で、たどり着いた金物ギルドで言われた一言が、これだ。
「いやぁ~ん、ドラマチックゥ~☆ ヤシロちゃん、ガンバっ!」
何がドラマチックで、何をガンバなのかは分からんが、オッサンどもが迎えに来るつもりがないことだけははっきりと理解できた。
キュウリのスライスでも顔に乗っけてさっさと寝やがれ、オッサン乙女ども。
「――というわけで、迎えはこない」
「そうですか。でもよかったです」
俺の向かいの席で、ホットミルクの入ったカップを両手で包み込むジネット。
まどろんでいるのか、表情がいつもよりまろやかな気がする。
舐めるとはちみつの味でもしそうだ。
「よかった?」
「ノーマさん。すごく気持ちよさそうに眠ってらしたので、起こしたり、体を動かしたりするのが可哀想だなと、思っていたもので」
「お前は、年上年下関係なく甘やかすよな」
「そんなことは……。それを言うならヤシロさんだって」
「俺は老若男女差別なく厳しくしてるぞ」
「うふふ……ヤシロさんは、今後わたしを怒らせない方がいいですね。『精霊の審判』をかけちゃいますよ」
誰に教わったか一目瞭然だな。言い回しがあのぺったん娘にそっくりだ。
「そういうことを言ってると、乳がしぼむぞ」
「もう。酷いですよ、ヤシロさん」
今の言い方は、明らかに「エステラさんに」という言葉が頭に付く発言だったな。言い方で分かる。
「ホットミルクも、久しぶりに飲むと美味いもんだな」
「なら、作ってよかったです」
両手で包み込んだカップに口をつける。そのままこくりこくりと静かにホットミルクを流し込むジネット。
飲み方が子供だな。
「ここ最近、ヤシロさんに美味しいものを教わってばかりでしたので、面目躍如です」
「何言ってんだよ。お前の飯はいつも毎日美味いじゃねぇか」
「ふぇ……あ、ありがとうございます」
なんだ?
俺はいつも美味いって言っているつもりだったのだが、なぜ今さら照れる?
「なんだか最近、みなさんがヤシロさんのお役に立とうと頑張ってらして……わたしは、自分に何が出来るんだろうなって、考えていたもので……」
そんなことを考えていたのか……
「あのな、ジネット。お前はただでさえ社畜なんだから、今以上頑張らなくていいんだよ」
「しゃ、社畜では……ない、つもりなんですが」
社畜も、いつの間にか通じるようになってたか。頑張り過ぎだろ『強制翻訳魔法』。
「明日からいろいろ試してもらうし、本番もお前には盛大に腕を振るってもらうつもりだ」
もしジネットが、祭りの前の空気に充てられて不安になっているのであれば、今ここで、はっきりと言っておいてやる。
「今回の『宴』は、八割近くがお前の料理にかかっていると言っても過言ではない」
「は、八割……も、ですか?」
「…………六割くらいかも」
「くすっ。よかったです。少しだけ、気が楽になりました」
くすくすと肩を揺するジネット。
しかし、ジネットの料理に結果が左右されかねないというのは本当だ。
美味い飯は、それだけで『宴』を盛り上げてくれる。
味もさることながら、見た目も重要だ。
盛り上がれば、それだけ商談は成立させやすくなる。
一緒に盛り上がれば、そこには一体感や連帯感といったものが生まれる。
そして、その浮かれきった空気の後押しを存分に受けて、強引に物事を『俺が望む形』へと動かしてやるのだ。
だから、ジネットにはとびっきり美味い料理を作ってもらわなければいけない。
「変に気負う必要はない。いつも通り、お前の好きなように料理を作ってくれればいい」
「それで、ヤシロさんにお力添えが出来るのであれば、わたしにとって、こんなに幸せなことはありません」
いや、他にもあるだろう、幸せなことくらい。
ったく。どこまでも料理好きなんだから。……もう病気だな。一種の。
「それにまぁ、特別じゃなくてもいいんだ」
特別な日に、特別な料理を作ってもらわなくても、別にいい。
そういうんじゃないんだ、もはや。
「ジネットの料理を食うと、なんか、頑張れるから――というか、『これが終わったらジネットの飯が待ってんだなぁ』って思うと、頑張れたりするから、俺は」
そう。
今目の前にある、ホットミルクのように。
楽しみがあれば頑張れる。俺は意外と、そんな単純なヤツだったりするのだ。
「だから、まぁ……そんなに気負うな」
言い終わった後、妙に長い沈黙の時間が流れる。
…………また、何を口走ったんだ俺は?
眠いのか?
眠いんだろ? そうだろ!?
