「それよりも、お前は『素敵やんアベニュー』の進捗を気にしとけよ。ちゃんと進行してんだろうな?」
「ん? あぁ。大丈夫だと思うぞ」
「『思うぞ』だと?」
「妙に張り切ってる女連中が多くてな。あぁいうのは女の方がよく分かるだろうから、メドラとオシナに手を借りて実行委員を選出したんだよ。今は連中が中心となって進めている」
「お前、監督してねぇのか!?」
「金は出している。それに、メドラやオシナが口も出してるし、お前んとこのトルベックがいろいろ案を出しているから。大丈夫だ。きっとうまくいく」
……この野郎。
どこまで女性の美に興味がないんだ。
そのくせ、オナラにばっかり情熱を注ぎやがって……
「……ガキ」
「年下に言われたかねぇんだよ!」
実年齢はお前より上じゃい!
そして、今は精神年齢の話をしているんだよ!
はぁ……、しょうもな。
ウッセの話が四割増しでまともに見えちゃいそうだな、こりゃ。
「で、ウッセはなんの話だ?」
「ヤシロ。テメェは俺らと牛飼いのどっちが大切なんだ?」
「あ、ごめん。気持ち悪過ぎて吐きそう」
お前は面倒くさい彼女か!?
俺が眠ってる間にこっそり『会話記録』覗き見ちゃう系女子か!?
「魔獣の肉を使った焼肉はないのかよ!? 牛飼いの肉ばっかり使いやがって!」
「しょーがねーだろう。あの店の主人が牛飼いと深い繋がりがあって、牛飼い全面バックアップの店になったんだからよ」
「なら、狩猟と繋がりの深い『肉屋』で焼肉を始めりゃよかったじゃねぇかよ!」
「魔獣の肉を扱えるような『肉屋』は経営が安定してるだろうが。そもそも、牛肉はリーズナブルって部分も支持を得ている理由だから、魔獣の肉で太刀打ちするには価格を落とさなきゃいけなくなるぞ?」
魔獣の肉は美味いが高い。
牛飼いが唯一狩猟にアドバンテージを得られるのがそこだ。
日本じゃ『それなり』レベルの店でも500円前後する上ロースが20Rb、200円程度で食えるのだ。
このお手軽さはかなりの好条件だ。
魔獣の肉でこの値段は真似できない。
「じゃあ、魔獣の内臓の食い方を教えろ」
「俺は魔獣のモツは食ったことねぇんだよ。テメェらで研究しろ」
口から火を吐いたりする生き物の内臓がどんな構造なのか、想像もつかねぇよ。
どこに毒があるか分かったもんじゃない。専門家を呼んで研究チームでも立ち上げるんだな。
美味く食えるようになったら是非紹介してくれ。
「研究ったって、焼肉以外にどんな食い方があるかも知らねぇのによ……」
「それでは、こういう料理はいかがでしょうか?」
待ってましたと言わんばかりのタイミングで、ジネットが厨房から顔を出した。
「もしよろしければ、こちらを試していただけませんか? 関係者以外の、特に体を使われる方の意見も聞きたいので」
と、テーブルに並べられたのはモツ鍋とレバニラ炒め。
トムソン厨房とカブらず、手軽で美味く食える内臓系料理として俺が提案した二品だ。
「どちらもニラたっぷりですから、疲れた体に効きますよ」
モツ鍋は味噌ベースのちょっと濃い味付けのもので、モツ以外にニラ、キャベツ、にんにく、唐辛子、ごぼうが入っている。好みで山椒をふりかけてもいい。
ニラに多く含まれる硫化アリル――アリシンがエネルギー代謝を活発にしてくれる。
ビタミンの吸収も助けてくれるから、キャベツやモツの持つ栄養素を余すところなく取り込んで、お肌ぷるんぷるん効果が存分に期待できる美容食だ。
片やレバニラ炒めは、ニラの栄養素は言わずもがな、レバーのビタミンがとんでもない。
ニンジンの十倍とも言われており、「あんまり食べ過ぎると過剰摂取でめまいがする」とまで言われるほどビタミンの宝庫なのだ。
レバーとニラのコンビは最強と言っても過言ではない。
疲れた体にガツンと効く、それがレバニラ炒めという料理だ。
ただし。
こんな、教会への寄付が終わったばかりの開店前に食うような料理ではない。
これは夕飯に食いたいメニューだよな。
――と、俺が不満をもらすから、ウッセとリカルドを見つけた途端に作り始めたんだろうな、ジネットのヤツ。すっげぇ作りたがってたし。
被験者とか実験台とかいう言葉がよく似合う二人だし、いい使い方なんじゃないかな、うん。
いや、味は美味いんだよ。
ただ、今じゃない。
欲しいのは、こんな早朝にじゃない。
「わたし、魔獣のモツでも是非試してみたいです!」
「ほぉ! こりゃあ美味ぇな! いくらでも食えそうだ」
大皿を傾けてレバニラ炒めを掻き込むリカルド。
この街の貴族って、品がないよな、食い方に。
レバーを過剰摂取して倒れろ! めまいを起こせ! そしてハゲろ!
