異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

126話 頼られる -1-

公開日時: 2021年2月2日(火) 20:01
文字数:2,650

「ぅおおおおっ! 領主様の旗、大食い大会バーションだぁー!」

「すっげぇぇええっ!」

「うぉっ!? こっちも当たったぁ!

「えぇ! 僕も僕も!」

 

 陽だまり亭が賑やかだ。

 

「はいはい。みなさんに大当たりするように、おまじないをかけてありますからねぇ~。うふふ、当たるといいですねぇ~」

 

 ジネットがにこにこしながらガキどもにお子様ランチの旗を引かせている。

 当然、中身は全部領主の旗大食い大会応援バージョンだ。

 ガキどもには、この旗を振って応援してもらおうって魂胆だ。

 

 全員に当たると分かっている時のジネットのあのにへらっとした顔……ホント、なんで誰も気付かないんだろうな。

 まぁ、ママ友連中にはもうすっかりバレているようだが。

 

「ねぇねぇ。ヤシロさん」

 

 そんなママ友連中の一人が俺に声をかけてくる。

 

「大会、ウチの区はどうなの? 勝てそう?」

「ベルティーナの食いっぷりを見てなかったのか?」

「見た見た。すごかったわねぇ、シスター様」

「私も驚いちゃった。まさか、あんな特技がおありだったなんてねぇ」

 

 ……特技? あれは『持病』だと思うが?

 

「でもまぁ、ヤシロさんがいればきっと勝てるわよね」

「はぁ? 俺は参加しねぇぞ」

「や~ね~。ヤシロさんが出たって簡単に負けちゃうわよぉ」

「それくらい分かるわよねぇ」

 

 ママ友連中がくすくすと笑う。

 じゃあ、何をもって勝利を確信してんだよ。

 

「ヤシロさんがいると、きっとなんとかしてくれるんだろうなぁ、って気になるのよね」

「それは危険な傾向だな。脳の病気かもしれんぞ」

「ふふふ、そうやって照れ隠ししてるところが、ママ友の間で人気なのよぉ~。『かわいい』って」

 

 か、かわいい……? ……やめてくれ、マジで。

 

「今回もヤシロさんは運営に加わっているんでしょ?」

「まぁ……どういう因果かな」

「なら勝ちは決まり」

 

 だから、その自信はどこから来るんだっつの。

 

「もし負ける時があれば……」

 

 ママ友連中が顔を寄せて、揃って俺へ視線を向ける。

 

「「「負けた方が利益が上がる時、よねぇ」」」

 

 ……こいつら、完全に勘違いしてやがる。

 俺がこれまで、多少なりとも街の発展に貢献してきたように見えているのは、突き詰めれば結果論なんだ。絶対的な自信があってやったわけじゃない。

 最悪の場合、この街が崩壊していた可能性だってあるんだぞ?

 

 アッスントと言い争ったことで、行商ギルドの本部にしゃしゃり出てこられていたらアウトだっただろう。

 治水工事も、俺の素人知識が通用しない可能性の方が高かった。

 今回にしたってそうだ。

 下手すりゃ、この四十二区は四十一区の植民地にされる可能性だってあるんだぞ?

 

 そんな、神様でも見るような目で俺を見るんじゃねぇよ。

 

「ヤシロ大明神様」

「どうぞ、四十二区を勝利へお導きください」

「ありがたや~」

「お前ら、精霊神を信仰してんじゃねぇのかよ?」

 

 だいたい、この世界に『大明神』なんていんのかよ?

 まったく、『強制翻訳魔法』の遊び心も来るところまで来た感じだな。

 

「ご利益が欲しけりゃ、陽だまり亭に金を落として帰れよ」

「いや~ん、そんなこと言われたらケーキ食べなきゃ帰れないわよねぇ」

「そうねぇ。ヤシロさんがそこまで言うんだもの、食べないわけにはねぇ」

「それじゃあ、食後にショートケーキいただこうかしら」

「私、モンブラン」

 

 こいつらはこいつらで、大食い大会の雰囲気を楽しんでいるようだ。

 まぁ、盛り上がってくれるのはありがたいんだが……大明神はねぇよなぁ。

 

「お兄ちゃん、見て! 精霊神様の『ごかご』すげぇの!」

「みんな当たったの!」

「すごくない!? ねぇ、これすごくない!?」

「あぁ、はいはい。すごくなくなくなくなくないな」

「え?」

「すごくなく…………え、どっち?」

 

 当たりの旗を握りしめ大騒ぎするガキどもを黙らせる。

 ガキどもには『領主パワー』関連の話はしない方向で、大人たちの間で話が通っている。

 領主の狂信者になられでもしたら一大事だからな。適度でいいんだ、適度で。

 

「いいから大人しく食え、ガキども!」

「「「はーいっ!」」」

 

 嬉しそうに領主の旗を持ってガキどもがお子様ランチに食らいつく。

 ……飽きないのかな? 何種類か用意するか、お子様ランチ。

 

「あの、ヤシロさん」

「ん? どうした、ジネット」

 

 お子様ランチを貪り食うガキどもを見ていると、ジネットがすすすと寄ってきて、こそっと耳打ちをしてくる。

 

「お子様ランチなんですが、もう少し種類を増やせませんかね?」

「奇遇だな。俺もまさにそれを考えていたところだ」

「本当ですか」

 

 ジネットが目を丸くして、そしてゆっくりとその目が弧を描いていく。

 

「やっぱり、ヤシロさんは優しい方ですね」

「お前も同じこと考えてたんだろうが」

「うふふ、お揃いですね」

 

 何が嬉しいのか、にこにことしている。

 まぁ、メニューが充実するのはいいことだ。

 ……子供カレーとか、作れねぇかな?

 

 以前した、ナポリタンを教えるという約束と共に、今度時間を作って新メニュー考案会でも開くとするか。

 

「きっと喜んでくれますよね。ヤシロさんの考えるメニューは、お子さんたちに大人気ですから」

「それはあれか? 俺の発想がガキっぽいってことか?」

「うふふ。その反論は、ちょっと子供っぽいかも、しれませんね」

 

 うぅむ。こやつ、言うようになりおったな。

 しかしなんだな……期待されるってのは、ちょっと性に合わないな。

 俺は誰の注目も集めずに、こそこそ目的を達成したい派なんだよなぁ。

 

 それから、ゆったりとした時間が流れ、ガキどもがお子様ランチを平らげ、ママ友連中がケーキを堪能し、俺が少しの眠気を感じ始めた頃、夕方の空に終わりの鐘が鳴り響いた。

 十六時。そろそろ仕事が終わる時間帯だ。

 

「ジネット。この後、ちょっとウーマロに会いに行ってくるよ」

「今からですか?」

「大会に参加してくれるよう頼んでくるんだ。あいつ、今は向こうの寮に泊まり込んでるからさ」

「そう、ですか……」

 

 夕暮れ時は、人を寂しい気持ちにさせる。

 だから、ちゃんと手は打ってある。

 

「今晩は鍋をやるぞ」

「お鍋、ですか?」

「あぁ。モーマットとデリアを呼んであるから材料費はタダだ!」

 

 美味い鮭鍋が食えることだろう。

 

「それは、楽しみですね」

 

 ジネットに笑みが戻る。

 賑やかに過ごしていれば、寂しさなんか感じない。

 

「さてっと……」

「あの……もう、行かれるのですか?」

「ん? いや、便所だ」

「あ、そうですか。お手洗いは、そちらの奥になります」

「知ってるっつの」

「当店のマニュアルに載っておりますので」

 

 くすくすと笑うジネット。

 最近はこういういたずらにハマっているようだ。

 

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