異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

119話 メドラ襲来 -3-

公開日時: 2021年1月25日(月) 20:01
文字数:2,697

「ダーリンの話を聞いて、すぐに構成員を集めて事情を聴いたんだよ」

「体にか?」

「はっはっはっ! もちろん、話し合いでさ!」

 

 と言うメドラの拳は、固く、固く握られていた。……土下座してる連中、ものすげぇ震えてんじゃん……どんな話し合いだよ?

 

「すでに分かっていることかもしれないが、順を追って説明させてもらうよ」

 

 声のトーンを変えて、メドラは神妙な面持ちで語り始める。

 

「そもそも、『四十二区が街門を作ろうとしている』って話をリカルドから聞いたのが始まりだったのさ」

 

 それは、相談というようなものではなく、世間話の一つだったらしい。

 昔からの知り合いではあるが、別にべったり一緒にいるわけではないらしく、リカルドが領主になってからは月に一度会うかどうかという関係らしい。

 そんな中、たまたま会う機会があり、そこで聞かされたのが四十二区の街門設置の話だったということだ。

 

「アタシは頭に血が上っちまってね。『四十一区の利益を横取りするつもりなのか』ってね」

 

 筋も通さない、無作法な領主代行が強行したと、思ったらしい。

 

「それで、その不作法者がどんな街門を作ろうとしてるのか、ウチの若いもんを視察に送り込んだのさ」

 

 その下っ端が、虫騒動の右筋肉と左筋肉だったってわけだ。

 

「そうしたら、このバカども……」

「ひっ!」

「す、すんませんっした!」

「ふん……そんな状態じゃろくに説明も出来ないだろうね……アタシの口から話させてもらってもいいかい?」

 

 メドラが重く、腹に響く声で言う。

 そして、淡々とした口調でこれまでの経緯を話し始めた。

 

 カンタルチカで虫騒動を起こした右筋肉と左筋肉は、俺が予測した通り、自分たちの意思で嫌がらせを行ったという。

 

 メドラが責任逃れのために部下に責任を擦りつけた……というわけではないことははっきりと分かる。

 衆目の中、どこの馬の骨とも知れない俺に土下座が出来る女だ。そんな小細工はしないだろう。それに、筋肉どもの語った理由というのが、想定外ではあったが、ある種納得できるものだったのだ。

 

「マ……ママに、喜んでもらいたくて……」

 

 こいつらが不祥事を起こした、その動機……それは、メドラを喜ばせようとして、というものだった。

 俺には、そういう感覚がよく理解できないのだが……力のある者に認められることに生き甲斐を感じる者は、少なくない人数、確かにいるのだ。

 ……つか、『ママ』って呼ばれてんだな、メドラ…………はは。

 

 聞けば、視察に来た筋肉どもは、四十二区が綺麗に生まれ変わっていることに驚いたそうだ。自分たちよりも格下だと見下していた四十二区が、四十一区よりも明らかに美しく、清潔になっていたのだ。

 おまけに、街には美味そうないい匂いが立ち込め、街を行く女たちは華やかで皆笑顔だった。

 そして、その女たちが口々に噂していたのが……『ケーキ』だった。

 

『ケーキ』というのは、四十区のラグジュアリーという喫茶店で出される、貴族が好んで食べる嗜好品だと、こいつらは知識で知っていた。

 そんな上流階級の食い物が、最底辺の四十二区で出回っている。

 どうせニセモノ、紛い物だと食べてみた結果……信じられないような美味さだった……と、筋肉どもは興奮気味に語った。

 

 そして、こう思ったわけだ…………「生意気だ」と。

 

「四十二区の視察を命じられた時、ママはすごく怒ってた。だから、四十二区の連中が薄汚ぇことを仕出かしてんだと思った。ケーキも、街並みも、みんなそうやって、四十一区の利益を横取りして手に入れたんだと…………そう思ったら……オレ、許せなくてよ…………」

 

 ぶっ壊してやる。

 

 そう思ったらしい。

 そうすれば『ママ』が喜んでくれる。自分を褒めてくれると。

 

 こいつらは、絶対的な力を誇り、自分たちの上に君臨する『ママ』に認められるのが、何よりの誇り、生き甲斐、プライドなのだ。

 ヤンキーがチームのトップを心酔する行為に似ている。

 

 自分たちが忠誠を誓うトップを脅かすような存在が現れれば、その行為が自らの命を顧みない無謀なものだとしても猪突猛進に立ち向かっていく。

 後先のことなど考えず、無関係な人間を巻き込むことも厭わずに、だ。

 

 そこにある思いはただ一つ。

 己が憧憬の念を抱くその人の「特別な存在になりたい」

 

 その思いが、何よりも強固な忠誠心と団結力を生み出している。

 だからこそ、狩猟ギルドはこれほどの力を誇っているのだ。

 

 今回、筋肉どもはその思いが暴走して問題を起こしてしまった。

 リカルドのところにもいるようだしな。リカルドのために自分の判断で言論を弾圧する憲兵が。

 ……俺には、いねぇよな、そんなヤツ?

 

「「すっ、すんませんでした!」」

 

 床に頭をこすりつける筋肉たち。

 

 で、その他のゴロツキどもは、この筋肉が雇った連中なんだそうだ。

 虫の一件で俺に返り討ちに遭った筋肉は、身元がバレかけた恐怖から、姑息な偽装工作に出た。四十区のゴロツキを使ったのだ。

 そうして、自分たちもその仲間だと思い込ませようとしたらしい。

 ついでに、鼻持ちならない俺に一泡吹かせてやれればなおよし、ってことだったようだが。

 

 なるほどねぇ。

 だから、二回目はオットマーみたいなバカ丸出しのバカで、その後がやけに本気度の高いロン毛たちだったのか。

 二度目はただの目くらましの予定だった。だが、また俺に返り討ちにされ、ムキになってしまったわけだ。……結局は返り討ちに遭うわけだが……

 

「そして、こいつらから聞いたのさ。『四十二区が軍備を拡大してる』ってね」

 

 ゴロツキたちを追い払うために行った演出――ベッコに作らせた兵士の蝋人形の行進――が、事態をより悪い方向へと導くきっかけになってしまったというわけだ。

 

「けどね、実際ここに来て分かったよ。軍備を拡大してる気配なんて微塵もない。アタシにはそれがはっきりと分かる」

 

 さすがメドラと言ったところか。幾千の修羅場をくぐり抜けてきた本物には、そんなまやかしは通用しないということなのだろう。

 

「だが、あの時のアタシは相当頭に血が上っていてね。言い訳にしかならないが、こいつらの報告をそのまま信じ込んでしまったのさ」

 

 そして、メドラの怒りはついに最高潮に達する。

 そんな折に、狩猟ギルドの支部に対する『スワームの討伐依頼』だ。タイミングが悪過ぎたとしか言いようがない。

 

「あそこの支部は『四十二区内の魔獣を狩るために』貸し出しているもんだ。勝手な仕事を押しつけられちゃ堪ったもんじゃない! だから、ウッセには『動くな』と指示を出したのさ」

 

 要は、説明不足だったのだ。

 きちんと説明をして、正式な手順を踏めばこんなことにはならなかった。

 ……もっとも、メドラもかなり短絡的に強権を振りかざしているけどな。

 

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