異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

177話 協力体制 -3-

公開日時: 2021年3月16日(火) 20:01
文字数:3,443

「……エステラのおねだりは、なっていない」

 

 突如、俺たちの背後にマグダが出現した。

 ……なぜ厨房にいたはずのこいつが背後から現れるんだ……相変わらず気配のないヤツめ。

 

「……エステラのおねだりは、マグダレベルのおねだりには程遠い」

「マグダレベルのおねだりって…………出来るの?」

 

 まぁ、マグダは基本無表情だからな。

 おねだりって言葉はピンと来ないのだろう。……俺もこねぇもん。

 

「……実は、エステラのコーンスープをよそうついでに、もう一杯余分によそってしまった」

 

 マグダが指を鳴らすと、お盆を持ったロレッタが厨房から出てきた。お盆には皿が二つ載っている。

 そして、ロレッタはわざとらしく困った顔をしている。

 

「あぁ、余分によそってしまったです……このままではスープが一人前無駄になってしまうです。経営を圧迫して、陽だまり亭の大ピンチですっ!」

 

 ……なに、この猿芝居?

 

「……こんな時、マグダレベルのおねだりを使用すると……」

 

 と、マグダはゆっくりと体の向きを変え、俺たちに背を向ける。

 そして、がくりとうな垂れた。

 

「…………しゅん………………………………………………ちらっ」

「オイラがいただくッスー!」

「……このように」

「ウーマロにしか通用しないじゃないか、そのおねだり!」

「……アッスントにも効果があった」

 

 エステラが、事の真偽を確かめようとこちらへ視線を向ける。

 ……あれはおねだりが功を奏したわけではないが…………まぁ、頷いておくか。

 

「ほ、本当、なのかい……?」

「……マグダは……小悪魔だから」

 

 オレンジの髪をさらりと掻き上げ、虚ろな半眼で流し目らしきものをしてみせる、マグダ。

 

「……あはーん」

 

 凄まじい棒読みだ。

 しかし、俺のすぐそばで末期患者のキツネが胸を射抜かれて床へと沈んだ。……もちろん、そのキツネはウーマロの方だ。

 

「…………おかしい。今のはヤシロを狙ったのに」

「あぁ、悪い。俺の場合、胸を寄せて谷間で照準取らないと当たらない仕様なんだ」

「…………むむ、手強い」

 

 谷間が出来るようになってから出直すんだな。

 ……で、そっちの赤い髪の谷間ナッシングガールは何を真剣に悩んでいるんだ?

 

「…………よし! イメルダ!」

 

 何かを決意した様子で、エステラがイメルダに向かって体をくねらせてみせる。

 

「あはーん」

「マグダさん並みの棒読みですわね。それはさておき、殺意を覚えますわ」

「やっぱり谷間かっ!?」

「違いますわよ、エステラさん。それはヤシロさんの攻略法ですわ」

 

 うん。

 とりあえず、エステラがテンパってるのはよく分かった。

 お金は厳しいけど、イメルダの提案した超一流の木材が欲しくて仕方ないんだな。

 

 ……ここ一番って時に頭が回らなくなるんだから、こいつは。

 

「なんの話です?」

「あ、実はですね……」

 

 ロレッタは、エステラとウーマロの前にコーンポタージュスープを置き……本当にウーマロに食わせるんだな。まぁ、いいけど、ウーマロだし……お盆を抱きしめるように持って、ジネットの隣へと移動する。

 ジネットはそんなロレッタにドーナツを差し出し、これまでのあらましを説明してやっていた。

 

「それじゃあ、足りない分はみんなでちょっとずつ出し合えばいいです」

 

 素晴らしいことを思いついたという顔で、ロレッタが言う。

 迷いのない声だ。

 

 しかし……カンパ、か。

 

「お断りだ!」

「まぁ、ヤシロならそう言うだろうと思ったけどね」

 

 コーンポタージュスープを啜りながら、エステラが憎たらしい笑みを浮かべる。

 なんだよその顔? 最初から期待してませんでしたよ~、みたいな顔しやがって。

 

「けれど、マーゥルさんとのやりとりに使う物だから、あまり大勢の人に関わってもらうのは好ましくないんだよ」

 

 金を出したんだから俺にも使わせろ!

 ――みたいなヤツが出て来ても困るからな。行き先は、マーゥルの館一ヶ所のみなのだから。

 

 金は、関係者のみで捻出することが好ましい。

 

「それに、材料費ばかりにお金をかけるわけにもいかないからね。ウーマロとノーマにも、結構高度な技術を求めることになる以上、相応の報酬はしないと」

 

 そう。

 材料費の他にも施工費がかかるのだ。

 

「ウーマロは、マグダの『ふぅ~ふぅ~』四回分で支払うとして……」

「それはすごく魅力的ッスけどっ!? ウチの大工も何人か使わないといけないッスから、ちゃんとお金でほしいッス!」

「……『あ~ん』もつける」

「あぁっ!? 心が揺れ動くッス! オイラの中の天使と悪魔がぁ……っ!」

 

 たぶんだけど、ウーマロの中にいるのは『天使と悪魔』じゃなくて、『大工と変質者』なんじゃないかな?

