異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

後日譚17 『大切』の順番 -1-

公開日時: 2021年3月4日(木) 20:01
文字数:4,261

「とても楽しかった思う、私は、いいものが見られて」

 

 ウクリネスが帰った後、ギルベルタが上機嫌に言う。

 軍隊のようなパンツスタイルのギルベルタだが、ナタリアのようなロングスカートの給仕服も似合うかもしれない。一度着せてみたいものだ。

 

「ヤシロ様。『一度脱がせてみたいものだ』みたいな目で女性を見るのはお控えください」

「その一歩先を考えてたんだよ!」

「……『その一歩先』っ!?」

「違ぁうっ! 着せたいの、お前みたいな給仕服を、ギルベルタに!」

「そして……脱がせたいとっ!?」

「思ってねぇっ!」

 

 取っ捕まえようとしてもするするとあさっての方向へ逃げていくナタリアの妄想は、行く先々で俺への風評被害を撒き散らす。傍迷惑なヤツめっ!

 

「みなさん。甘い物でもいかがですか?」

「あ、シュークリームだね。もらっていいの?」

「はい。ドレスの試着を頑張ったみなさんへ、ご褒美です」

 

 と、俺を見つめて熱弁するジネット。

 言い訳でもしてるつもりか?

 ったく……商品を無償提供するなと、口を酸っぱくして言っているのに……

 

「そ、それに、ギルベルタさんにも、四十二区のケーキを知っていただきたくて……あの、こ、今後の顧客拡大といいますか…………そ、そうです! ギルベルタさんから口コミが広がって三十五区の方が興味を持ってくださるかもしれませんし、それから、あの……っ!」

「分かった分かった。ご褒美、な」

「はいっ!」

 

 俺の許可が下りると、ジネットは嬉しそうにシュークリームを配り始める。

 お前が店長なんだから、もっと堂々としていてもいいんだが…………とはいえ、浪費をさせるつもりはないけどな。

 今回は特別だ。

 

「……ヤシロ。コーヒー」

「お、マグダが入れてくれたのか?」

「……むふん」

 

 自信満々に胸を張り、鼻を鳴らすマグダ。

 相当自信があるようだが、俺の判定は厳しいぞ?

 コーヒーには、こだわりがあるからな。

 

「どれ……」

 

 マグダが持ってきたコーヒーを一口啜る。

 

「んっ!? 美味いっ!」

 

 きちんとジネットの味が継承されている。

 コーヒーが飲めないマグダがこの味を再現したのだとすれば大したもんだ。

 

「いつの間にマスターしたんだよ、マグダ。すげぇな、お前は」

「……ふふん。実は…………」

 

 マグダが口の横に手を添え手招きをする。

 耳を近付けると、こっそりとこんなことを教えてくれた。

 

「……マスター、していない」

「…………へ?」

「……このコーヒーは、店長が淹れたもの」

「さっきのドヤ顔はなんだったんだ!?」

「……ヤシロはマグダのドヤ顔好きかなぁと思って。サービス」

 

 えぇ……サービスだったのか、あれ?

 一瞬マジで称賛したのに……俺の『スゲェ』を返せ。

 まぁ、確かにマグダは『自分で淹れた』とは一言も言っていない。……くそ、騙された。

 

「とても美味しい、これは! 私の好きな味だ、これはっ!」

 

 少し大袈裟過ぎるくらいに興奮気味にギルベルタが言う。

 シュークリームを口いっぱいに詰め込み、一口で平らげてしまった。口の周りにクリームがべったりだ。

 一口で食うなよ……

 

「ギルベルタ……拭け」

「ん? 『ふぅ~』……」

 

 いや、違う違う。

 誰が俺に甘い香りの息を吹きかけろと言ったか。

 拭くの!

