異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

334話 旅立ちの時、別れのアイサツ -2-

公開日時: 2022年2月9日(水) 20:01
文字数:3,330

「自分……アホやろ?」

 

 俺の秘策を聞き、手渡された秘密道具の中身を確認して、レジーナが心底呆れたように言う。

 

 バカモノ。

 超天才で、超イケメンだっつーの。

 

「まぁ、騙されたと思ってやってみろ。少なくとも、船旅の間中船底の食料庫で息を潜めているより安全に過ごせるはずだ」

「……ほんまかいな」

 

 レジーナは船に乗り込んだ後、とにかく人目を避けて自分の存在を隠し続けるつもりでいたようだ。

 なので、客室のチケットではなく、格安の雑魚寝部屋のチケットを買うつもりだったらしい。

 やめとけやめとけ。

 他人と一緒にいるだけで体力がすり減っていくお前が、大勢が雑魚寝する部屋に滞在できるわけねぇだろうが。

 

 この時間に出航する船なら、今からでも客室が取れるだろう。

 一番高い部屋なら、逆に空いてるかもしれんぞ。金持ちは、もっと移動しやすい時間の船に乗るだろうし、行商人どもは少しでも利益を上げるために安いチケットを買うだろうし。

 

「とりあえず、一回着替えてみるか」

「こんなところでかいな!? ムリに決まってるやん! ……っていうか、ホンマに着るん、こんなひらひらした服?」

 

 もちろんだ。

 その服こそが、お前を危険から守ってくれる切り札なのだから!

 

「題して! 『ふりふりドレスで萌え萌えキュン☆ うそっ!? この可愛娘ちゃんの中身があの卑猥薬剤師だなんて信じられにゃ~い大作戦』だ!」

「長いし端々が失敬やわ! 考え直しぃ!」

「んじゃあ、『人は見た目が八割! 黒と桃色を白く塗りつぶしちゃえ、デコレーション大作戦』だ!」

「海へ突き落としたろか!?」

「じゃあ、『馬子にも衣装大作戦』でいいや」

「急にやる気なくしたなぁ、自分……」

 

 だって、何を言っても却下されそうだったからよぉ。

 

 要するに、レジーナのイメージとはかけ離れた真逆の衣装とメイクを施して、たとえ知人に見つかろうともレジーナだとはバレないように変装させようというわけだ。

 本気で可愛い服を選んできたから、「まさか、レジーナがこんな格好するわけないだろう」と脳が勝手に判断してくれるという寸法だ。

 

「ぷれぜんてぃっど、ば~い、ウクリネス」

「……ヒツジの服屋はん…………どんだけウチにふりふり着せたいねん……」

 

 それはもう、心の底からだろうな。

 閉店後に押しかけたってのに、二つ返事で服を提供してくれたぞ。

 

 あぁ、そうそう、ウクリネスと言えば――

 

「ちゃんと受け取ったぞ、お前ん家の合鍵」

「……それ、明日の朝届くようにしとったんやけど?」

 

 四十二区でレジーナが頼れる人間は限られている。

 だが、その中の誰かに『いざという時のためにヤシロに家の合鍵を渡してくれ』なんて託したら「何があった!?」「何をする気だ!?」って問い質されて引き留められるのが目に見えている。

 

 だからこいつは、信頼できるがそこまで関係の深くないウクリネスを選んだ。

 ウクリネスの家のポストに、手紙と合鍵の入った箱を投函し四十二区を出てきたのだ。

 

 ま、レジーナがそーゆー感じで頼れるのはウクリネスくらいかな~と思って、そっこーでポスト見せてもらったけどな。

 案の定、そこにレジーナからの手紙を発見して、そのままもらってきたってわけだ。

 

「ウチがおらんようになっても、自分がおれば薬は使えるやろ? せやから、あの店にある薬は自分の判断で自由に使ってえぇで……って、『明日の朝』伝わればえぇなぁ思ぅてたんやけどな!」

「まぁ、必要があれば合鍵なんかなくても勝手に入って拝借してたと思うけどな」

「他人ん家の鍵、そう軽々しく開けんといてくれるか?」

「開ける度にエステラに報告する義務を負わされてんだ……不当じゃね?」

「最低限のセキュリティやね」

 

 俺は、どんな鍵であろうと『あっ!』っという間に開けられてしまう『どこでもキー』というアイテムを持っている。

 まぁ、日本にいるころに愛用していた物を再現しただけなんだがな。

 

 以前、エステラが自分の館の大金庫が開かなくなったと泣いていたので、このどこでもキーで開けてやったのだが……「その不法キーを使用した際は必ずボクに報告すること! でなければ没収だからね!」などと抜かしやがって……恩を仇で返すとはひらてぇヤロウだ! ……あ、間違えた。ふてぇヤロウだ!

