「で、ルシアは今どこに?」
「お邪魔している、木こりギルドの支部に、支部長さんのご厚意に甘えて」
イメルダのところに泊まったのか。
同じ赤組のよしみか、絆でも生まれたのかねぇ。
とりあえず、ミリィとハム摩呂が無事でよかった。
「ってことは、まさかゲラーシーや二十三区のナントカってオッサンも泊まってったのかよ?」
「ゲラーシー様は館へお戻りになっています。大したことされていませんから」
おい、イネス、さらっと毒吐いてるぞ。
ちょいちょい感じていたけど、お前ゲラーシーのこと嫌いなの?
「我が領主様の名はイベール・ハーゲン様です。忘れないでください。すごくヘコまれますので」
「ヘコむなよ、そんなことで」
「我が主も現在は館でお休みされているはずです」
ゲラーシーもハーゲンも残っていない。
じゃあなぜお前らがここにいるのか。
「もしかしたら、今日も運動会があるのではないかと思いまして、確認に」
「ねぇよ! あったら死ぬよ!」
「褒められ忘れていることがあるのではないかと思いまして、念のため確認に」
「もう十分褒めたろう!?」
こいつらは、区民運動会終了後の夕食時に俺の近くにやって来て「あの競技の時はどうでしたか?」「この競技の時の私を見てくれていましたか?」「あの時の私は百点満点で何点でしたか?」「「では、存分に褒めてください」」と、ほんっっっっとうにしつこいくらいに褒めて褒めてモードになりやがったのだ。
めんどくさかったぞぉ~……
「知らねぇよ」とか「覚えてねぇよ」とか言うとな、怒るでもなく、泣くでもなく、ただ黙って「しゅぅ~ん……」ってするんだぞ?
そんなもん、俺の隣にいたジネットが「ヤシロさん、何か言ってあげてください」って言うに決まってんじゃん?
だから、一競技一競技、競技じゃない時のことまで含めて、一つ一つぜ~~んんんんっぶ、褒めてやったさ!
俺は向こう三年分ほどの『褒め力』を消費したんだよ! 明日から誰一人褒めなくても誰にも文句言われないんじゃないかってくらい褒め尽くしたよ!
ゲラーシーを捕まえて「お前もっと褒めてやれよ!」とクレームを入れにいったくらいだ。
そしたらゲラーシーのヤツ……
「何を言っているのだ、貴様は。そんなもの、口にせずとも給仕長には伝わっている」
とかぬかしやがって!
伝わってねぇから今ここではっちゃけちゃってんだろうが!
何一つ伝わってないからな!?
何一つだぞ、何一つ!
『BU』っ子って、はっきりと言ってもらわなきゃ分かんない子たちばっかなんだよ! 理解しとけよ、そこんとこ!
「まったく、最低だなゲラーシー!」
「ヤシロ様、それには賛同しますが、他区の領主を悪し様に言うのは控えた方がよろしいかと」
「お前の毒もなかなかだぞ、ナタリア」
「いえ……昨夜のフラストレーションがまだ晴れきっていないようで」
「なんかあったのか?」
「実は、リカルド様が『疲れたから泊めろ』と我が館へ押しかけてこられまして」
「うわぁ……リカルド、うわぁ……」
「塩を塗りたくって追い返しました」
「撒けな!? 塩は撒くんだよ!? 塗ってどうする? 焼くのか?」
おそらく、ルシアが泊まるとか言い出して「じゃあ俺も」とか思っちゃったんだろうけど……領主を泊められるような家はそうそうないし、あるとすればエステラかイメルダのところだろうし、普通に考えて無理だって分かりそうなもんだけどなぁ……あぁ、リカルドには分からないのかぁ、あいつバカだもんなぁ。
「で、そのエステラは?」
「運動会の残務処理で昨夜は遅かったので、お昼まで眠るそうです」
「お前はちゃんと寝たのか?」
「それは、昨夜全裸になったのかどうかの確認ですか?」
「お前、寝てねぇな!?」