 

「あぁ、もう。子供か、お前は」

「おやっ、おややっ?」

 

 三歳児並みに口の周りを汚すギルベルタ。

 それを指摘しても一向に気付く気配すらない。

 つか、下手に教えると服の袖で拭きそうな気すらする。……うん、こいつならそうするだろう。

 なので、しょうがなく俺が乾いた布巾で口周りを拭いてやる。

 ちゃんと綺麗なヤツだそ? ハンカチ代わりに俺が持ち歩いている物だ。

 

「な、何をするのだ、友達のヤシロ!?」

「ガキみたいにクリームつけてるからだよ」

「そ、それくらい出来るぞ、私は、自分で」

「信用できん」

「こ、これでも、領主の館の給仕長を任されている身だ、私は」

「あ、そうだったっけ?」

 

 まぁ、どうせ。ルシアの好みが色濃く滲み出た人選に違いない。

「遊びに行きたい」って感情を優先させて職務放棄するようなヤツなのだ。ちゃんとしているわけがない。

 

「じょ、女性の唇付近を突然触るとは……遊び人なのか、友達のヤシロは……?」

 

 女性……?

 あ、ごめん。お前のこと、その視点で見るの忘れてたわ。

 おっぱいデカいのに、なんとなく女性っていう感じがしなくて……女性っていうより………………妹?

 

「……ヤシロは、ある一定の女性に対しお兄ちゃん的立場を取りたがる性癖を持っている」

「おいこら、性癖とか言うな、マグダ!」

 

 なんだ、その妹萌えをこじらせたようなキャラ設定は。俺にそんな属性はない。

 

「なるほど、ヤシロ様の性癖ですか……では。おにぃ~ちゃ~ん。私のお口もふきふきしてぇ~」

「あ、この店、そういうサービスやってないんで」

「そう言わずに」

「食い下がるな」

「よいではないか、よいではないか」

「エステラぁ」

「ごめん。ボクの手には負えないんだ、もう」

 

 諦めんなよ、飼い主。

 ちゃんと自分とこの給仕長を躾けとけ。な?

 

「まったく。意気地の無い……『さっきので布巾が汚れちまったから、お前のクリームは俺が舐め取ってやるよ、ナタリアたんぺろぺろ』くらい言えないものでしょうか」

「でも俺がそれ言ったら引くだろ?」

「当然、ドン引きですね」

「お前は怖いヤツだなぁ。なにその食虫植物みたいなイヤラシイ罠」

 

 美味しそうなものにつられて近寄るとパックリいかれる。

 口周りを拭いて、犯罪者を見るような目で見られるのは御免だ。

 

「……あぁ、クリームが」

「今日のシュークリームはすごく活きがいいです」

「食べ物で遊ぶな、二人とも」

 

 これまたわざとらしく口周りにクリームをつけたマグダとロレッタが近付いてくる。

 普通に食えんのか、お前らは。

 

「そうですよ、お二人とも。食べ物を粗末にしてはダメですよ?」

 

 諭すような口調で、ジネットが二人を叱る。……ほっぺたにクリームをつけて。

 

「……捨て身のギャグ」

「店長さん、いつの間にそこまでの域にたどり着いたです……?」

「へ? あの、なんのことでしょうか?」

 

 ジネットのヤツ……あれ、天然だな?

 

「説得力が皆無だよ」

「ほぇっ!?」

 

 頬についたクリームを親指で拭ってやると、素っ頓狂な声が上がる。

 こんなベタなボケを素で繰り出してくるんだから……天然ってすげぇなぁ。

 

「……店長は拭ってもらえた」

「絶対おっぱい差別です。ギルベッちゃんもおっぱい大きいですし。きっとE以上限定なんです」

 

 こら、ロレッタ。変な誤情報を流すな。

 そんな差別はしてねぇよ。……今のとこは。

 あと、ギルベッちゃんって。

 

「けど、実際難しいよね。齧りつくとお尻からクリームがはみ出したりするしさ」

「えっ!? 食べてすぐっ!?」

「ボクのじゃないよっ! シュークリームのお尻からっ! ……お尻を見るなっ!」

 

 エステラの小ぶりなお尻をガン見していたら体の向きを変えられてしまった。

 だって、クリームがはみ出すとか言うからさぁ。

 

「俺のいた街では、膨らんでる方を下にして食べるとクリームがはみ出さないって言われてたな」

「そうなのかい? やってみるよ」

 

 ネットでそんな情報を目にしたことがある。

 言われた通りに膨らんだ方を下にして、エステラがシュークリームにかぶりつく。

 と、同時に溢れ出すクリーム。

 

「だが、検証してみた結果、そうでもなかった」

「先に言ってよ、そういうことはっ!」

 

 アゴにクリームをつけて、エステラが声を荒らげる。

 膨らんだところの生地が薄くなっていたのだろう。そこに力がかかって溢れ出したのだ。

 

「そう怒んなよ。クリームがはみ出すのも、シュークリームの醍醐味なんだよ」

「……どんな醍醐味だよ」

「ほら、動くな」

「へ…………っ!?」

 

 エステラのアゴを摘まむような形で、親指でクリームを拭ってやる。

 

「ヤ、ヤシ……ッ!」

 

 …………うん。

 なんかこれ、『アゴくい』みたいだな……ほら、キスをする前にアゴをくいっと持ち上げる、アレ…………決してそんなつもりはないのだが……

 

「なるほど。『俺のデザートは、オ・マ・エ・だぜ』ということですね」

「ち、ちち、違うよっ!? 違うよね、ヤシロ!?」

 

 赤い顔をして勢いよく後方へ逃げていく様は、さながら伊勢海老のようだった。

 ……照れるなよ、ウツるから。

 

「ヤ、ヤシロは、自分の発言の責任を取って、クリームを拭いてくれただけだよ!」

「……ズルい」

「ズルいです!」

 

 マグダとロレッタが、追い込み漁のようにエステラに詰め寄る。

 

「……乳もないくせに、順番抜かし」

「エステラさんはこちら側のはずです! 乳がないのでっ!」

「君たち……しまいに怒るよ?」

 

 おっぱい差別で拭いてもらえなった説の支持者がイレギュラーな無乳優遇を糾弾している。

 ……だから、してねぇんだって、おっぱい差別。今のとこは。

 

「天然娘優遇処置でしょうか?」

「……マグダは天然で可愛いところもある」

「マグダっちょが天然だったら、だいたいの人が天然になっちゃうですよ!?」

「その前に……ボクは天然じゃないから」

「あ、あのっ、わたしも違います……よ?」

「「「黙れ、天然のツートップ」」」

「酷い言われようだっ!?」

「もう、酷いですよ、みなさん!」

 

 ついにエステラがジネットと同類認定されてしまった。

 出会った頃は、頭の切れる油断ならないヤツだと思ったのに…………俺の人を見る目もまだまだだな。

 

 だが、一言だけ、これだけは言っておきたい。

 

「お前ら、天然はおっぱいだけにしろよ」

「断るっ!」

「……エステラが潔い」

「養殖できればいいのですが……」

「世の中には、不可能なことがいくらでもあるですよ」

「うるさいよ、マグダ、ナタリア、ロレッタ!」

 

 天然ものの尊さを理解しないエステラが吠える。

 まったくもって、嘆かわしい。天然ものを蔑ろにするとは……

 

「エステラにおっぱいの祟りがありますように」

「やめてくれるかな!?」

「ヤシロ様。さすがにこれ以上は酷です」

「すでに祟られている可能性もあるですのに!?」

「……抉れ気味のぺったんこ…………恐ろしい」

「うるさいよ、ナタリア、ロレッタ、マグダ! そしてマグダ、大差ないからっ!」

 

 ぎゃーすぎゃーすと、エステラが吠える。いや、その様は最早エステラではない。つるすとん怪獣ペタゴンだ!

 こいつ、領主なんだよなぁ…………平和だな、四十二区って。

 

「すごい思う、四十二区は」

 

 賑やかな連中を見つめて、ギルベルタがポツリと漏らす。

 

「いつもこんなに盛り上がっているのだな、おっぱいの話で」

「他区の方に誤解を与えてますよ!? みなさん、自重してくださいっ!」

 

 危機感を持ってジネットが叫ぶ。

 間もなくかもしれないな、四十二区が『おっぱいの街』認定されるのも。

 

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