 ……あ、いやいや、間違えてはなかったか。

 

「ったく、平てぇヤロウだ」

「おもろいこと思いついたら言わな気が済まへん病気なんかぃな、自分?」

 

 まぁ、折角だからな。

 

「それにしても……ウチがヒツジの服屋はんのとこに手紙投函した後で追いかけてきた自分が、なんでウチより先に三十五区におるんな? ウチ、四十二区を出る直前に手紙入れたんやで?」

「そんなもん、見つからないようにってこそこそ移動してたお前と違って、俺は特別チャーターした馬車で直行したからに決まってんだろ」

 

 レジーナが使った乗り合い馬車は領主の館の前を通り四十一区を回って三十五区へ向かっている。

 一方こっちは、木こりギルドのお嬢様の持ち馬車だから好きなルートで目的地を目指せる。

 四十一区をショートカットして、ルシアが「最速で四十二区へ行ける道だ!」と自慢していた道を逆走してきた。

 ……マジで早かったな。「こんなとこ通れるのか?」みたいな路地を掻い潜り、外周区をぐるっと回るコースの三分の一くらいの時間でたどり着けた。

 ルシアのヤツ、どこに労力割いてんだよ……

 

「……なぁ、もしかして、木こりのお嬢はんとかも、知ってはるん?」

 

 レジーナが今夜出立することを、か?

 

「知ってるぞ。俺が教えた」

「口の軽いやっちゃなぁ!?」

「みんな、なんとなく察してたぞ」

 

 まったく察してなかったヤツらも多いけど。

 というか、俺が話をしたら「あぁ……やっぱりかぁ」みたいな反応がほとんどだったな。

 

「あの場にいた連中はともかく、デリアやノーマはきっと怒るぞ。覚悟しとけよ」

「わぁ、そら恐ろしいなぁ……。自分から、うまいこと言ぅといてや?」

 

 それで納得するかよ。

 どいつもこいつも寂しがり屋ばっかりなんだから。

 

「おそらく、二泊三日パジャマパーティーの刑だろうな」

「うわぁ……ウチかっさかさに干からびるかもしれへん」

「そしたら、大衆浴場で水分補給だな」

「皮膚からするんか、水分補給? 大衆浴場より大層欲情の方がえぇなぁ」

 

 なら大衆浴場に入れよ。

 すっぽんぽんの美女美少女だらけだぞ。

 

「そこまで拒むなら、俺が代わりに――」

「入ってもえぇけど、自己責任やで?」

 

 それはひでーよ。

 お前が責任取ってくれよ。

 俺はいい思いする係。お前は怒られて罰を受ける係。

 お? 利害一致してね? してないか? ないか~。

 

「あいつらからの伝言だ」

 

 一人でレジーナの見送りに出る俺に託された言葉を告げる。

 

 

「『早く帰ってこいよ』」

 

 

 いろいろ言っていたが、要約するとそんな感じだ。

 

「……せやね。ほな、ウチも頑張らなアカンね」

 

 持たされたふりふりのドレスをぎゅっと抱えるレジーナ。

 危険が減るなら、どんなことでもやっておくべきだ。

 

「伝言、確かに受け取ったって言ぅといて」

「あぁ、伝えとく」

「あと、おっぱい魔神はんが大衆浴場覗こうとしとるさかい、厳重に注意しときやって」

「それは絶対伝えない」

「ほな、領主はんに『おっぱい魔神はんの「会話記録カンバセーション・レコード」を見るように』と」

「それも伝えねぇ」

 

 バレんだろうが。

 頑張った後に懺悔室とか、冗談じゃない。

 

「みんな来たがってたが、さすがに止めておいた」

「そら感謝せなアカンな」

 

 全員で押しかけたら、レジーナの足止めをすることになっちまう。

 それは本意ではない。

 

「なぁ、ほなこれは伝えてくれるか?」

 

 ここにはいない大切な者たちを思い、レジーナが緊張した面持ちでこんな言葉を口にする。

 

「ウチを大切に思ってくれておおきにな。……あの……ウチ、みんなのこと、……好っきゃで…………って」

 

 真っ赤な顔で言って、恥ずかしさが限界を超えて俯くレジーナ。

 だが、残念だな。

 

「それも伝えねぇよ」

「なんでなん? ウチ、こんな頑張って言ぅたのに!」

 

 だからこそ。

 

「それは、自分の口で言ってやれ」

 

 俺を介したら価値が半減しちまうだろうが。

 きっぱりと突っぱねてやると、レジーナは恨めしそうに俺を睨み――

 

 

「いけずやなぁ」

 

 

 ――と呟いた。

 だが、呟いた後口元が緩んでいたから、いつか自分で伝える日が来るだろう。

 たぶん、相当先になるだろうけどな。

 

 

 

 

 

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