお子様よ。
つまり……
ギャップでセクシーになれるのは、私だけ。
――視線を、独占できる、かもっ!
「……じゃあ、準備はいい? マグダ」
「……いつでもOK」
私たちは視線を交わし、呼吸を合わせて、脱着可能な上着に手をかけた。
その時――
「ってぇ!? デリアさん!?」
「ちょっ!? 手、上げちゃダメ!」
大きな声に驚いてそちらを見れば……デリアがとんでもないことになっていた!?
ちょっと、デリア、何やってるのよ、もう!
「あれ? マグダは?」
さっきまで隣にいたマグダは、いつの間にかヤシロのそばまで移動していて、エステラたちと一緒にヤシロの両眼を覆い隠していた。
……素早い。
その他の男性陣はノーマの的確な眼潰しによって悶絶していた。
……有能な女子が多いのね、四十二区って。夜道の一人歩きも安心できそうだわ。
「……ネフェリー」
デリアが巻き起こした騒動が一段落したころ、マグダが私のところへ戻ってくる。
尻尾と耳がだら~んと垂れている。
「……今日は、日和が悪い」
「そうね……あんな事故を見た後だもんね……」
セクシーには憧れるけれど、デリア……あなたのは違う。そうじゃないわ。
決意も勇気も打ち砕かれて、私はその日一日、ただ純粋に川遊びを堪能した。
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