「なぁ、ウーマロ。陽だまり亭でも手作りの飾りを置こうと思うんだが、飾り台を作ってくれないか?」
「はぁ……飾り台ッスか…………そうッスよね、常識の枠から出られない、機能性だけの、芸術性なんか皆無の普通の棚がお似合いッスよね、オイラなんか……」
「いや、お前……なにもそこまで卑屈にならなくても……」
「いいさねぇー、大工は! ちょっとしたことで仕事もらえてさー! アタシなんか……金物なんか、どうせ……」
「…………ヤシロ」
「え、なに、マグダ、その目はなに? 俺のせいで悪化したの?」
あぁ、もう!
あんまじめじめすんな!
本物のオバケが寄ってきたらどうする!
……しょうがねぇなぁ。
「ウーマロ、ノーマ。これを見ろ」
ウーマロが伏せているテーブルと、ノーマが突っ伏しているテーブルのちょうど中間の席に、一つのオブジェを置く。
一見すれば、ただの木屑の寄せ集めだ。
長方形に削った木片や折れた枝、丸くくりぬかれた小さい板などが無造作にまとめられている――ように見える。
「……なんッスかこれ?」
「アタシらなんか、このゴミみたいなもんだって言いたいんさね?」
なんでそんなネガティブに捉えるのかなぁ……
「まぁ、見てろって。ロレッタ、モリー、あとカウとオックスも。ドアと雨戸を全部閉めろ」
「え!? そんなことしたら真っ暗になっちゃうですよ?」
「お客さん、まだいますよ?」
「いいの?」
「いいの~?」
「かまわん。どうせ店にいる客は大工だけだ」
「こ~ら、ヤシロさん! あんただ、あんた! あんたのその認識をまず改めてほしいなぁ、お客として!」
「大工さんだけなら問題ないです。閉めるですよ、みんな!」
「問題な~し!」
「な~し!」
「え……っと、まぁ……陽だまり亭さんだし、……いっか」
「くゎあ! 脈々と受け継がれていく、このシステム! ついにモリーちゃんにまで……!」
セルフの水が入ったコップを握りしめ、大工がなんかのたうち回っている。
そうこうしているうちに雨戸が閉められ、陽だまり亭のフロアが暗くなる。
ウーマロの設計がしっかりしているせいか、雨戸を閉めると室内は真っ暗になる。
「マグダ、ランタンを持ってきてくれ」
「……そうだろうと思って用意してある」
さすがだ、マグダ。
真っ暗になった店内に、たった一つ灯されたランタン。
ゆらゆら揺れるその明かりを、先ほどのオブジェの前へと置く。
「どうだ? こいつの正体が分かったか?」
薄ぼんやりとした店内へ問いかける。
頼りない明りに照らされたオブジェを、誰もが真剣に見つめている。そこに隠された秘密を解き明かそうと。
「ダメだ。俺にゃあ、こういうのはさっぱり分から……」
真っ先に匙を投げた大工がオブジェから視線を上げた。
まさにその時。
「ぅぅうううぎゃぁぁああああああ!?」
大工が叫んで、椅子から転げ落ちた。
驚き過ぎだ。
「なんッスか!? どうしたんッス!?」
「と、とと、と、と、棟梁! か、壁! 壁ぇっ!」
震える手で壁を指さす大工。
その場にいた者の視線が一斉に壁へと向かう。
そこには、両腕を振り上げて牙だらけの口を大きく開き、今まさに襲いかかってきそうなオバケのシルエットが映し出されていた。
「ぅぉおおう!? びっくりしたッス!?」
「なんさね、これ!?」
店内が騒然となる。
「こいつはシャドーアートだ」
ランタンを移動させるとオバケは壁から消失する。
映し出されるのはただのごちゃごちゃっとした影。
だが、ある特定の場所から光を当てると、再びオバケが壁に現れる。
「ここから光を当てるとこういう影が出来るんだよ」
「はぇ~……不思議ッスねぇ~……」
「形、全然違うのにねぇ……不思議なもんさねぇ」
実物と影を見比べてウーマロとノーマが首をかしげる。
「マグダ、雨戸を開けてくれ」
「……マグダが?」
さっきはロレッタたちに頼んだのに、というニュアンスの言葉が返ってくる。
だって仕方ないだろう。
「ロレッタは腰を抜かしてるから」
「……納得」
「い、いや! だって! いきなりこんなの見たら、普通びっくりするですよ!?」
「「ロレッタは普通だなぁ」」
「なんでそこだけ二人して強調するですか!? みんなびっくりしてるですよ!?」
マグダが雨戸を開けて、店内が明るくなる。
と、ガゼル姉弟が抱き合って床に蹲り、モリーはテーブルの脚にしがみついていた。怖かったのか、そうかそうか。
で、本題だ。
「こんなもんを、大通り沿いに設置したら、どうなると思う?」
「「はっ!?」」
キツネ人族コンビが耳を「ピン!」と立てる。