「いいえ、ぐっすりと休みました」
「寝たのにそのノリなの!? 徹夜明けのテンションじゃねぇか!」
「通常運転です」
「深刻だな、お前の病状も」
聞けば、ナタリアはエステラを手伝おうとしたらしいが、エステラ直々にジネットを頼むと言われ強制的に帰らされたのだとか。
エステラも無理するよなぁ。ナタリアがいるといないとじゃ仕事の進みが雲泥だろうに。
「じゃあ、今日の飯はナタリアが作ったのか?」
「いえ。私は完成した料理にラブラブビームを注入するくらいしか出来ませんので」
「特にいらないかな、その工程!?」
「「「え? 練習したのに?」」」
「大丈夫か、給仕長×3!? いや、×4か!」
イネスとデボラにギルベルタまでもが声を揃えて素っ頓狂なことを言う。
なんの練習してたんだよ、お前らは。
「……ナタリアたちはこちらの指示に従い食材のカットや煮込みを担当してもらった」
いつもは寝坊助なマグダがフロアから顔を出す。
続いてロレッタが朝から元気いっぱいな顔を見せる。
「お兄ちゃん、おはようです!」
「お前ら、筋肉痛は大丈夫なのか?」
「……あれくらいの運動では筋肉痛にはならない」
「あたしたちは、鍛え方が違うですから!」
マグダとロレッタの言葉に俺以外の者が「うんうん」と頷く。
えぇ、うそぉ……一日運動会しても余裕なの? お前ら、どんだけだよ。
「筋肉痛はともかく、マグダはよく起きられたな」
「……当然。店長が離脱することは予想が出来た。店長がいない時はマグダがしっかりしなければいけないので、今朝は一人で起き――」
「あたしが起こしに来てあげたです!」
「…………」
「いたっ!? 痛いです、マグダっちょ!? 無言で脇腹にチョップしないでです!」
マグダ的には秘密をバラされた感じなんだろうが、こっちとしては「だろうな」って感じだわ。
しかし、ジネットが筋肉痛で動けなくなると確信していたヤツがエステラにマグダに、おそらくロレッタもだろうが、結構いるんだな。
俺は自分のことで手一杯でそこまで気が回らなかったよ。
「みそ汁と煮物がいい匂いしてるな。味付けは誰がやったんだ?」
「アタシさね」
「くはぁ~……」っと、あくびをしながらノーマがフロアから気怠げに顔を出す。
フロアと厨房を仕切る壁に腕を掛けて、婀娜っぽい表情を見せる。
「朝早くにマグダとロレッタがウチに来てね。教会の子供たちの料理を作れって無理やりにね……まったく、たまったもんじゃないさね。昨日は酒も飲んだってのに……先に言っといてくれりゃあ準備くらいしておいたのにさぁ」
手伝うこと自体は嫌ではないようだ。
そしてもう一度「ふぁ~……ぁふ」とあくびを漏らす。
おぉ……っう。朝っぱらから色気全開だな、ノーマ。
「ノーマ、とってもありがとう!」
「なんさね、今さら改まって。ヤシロらしくもない」
「……いや、今のお礼は物凄くヤシロっぽい理由に起因するもの」
「お兄ちゃんは全身筋肉痛でもブレないです」
手伝いに来てくれてありがとう――と勘違いしたノーマの間違いを速やかに否定するマグダとロレッタ。そこは別に否定しなくてもいいんじゃないだろうか。
「ノーマの味付けなら心配ないな。今日の朝飯は楽しみだ」
「ほっ、褒めたって何も出ないさよ」
大きな尻尾がふわりと揺れる。
ミニスカ穿いたらパンツ丸出しになりそうだなぁ。穿かないかなぁ。
「ところで、お前らみんなフロアから来てたけど、フロアで何してるんだ?」
「おにぎりを作ってたんさよ。人数が多いからね」
人数が多い。
それは、教会で飯を食う人数が――という意味だと思ったのだが。
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