「遅れて申し訳ないでござる!」
噂をすればなんとやら……まるでタイミングを計ったかのように、ベッコが満面の笑みを浮かべて登場する。
遅いぞ、コノヤロウ。
金型と同じくらい、お前の持ってくる物が必要だってのに。
「見てくだされ! 拙者の新作、『祀られる英雄像』でござるっ!」
「アホかっ!?」
ベッコが担いできた、やたらと巨大な蝋像は、除幕と共に俺が蹴り倒し破壊した。
「あぁっ!? 四十六分もかかった力作がっ!?」
「こんな下らんもんを作ってて遅れたのか、テメェ!? あと、力作の割には制作時間短ぇよ!」
「いや、ふと思いついてしまったでござる! 思いついたら作らずにはいられないでござる!」
「来週の祭りでロウソクを腐るほど使うつってんだろ! 無駄使いしてんじゃねぇよ!」
「か、かたじけないでござる! あぁ、そうそう! 頼まれていた物を持ってきたでござるよ」
そう言って、ベッコが手荷物の中から大きな瓶を取り出す。
その瓶の中にはたっぷりのハチミツが入っていた。
これこれ! これが必要だったんだよ。
「よし、マグダとロレッタはノーマの金型を外の屋台にセットしてきてくれ」
「……了解」
「まかせてです!」
「エステラと妹たちは火を起こすための炭の準備だ」
「分かったよ。さぁ行くよ、妹たち」
「いくよー紐姉ー!」
「紐姉ー!」
「紐姉言うな!」
妹たちよ。『紐姉( ひもねえ )』ではない。今のエステラは『穿いて姉( はいてねえ )』だ。
「ヤシロさん、わたしは何をしましょうか?」
「ジネットとネフェリーは厨房だ。材料の下ごしらえをする」
「よぉし! 私の料理の腕前を見せてあげるわ!」
腕捲りをして気合い十分のネフェリー。
だが、ジネットの前であまり張り切らない方がいいぞ。……ジネットは次元が違うから。
こいつは、古き良き時代の日本のお母さんより料理できるからな。
新妻が「料理教室に一年通ったの~」、程度じゃ話にならないんだ。
まぁ、今回作るのは混ぜるだけだから、そこまで力量の差は出ないだろうけどな。
「アタシも見せてもらっていいかい?」
興味があるのか、キツネ耳をピコピコさせてノーマが俺に近付いてくる。
歳を取っても耳や尻尾は動くものらしい。
「構わんが、厨房内は禁煙だ。煙管はここに置いていってもらうぞ」
「そうなのかい?」
厨房は料理人の戦場だ。
ちょっとしたことでも妥協するわけにはいかない。
魚に煙の匂いが移ると味が落ちるからな。
「まぁ、ちょっとの間さね。我慢するか」
ノーマは煙管をくるりと回し、懐から携帯灰皿を取り出す。そこへ灰をポンと落とし、煙管共々どんなものでも収納しちゃいそうな溢れ出る胸の谷間にしまい込んだ。
……俺、来世は煙管になりたい。
「では、まいりましょうか」
「よし! 頑張るぞ!」
「ちょっと面白そうだね」
ジネットに続き、ネフェリー、ノーマが厨房へと入っていく。
さて俺も厨房へ……と、思ったところでベッコが視界に入った。…………あ。
「ベッコ」
「なんでござろう?」
「お前はエステラを手伝ってやってくれ」
「うむ。火の取り扱いは危険でござるからな、心得た!」
「拙者に任せるでござる!」とばかりに胸を叩き、ベッコが外へと出て行く。
その背中を見送りながら、俺は額の汗を拭う。
……ベッコの存在を秒速で忘れて、仕事振るの忘れてた、なんて言えなかった。
そんな些細な罪悪感はかなぐり捨て、俺は厨房へと入る。
忘れられるベッコが悪い。そう自分に言い聞かせながら。
厨房に材料を並べ、それらを確認していく。
「小麦粉にハチミツに、重曹っと」
驚いたことに、レジーナが重曹を作っていたのだ。
薬の研究の一環だそうで、ベーキングソーダやベーキングパウダーもあるらしい。……もっとも名前は『ナントカカントカ』とかいう小難しいものが付けられていたが。成分を聞けばそれは紛れもなくベーキングパウダーだった。
ベーキングパウダーがあればケーキが作れる。
ケーキが作れれば、四十二区のオシャレ女子が「ちょっとお茶していかない?」的なノリで集まってくること間違いなしだ。
言うまでもなく、大量発注したね。ベーキングパウダーは、オシャレ女子の必須食材なのだ!
……もっとも、四十二区にオシャレ女子がいるのかどうかは、甚だ疑問ではあるけどな。
「ネフェリー、タマゴ」
「はい、どうぞ。たくさん持ってきたからじゃんじゃん使ってね」
「そういえば、鳥たちの様子はどうだ?」
「もう絶好調よ! なんでそんなに産むのってくらい産んでるわ。毎朝拾うのが大変なんだから」
卵の安定供給がなされ、こちらは嬉しい限りだ。
そういえば、以前海漁ギルドのマーシャに礼を言われたな。貝殻が売れるようになって収入が大幅アップしたって。
いい相乗効果なら歓迎だな。
ネフェリーの家の卵は形も大きさも素晴らしく、黄身もしっかりとした濃厚な味わいでかなり美味しい。
この卵を使えば、最高の逸品が出来そうだ。いや、きっと出来るだろう。
「小麦粉にタマゴとベーキングパウダーを混ぜて、水を加えてトロッとするくらいにかき混ぜる。最後にたっぷりの蜂蜜を加えて……」
「あぁ……いい香りがします」
かき混ぜる度、ふわりと蜂蜜と小麦の甘い香りが鼻腔をくすぐる。
懐かしい香りだ。
「よし完成!」
「えっ、これで終わり!?」
「なんだか、あまり美味しそうじゃないねぇ」
張り切っていたネフェリーはあまりに簡単な工程に愕然とし、ノーマはドロドロした白っぽい黄土色の液体を見て眉を顰める。
このまま食うわけじゃねぇっての。
「これを、ノーマの作ってくれた金型で焼くんだよ」
「では、外に向かいましょう」
俺の作ったタネを持ち、ジネットがまたも先頭を切って歩き出す。
納得いかない様子のネフェリーとノーマを連れ立って、俺たちは庭へと出た。
「私たち、必要なかったんじゃないの?」
「作る工程を見ておいてほしかったんだよ。本番では、俺は手伝えないからな」
ジネットに見せたのは、いつかウチでも似たようなものを作る可能性があるからだ。
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