「大通りに並ぶ店の屋根とか、夕日が差し込む路地に柱を建てたりして、こういうオブジェを設置すれば――」
「日が高い時はただの影ッスけど、日が傾いて夕日に照らされたら……」
「大通りの道に無数のオバケの影が……!?」
「突発的な雨風や人為的な衝撃でもびくともしないしっかりとした支柱と、雨風でバラけたり腐食したり歪んだりしない金物製のオブジェが必要になるんだが…………やるか?」
「「もちろんッス!」さね!」
元気が出たようで何よりだ。
「これはこっそりやるッスよ」
「そうさね。誰にも邪魔されないように秘密裏に事を進めるさよ」
「作業してると、ヤンボルドのヤツなんかが『ハロウィンの飾りはもっとあーでこーで』って言ってくるッスよ、きっと」
「言わせておけばいいさね。それで、夕方になって驚けばいいんさよ……くふふっ!」
おぉ、初めて見るな、あの二人が仲良くしてるの。
「けど、あんな複雑なオブジェ、お前に作れるッスか?」
「う……そ、それはヤシロに教わるさよ……というか、あんたこそ、夕日の差し込む角度を正確に計算できるんだろうね? 1ミリでも狂えば全部が台無しになるんさよ!?」
「う……そ、そこは、ヤシロさんのアドバイスをもとに……」
じぃ~……っと、キツネが二人、俺を見つめてくる。
ふむふむ。
「諸君、知っているかね? 物事には対価というものが必要であるということを」
「もう、なんだって作るッスよ、オイラ! 飾り棚だろうが、廊下の修繕だろうが!」
「あたしもさね! 井戸の滑車の軽量化とか!」
「そこはもうすでに確約済み案件だ。それとは別にちょっと力を貸してほしくてな」
「なんッスか?」
「オブジェを作る時間がなくならない程度のものにしておくれなね」
ヘソを曲げていた職人の機嫌を直したところで、こいつらにトムソン厨房のテーブルのリメイクを依頼する。
「あ、オイラ一回行ったことあるッスよ、トムソン厨房。たしか、でっかいテーブルッスよね?」
「おう。それを四人掛けにな」
「アタシは金網でいいんかぃね? 七輪用の?」
「あぁ。あと、トングな」
「それなら、ウチの男衆でも出来るさね」
ノーマはすぐにでもシャドーアートに取りかかりたいようだ。
ホント、新しい物好きだなぁ。
「それじゃ、オイラちょっと行ってテーブルを見せてもらってくるッス」
「んじゃあ、カウとオックス。連れてってやってくれ」
「は~い!」
「はい~!」
仲良し姉弟は基本的にセットで動かす。
今はまだ分担させて仕事を詰め込む時期じゃない。
同じ環境に置いて、どちらかが間違ってもどちらかがフォロー出来るようにしておく。
ま、半人前ってヤツだな。二人で一人前だ。
「ウーマロ。トムソン厨房には女主人とジネットがいるから、二人から話を聞いてくれ」
「なるほどッス。おい、お前。ついてくるッス」
「えぇっ、俺っすか!? 俺まだ飯食ってないんですけど!?」
ウーマロが店にいた大工に同行を強要する。
……ま、レーラとジネットじゃまともに話聞けないもんな、ウーマロは。通訳が必要だ。
「んじゃ、ジネットにこいつを渡すといい」
飯を邪魔された大工に紙切れを一枚手渡す。
「これで、試作品のどて焼きと焼肉が食えるはずだ。存分に宣伝することと、今ここで見たシャドーアートを秘匿するって条件でおごってやる」
「マジで!? ヤシロさんのおごり!? うひゃあ! 明日から大雨になるんじゃないのか、これ!?」
アホが。宣伝だ、宣伝。
これまでこの街になかった肉の食い方を手っ取り早く広めるためには「体験者」を増やすのが一番なんだよ。
「こうするんだよ、見てろよ」って、ドヤ顔で広めてくれりゃ、「なにくそ、今度は俺が」って、鼠算式に焼肉人口が増えていくんだよ。
その第一号ってわけだ。関係者以外での、な。
「ついでだ。カウとオックスはこいつらを客と見立てて接客の練習してこい」
「うん!」
「んー!」
実際やってみると、うまく出来ないところが浮き彫りになる。
頭では分かっていてもうまく出来ないこと。思ってもいなかった躓きなど、経験しなけりゃ見つけられないトラブルは多い。
向こうにはジネットがいるし、俺がついていかなくても平気だろう。
「じゃ、ウーマロたちをよろしくな」
「は~い! まかせて~!」
「まかせて~!」
「こっちー!」と、元気に前を走るガゼル姉弟の後を、大人の男二人が追いかけていく。
ガキの移動って、なんでか基本ダッシュなんだよな。
付き合わされるのがつらいんだわぁ……
俺は他人事みたいな顔で手を振り見送ってやった。
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