 

「んじゃあ、やっぱ材料費は抑え目だな」

「う……うん…………」

「二つくらいランクを下げても、耐久性は保たれると思いますわよ」

「ふ、二つも下げるの!?」

「それでも、一流の木材ですわ! ご心配なく!」

「ちょっと待って! ……今計算するから」

 

 エステラがこめかみを押さえてテーブルをジッと見つめる。

 記憶の中の各種書類を引っ張り出して、暗算でもしているのだろう。

 こいつは何気に計算がすげぇ得意だったりする。暗算の速さではたぶん勝てない。

 そして、記憶力もかなりいいのだ。

 

 どうにかやりくりして、超一流の木材を使えないかを考えているらしい。

 

 まぁ、どうしようにもなくなった時は、俺がなんとかしてやっても…………なんてことを考えていると、思いがけない救世主が現れた。

 

「そのお金、僕たちにも出させていただけませんか!?」

 

 陽だまり亭のドアを開けて入ってきたのは、セロンとウェンディだった。

 

「セロン……それにウェンディも」

「領主様。どうか、僕たちにも協力させてください」

 

 食堂に入るなり、脇目も振らずエステラに接近し、訴えかけるセロン。

 突然現れて、そして事情を完璧に把握しているようなこの素振り……

 

「マーゥルから、何か連絡があったのか?」

「はい、先ほど。英雄様と領主様が大きな塔を建設しようとしているという内容の手紙をいただいたのです」

 

 マーゥルめ。どうしてもこいつを完成させたくて、保険をかけやがったな。

 セロンたちは、光るレンガの大ヒットでかなりの収入を得ている。

 こいつらが協賛してくれるなら非常に助かる。

 

「塔ではないんだが、協力してくれると助かるよ」

「聞いた、セロン? 英雄様が許可をくださったわ!」

「あぁ、ウェンディ! 英雄様の寛容さにはいつも心をぐもぅっ!」

 

 ぺらぺらと鳥肌ものの賛辞を述べるセロンの口にドーナツを二つ、無理やりねじ込んでやった。……お前は、俺をネフェリーにする気か? すげぇ鳥肌立ったわ。

 

「分かった、言い方を変える。テメェらは関係者に近しいんだ、儲けてる分の金をさっさと寄越せ」

「「はいっ! 喜んで!」」

 

 ……なんで喜んじゃうんだろう、この二人…………こいつら、新種のウィルスにやられちゃってんじゃねぇだろうな?

 …………つか、セロン。もうドーナツのみ込んだの? すげぇなお前。口の中ぱっさぱっさにならねぇの?

 

「いいのかな……」

「いいんじゃないか、本人たちが納得してんだし」

 

 不安げなエステラを安心させておく。

 どの道、これはマーゥルの仕掛けたことだ。俺らはまんまとそれに乗せられておけばいいんだよ。

 

「たぶんだが、セロンもマーゥルのために何かしたいんだろう。自分を認め、今も尚期待を寄せてくれる他区の貴族にな」

「……うん。そうかもね」

「そして、今回の一連のごたごたが自分たちの結婚式をきっかけに動き出してしまったことも気にしているんだろうな」

 

 あれは難癖であり、セロンたちは槍玉に挙げられただけだ。

 だが、事実以上に、本人たちの心の問題として、こいつらはずっとモヤモヤしたものを抱えていたのだろう。理屈じゃなくて、感情の面で。

 

「これが免罪符になるなら出させてやりゃあいいし、何かしらの利益を生むようなら還元してやればいい」

「そうだね。それじゃあ、協力を頼むとするよ」

 

 これで、四十二区、レンガ工房、マーゥルの共同出資が決まり、『とどけ~る1号』の制作はスタートを切ることが出来た。

 うまくすれば、この『とどけ~る1号』を使い、マーゥル経由でソラマメを手に入れることも出来るだろう。

 

 しかし、完成まで少しかかる予定なので、その前に二十七区へと出向くつもりだ。

 足並みを揃えている――ように見える――『BU』を突き崩してやらなきゃいけないからな。

 

「それじゃあ、みんな。よろしく頼むね!」

「任せてほしいッス!」

「いい物を作ってみせるさね」

「ご期待以上の物を用意してみせますわ」

 

 意気込みを見せる面々を眺めつつ、俺はドーナツを口へと放り込んだ。

 

 

 

 

 

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