……レバーを食い過ぎるとビタミンの過剰摂取で抜け毛が増えるという俗説もあるんだぜ……ふふふ。
バカ丸出しで貪るリカルドとは対照的に、ウッセは妙にきりっとした顔つきになって背筋を伸ばす。
「お、おぅ。悪いな、店長さんよ。じゃ、じゃあ、もし、何かあったら協力してもらってもいいか?」
この野郎は、身の程知らずにもジネットの前ではカッコつけやがるんだよな。
……追い出してやろうか?
そんな危機感を、まったく理解していないジネットは、アホのウッセにも分け隔てなく笑顔を向ける。
「はい。わたしに出来ることでしたら――」
待てジネット!
安請け合いはするんじゃない!
言質を取られたらあとでどんな要求をされるか……
「――ヤシロさんに相談して前向きに検討しますね」
「お……おう」
まさかの返答に、ウッセが言葉に詰まる。
「……店長には、マグダから言い含めておいた。返事の前にヤシロの意思を確認しないと迷惑をかけることもある……と」
マグダ、えらい!
よく言い聞かせたな、あの危機感ゼロ人間に!
「……ただし、マグダのお願いは可愛いわがままなので積極的に聞いてあげるべき、とも」
「それはまた、随分と都合のいい忠告だな」
「……店長は着々と、マグダに都合のいい……もとい、マグダの理想像に近付いている」
マグダにとって都合がいいのは元からだろうが。
な~んも変わっちゃいねぇよ、ジネットは。
それが嬉しいくせに。なんだそのドヤ顔。そんな顔してるとジネットに頭撫でられるぞ。「可愛い可愛い」って。
「……キングオブ可愛いin四十二区」
「『可愛い』ならクイーンかプリンセスにしとけよ」
「……むふー」
……はっ!?
いつの間にか、自然とマグダの頭を撫でていた!?
マグダめ……いつの間にか『可愛い』のレベルを上げていたのか!? もふもふ。
「うふふ。ヤシロさんも、マグダさんの可愛さの前には形無しですね」
笑いながら、マグダの頭に手を伸ばすジネット。
『撫でスペース』を譲り、二人でマグダの頭を撫でる。
いや、退けてもいいんだけど、なんというか、キリのいいところまでと思って。
「……むふーっ」
「テメェらなぁ、あんまマグダを甘やかすなよ。こっちに来た時にいろいろメンドクセェことになるんだからよ」
ウッセがうんざりしたような顔でため息を漏らす。
甘やかしてねぇよ。
ただ、ちょっとキリのいいとろこまでやっとかないと気持ち悪いだろうが。中途半端はよくないんだよ。
「……ウッセ」
「んだよ? 呼び捨てにすんな」
「……ハロウィンというのはあくまでオバケが集うイベントであって、怖ければなんでもいいというわけではなく、よって巨大な魔獣のオブジェとか見当違いも甚だしいわけだけれども、どうしてあの飾りをチョイスしたのかの説明を求む」
「ウッセぇ! 過ぎたことをいつまでもいつまでも! 全っ然可愛くねぇ! お前ら騙されてるぞ! 全然可愛くないからな、その小娘!」
ギャーギャー騒ぐウッセだが、マグダに――
「……マグダの可愛さは、本物だけに理解できる」
――と言われ、歯ぎしりした後で「ふん!」とそっぽを向いた。
随分と仲良さそうじゃねぇか。気に入られてるようだな、ウッセ。……オモチャとして、ぷぷー。
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