異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

212話 思い出と手紙と -1-

公開日時: 2021年3月21日(日) 20:01
文字数:2,524

 二十九区は、豆を押しつけるのに必死だ。

 

「来る途中で道を尋ねられたんだが……豆を押しつけられたぞ」

「あらあら。それはきっと『お礼』のつもりなのねぇ」

 

 ひょうひょうとした顔で笑うマーゥル。

 こんな押しつけがましい『お礼』なんぞいらん。マーゥルの免税証明がなければ、金を取られるんだからな。

 

「どうせならソラマメを寄越せよな。名産なんだろ」

「あら、それは無理よ~。ソラマメはね、つい先日大量に注文が入ったから、領主がぜ~んぶ買い占めちゃったのよ。一般家庭には出回らないわ」

 

 くすくすと軽い笑いの合間に、にやりと意味深な笑みを含ませるマーゥル。

 俺たちが豆板醤をリベカに教えた影響が、早くも二十九区に出始めているようだ。

 アッスントが早い段階で商談を持ちかけていたというのも大きいのだろうが。

 

 

 とどけ~る1号で昨日のうちにアポを取っていた俺たちは、昼過ぎに差し掛かった今、マーゥルの館でのんびりとお茶をすすっている。

 

「よっしゃ! 大将のイラストが描けやがったぜです!」

「あらあら、モコカ。大将だなんて……うふふ。本当に面白い娘ねぇ」

「この館で一番偉いんだから、大将だぜですよ!」

「まぁまぁ。どうしましょう。ねぇ、シンディ?」

「主様のお好きになさればよいかと思いますよ、私は」

「そ~ぅ? なら、面白いからそのままでいいわね」

「えぇ。面白いですからねぇ」

 

 モコカの面接は物の五分で終了した。

 一目見て「まぁ、可愛い虫人族さん」と、瞳をきらめかせたマーゥル。

 一言二言言葉を交わすと、もう夢中になっていた。

 そして、極めつけの特技――イラストを披露すると、モコカの採用は決定された。

 

 こうして、何年も何十年も採用者が現れなかったマーゥルの館の給仕に、新たなメンバーが加わった。

 マーゥルはモコカの才能を高く評価し、情報紙の仕事との掛け持ちも、ベッコのもとへ勉強に行くのも了承してくれた。

 モコカは好きな時にイラストを描き、学び、それ以外の時間を給仕として働くことになった。もっとも、マーゥルが必要とする時は給仕の仕事を最優先させるという条件はついているが。

 

「まぁ、可愛い。これ、私? ちょっと可愛く描き過ぎじゃないかしら?」

「いえいえ。よぉ~く特徴を捉えてあって、うまいもんですよ」

「大絶賛感謝するぜです!」

 

 なんとか、うまくやっていけそうだ。

 というか、もう完全に馴染んでやがる。モコカのコミュ力すげぇな。

 

「ねぇ、見て見てヤシぴっぴ。これ、私なんですって。可愛いと思わないかしら?」

「あぁ、可愛い可愛い。よく似てるよ」

「うふふ。ということは、私自身も可愛いってことね? もう、ヤシぴっぴはお上手ね」

 

 いや、自分で都合よく解釈しといて「お上手」も何もないだろうが……

 

「……ヤシロは年上もイケる口」

「そんな口は持ち合わせてねぇぞ、マグダ」

「……年下も余裕」

「俺は無節操か」

「……幼女が好物」

「それはさすがに嘘過ぎるな!?」

 

 好物ではねぇよ!

 

「……もし、Gカップの幼女がいたら?」

「………………うむ」

「悩まないでくれるかな、ヤシロ。あと、そんな幼女存在するはずないから」

 

 おのれの負けを認めたくないエステラが希望的願望を述べている。

 いるかもしれないだろうが。数百年もの間、まったく老いないエルフだっているんだから。

 

 今回二十九区には、俺とエステラ、そしてマグダが来ている。

 マグダは……少しでもモコカのそばにいて情報紙に載せてもらおうという魂胆なのだろうな…………本人は口にしていないけれど。

 

「マグダちゃんも可愛いわぁ。ウチの給仕に欲しいくらい」

「……マグダは引く手数多だから」

「そうなの、残念ねぇ」

 

 マーゥルはマグダにもメロメロだ。

 変わり者ランキングなら、マグダも上位にランクインするだろうしな。

 

 ナタリアをこれ以上モコカのそばに置いておくと――モコカが手放しで「美人美人」と連呼するから――表情筋がドヤ顔のまま固まってしまいそうだったので、有無を言わさず置いてきた。

 代わりは別に必要なかったのだが、行きたいヤツはいるかと聞いたらマグダが名乗りを上げた。ロレッタも行きたがるかと思ったのだが……定食の失敗が悔しかったようで、陽だまり亭に残ってジネットの技術を盗むのだそうだ。

 

 ちょっと行きたそうにしていたジネットだったが、ロレッタが抱きついてそれを阻止していた。

 イメルダが言っていた「技術は盗むもの」という言葉に感銘を受けたようだ。

 

 まぁ、もうすぐ二十四区へ行くことになるし、今回はいいと判断したのだろう。

 

「もしよろしければ、マーゥルさんも参加なさいませんか?」

 

 今回、マーゥルに会いに来たのはモコカの件だけではなく、二十四区教会で開く予定の『宴』への招待も兼ねていた。

 マーゥルが来れば、100%ドニスは参加する。

『宴』には、ドニスとフィルマン、そしてリベカとソフィーの参加が不可欠だ。フィルマンはともかく、ドニスをうまく引っ張り出せるかが重要なキーとなる。

 

 なのだが――

 

「ごめんなさいねぇ。私、みだりに他区へは行けないのよ」

 

 あっさりと断られてしまった。

 マグダやモコカを気に入ったことから、教会の獣人族のガキどもで釣れるかと思ったのだが……

 

「って……みだりに四十二区に遊びに来てんじゃねぇか」

「それは、お忍びだもの」

 

 じゃあ、忍んで来いよ。

 

「二十四区へ行くとなると、領主様とお会いすることになるでしょう?」

 

 そう問いかけるマーゥルの目は、「それが目的なんでしょう?」と言っていた。

 丸分かりか、こっちの魂胆。

 

「特に今――『BU』全体の懸案事項を抱えた今、私が他区の領主と密会なんかしたら問題が大きくなってしまうわ。深い意味がなかったとしても、ね。まず間違いなく、その手引きをした四十二区の心証は悪くなるわねぇ」

「そう……ですか」

 

 そんな意図はない――とは、口が裂けても言えないからな。下心はありありだし。

 それでも取り繕うように、エステラは「表面上の」言い訳を口にする。

 

「楽しい催しになるかと思いましたので、よければと思ったのですが。残念です」

「そうね、とても残念だわ。またの機会に誘ってね」

「はい。是非」

 

 またの機会ってのは、すべてのゴタゴタが片付いたら――ってことか。

 ベルティーナがやりたがっている、四十二区での宴になら呼べるかもな。

 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート