陽だまり亭に行ったら、朗報が舞い込んできたです。というか、待ち構えていたです!
「弟たちに畑を任せてもらえるですか!?」
「あぁ。基本的なところはモーマットが教えてくれることになってるが、俺もちょいちょい口を出しに行くから、柔軟に対応できそうなヤツを何人か見繕っといてくれ」
「は、はい! 任せてです!」
そういうことなら、まず年長の弟をお目付け役にしつつ、世話焼きの妹と体力だけは無駄にある年中の弟たちでチームを作らせるですかね。
畑がうまくいけば、ウチで食べる野菜が増えるですし、認めてもらえれば農業ギルドのお仕事を任せてもらえるかもしれないです!
「あぁ、そういや」
と、若干白々しい感じでお兄ちゃんが宙を見つめながら声を上げるです。
なんでか、その斜め後ろでエステラさんが笑いをこらえているのが気になるですが……
「川漁ギルドのギルド長がな、川の補修工事に人員が欲しいって言っててな」
「人員、ですか?」
「誰でもいいって言ってたから、『じゃあロレッタんとこの弟妹はどうだ?』って言ったら『あぁ、あのポップコーン売ってたヤツらか? あいつらは真面目に働いてたし、問題ないな!』って言ってたぞ」
えっ!? ……それって、つまり
「……川漁ギルドでも、お仕事手伝わせてもらえる、です、か?」
「おう。『是非に』だそうだ」
「ありがとうです、お兄ちゃん!」
思わず飛びついたです。
あたしたち姉弟は、嬉しいことがあると全身で喜びを表現するです。
大人な女性に成長したあたしは、みだりにそういうことをしなくなったですけど、今回だけは特別です!
だってだって!
農業ギルドに川漁ギルド、それにトルベック工務店に陽だまり亭ですよ!?
そんなすごいところで、弟や妹たちが働かせてもらえるです!
……これまで、どんなにお願いしても……、なかなか、いい結果にならなくて……あたしも、ちょっとどこかで、諦め……かけて…………ぐじゅぅっ!
「お、おい、こら、ロレッタ! 俺に引っつきながら泣くなよ!? 泣くなら離れろ! そういうのはジネットの役目だから!」
お兄ちゃんが慌ててるですけど、……もう、ちょっと、限界です。
「ぅぅう……ぅぅううううううっ!」
「こら、ロレッ…………あぁ、もう」
ぽんぽんって、お兄ちゃんの手があたしの頭を優しく叩くです。
ぽんぽん、ぽんぽんって。
……えへへ。
なんだか、甘やかされてるみたいで、嬉しいです。
「お兄ちゃん……」
「……んだよ?」
「えへへ、呼んでみただけです」
「…………なんだ、そりゃ」
うへぇ~……って、嫌そうな声を出すお兄ちゃんですけど、ずっとあたしのことぽんぽんってしてくれてるです。
えへへ。お兄ちゃん、独り占めです。
「あ、妹~」
「ふぉぉおうっと!? 妹には見せられないです、長女が甘えている姿など!」
ずばびょんっと飛び退き、入り口へ視線を向けるです。……が、妹などどこにもいないです。
「――が、落としたハンカチをジネットが拾って持ってるから、今日持って帰ってやるといいぞ」
「なんですか、その紛らわしい言い方は!? 今、必要じゃなかったですよね、その話!?」
もうもうもう!
絶対わざとです! もうちょっとくらい甘えさせてくれてもよかったですのに!
……ただ、まぁ、一度離れてしまうと、あとから一気に恥ずかしさが込み上げてきて……ぅぅぁぁぁああああ、あたし、なんてことしてたですか!? みなさんの目の前で!?
ちょっと泣いたからって許される限度を超えてるですよ!?
むっはぁぁあ、恥ずかしいです!
「……ロレッタ」
頭を抱えて身悶えるあたしの前に、マグダっちょがとことこやって来て、そっと手を差し伸べてくれたです。
ちゃんと立って前を向けって、言ってくれてるですかね?
「……ヤシロ、10分、300Rb」
「有料だったですか!?」
「おいマグダ、俺はもう少し高いぞ。せめて1000Rbは取ってくれ」
「ぼったくり価格じゃないですか、それ!?」
「……マグダの取り分が40%として……」
「結構ガッツリもってくですねマグダっちょ!?」
「その商売、領主の許可証は発行されてるのかい?」
「乗ってきちゃったですよ、エステラさんまで!?」
あたしたちがわいわい騒いでいる様子をずっと楽しそうに笑って見守っていた店長さんが、ぽんっと手を打ったです。
「明日から、みなさん忙しくなりますね」
「そうです! あたし、このことを弟妹たちに教えてきてあげてもいいですか? 早く知らせて、喜ばせてあげたいのが半分と、あの子たち、早めに言っておかないと限界まで遊び尽くして翌朝体力ゼロの時があるので心配なのが半分です!」
「それは、早めに知らせてあげた方がいいかもしれないね……」
エステラさんの頬が引き攣るです。
エステラさんは美人さんなのに、ちょいちょい変な顔をするちょっと残念な人です。もったいないです、素材はいいですのに。
領主のお嬢様くらいおしとやかになれば、絶対モテるですのに。
「あ~、そうそう。余計なことは言わなくていいからな」
一度帰宅する許可を得て、あたしが店を出ようとしたところ、お兄ちゃんが釘を刺すように言ってきたです。
余計なこと?
「余計なことってなんです?」
「……察しろ」
察しろとは、また難しいことを!?
何を言うなと言われているのか分からず頭を悩ませていると、エステラさんが、それはもう嬉しそうな顔で割り込んできたです。
「分からないなら、重要なことだけを伝えればいいんじゃないかな? 弟妹たちの仕事が見つかったってことと――そのためにヤシロが方々練り歩いてあれこれ手を尽くしてくれたってことだけをね」
「それが余計なことだっつってんだよ!」
お兄ちゃんが頑張ってくれたことが、余計なこと、ですか?
「いやいや、言うですよ! そこがメインのお話ですし」
「いいんだよ、過程は。世の中な、結果がすべてなんだぞ」
「ダメです! あたしたちを救ってくれたのは誰か、どれだけのことをしてもらったか、それはウチの弟妹一人一人がしっかり把握しておかなければいけないことなんです!」
「だったら、モーマットやウーマロに感謝しとけ。仕事をくれたのはそいつらだから」
「そうなるように仕向けたのはヤシロだけどね」
「うるさいよ、お前は!」
なんだか仲良く睨み合っているお兄ちゃんとエステラさん。
けどあたし分かってるですよ。
お兄ちゃんがあたしたちのために頑張ってくれていること。
分かっているですし、絶対忘れないです。
「とにかく、ロレッタ。エステラの言うことは無視していいから、さっさと知らせに行ってこい」
エステラさんの口を塞ぎ、お兄ちゃんが手をパタパタ振ってあたしに早く行けと合図するです。
なんだか楽しそうで羨ましいですけど、ウチの弟妹たちに早く教えてあげたいですから、ここはぐっと我慢です。
「それじゃ、行ってくるです」
すぐに行って、すぐに帰ってくるです。
あたしにも、陽だまり亭でのお仕事があるですからね。
意気込むあたしを、店長さんとマグダっちょが見送ってくれたです。
わざわざドアの外まで。
店内で賑やかに騒ぐお兄ちゃんとエステラさんを残してドアが閉まると、店長さんはくすっと笑って、そっと耳打ちしてくれたです。
「ヤシロさんが言っていましたよ。ロレッタさんや弟さん、妹さんに優しくするのは『気に入ったからだ』って」
「……え?」
「……『会話記録』」
マグダっちょが見せてくれた『会話記録』には、店長さんが言った通りの言葉が載っていて……泣いたです。
泣くですよ、こんなの。
店長さんとマグダっちょがあたしを抱きしめてくれて、お兄ちゃんと同じようにぽんぽん叩いてくれるです。優しくて、あったかいです。
「よかったですね。お仕事が見つかって」
「……みんな、元気になる」
「…………はい。よかった、です」
必死になって仕事を探してくれたお兄ちゃんには、もちろん感謝ですけど……
こうして、一緒になって喜んでくれる人たちがいることが、あたしにはすごく贅沢で幸せなことのように思えたです。
この人たちは、あたしの『大切な人』たちです。
何があっても大切にすると、あたしはこの瞬間、改めて心に誓ったです。
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