あれだな、これは、その、寝言の一種だな。
俺の意識の外から言葉が勝手に飛び出していったんだ。
「あのな、ジネット。今のは……」
「はい」
「今のはなしで」と言おうとしたのだが、その前に、ジネットが返事をした。「はい」と。明るい声で。
「これからも、美味しい料理を作って待っています。だから――」
そして、最近覚えたらしい、甘えるような声音でこんな言葉を発する。
「これからもずっと、わたしの料理を食べてくださいね」
そのセリフをベルティーナに言ってやれば、感涙の後に二時間くらい抱擁の嵐に見舞われるだろう。
だが俺は、あんな食いしん坊シスターとは違う。
「タダ飯が確約された、うは~い」くらいの感想は持っても、抱擁して感激してやるほどの衝動は襲ってこない。
冷静だ。
いたって冷静だ。
なので冷静に、クールに、さり気ない返事を返しておく。
「……まぁ。ほどほどにな」
……くそ。
ホットミルクすげぇな。
今頃になって全身ポッカポカだぜ。顔が熱くて……今すぐベッドに飛び込みたい気分だよ。……くそ。
明日の寄付に支障が出るといけないので、その後俺たちはすぐに寝室へ向かった。
当然、それぞれの寝室へ、別々にだ! ……わざわざ言う必要もないことだけどな。
ベッドに入り、まぶたを閉じたところで、「あぁ、そういやノーマがいるんだっけ」ということを思い出しつつ、俺は眠りについた。
翌朝。
「ぬはぁぁあ!? ここはどこさね!?」
ある種、想像通りの声で目が覚めた。
ノーマの説得は、俺ではなくジネットに任せておこう。
朝一で顔を合わせると、なんとなく、変な方向へ話が進みそうだったから。
そんなことを思いながら、一足先に食堂へ向かった俺は――
「聞いたで自分! なんや、アレやてな! キツネの美人はんに『体がポカポカ熱~ぅなる飲み物』飲ませて、眠らせて、ほんで寝室に運び込んでひとつ屋根の下で朝まで過ごしたんやてな!? も~、隅に置けんなぁ、自分!」
――朝一でウザい目に遭わされていた。
誰だ、こいつに話したの?
またうまいこと事実だけを並べ立てて真実を捻じ曲げてやがるな。
「「「「ノーマちゃん、おめでとう!」」」」
朝っぱらから濃ゆい薬剤師だけでも胃もたれを起こしそうなのに、開店前の店に筋肉ムキムキでアゴヒゲ青々のオッサンたちが群れでやって来やがった。朝だからヒゲが濃い!
「何もなかったに決まってんだろうが……」
「やぁねぇ、ヤシロちゃん! ノーマちゃんにとっては、『男の子と同じ空間でお泊まり』っていうだけで大躍進なのよ!」
……どんだけ男っ気なかったんだよ、ノーマ。
「ふあぁぁあ! ヤシロ! ヤシロ! 違うんさよ! 聞いておくれな! アタシは別に普段からこんな軽率なことは……ってぇ!? なんであんたらここにいるんさね!?」
ジネットから説明を受けて、飛び降りてきたのであろうノーマ。俺に言い訳をしようとして、ドア付近にひしめいている筋肉とアゴヒゲを見つけたらしい。
……最悪の寝覚めだろうな。
「アタシたち――」
「「「――お祝いに来たの!」」」
「帰るさよ! 今すぐ帰っておくれな!」
どうやら、あのオッサンどもに事情を話したのは逆効果だったらしい。
……行かなきゃよかった。
「それじゃあ、ノーマちゃん。アタシたち、工房で待ってるからね☆」
「いろいろお話聞かせてね☆」
「一緒に、ベアリング作りましょうね☆」
「……きゃっ☆」
最後のオッサンは何に照れたんだろうな。
羞恥心というものが備わっているのであれば、まず己の存在を恥じるべきだと思うのだが。
「……ア、アタシ、今日はもう、工房に行けないさね……」
店の隅でヒザを抱えるノーマ。
まぁ、あれなんじゃねぇの?
精霊神あたりが言ってんだと思うぞ。「いい加減休め」ってな。
そう思って、今日一日はゆっくり過ごせよ。
そんなわけで、急遽ノーマが一日店員として陽だまり亭で働くこととなった。にやにやしっぱなしだったレジーナにも仕事を振ってやろうとしたのだが、逃げられた。
分かりやすくズドーンと落ち込むノーマに、なんて声をかけていいのか、俺には分からず、ジネットもまた、かける言葉を持っていなかったようだった。
「……こういう時は、放置」
マグダ大先生のありがたいお言葉を賜り、本日の陽だまり亭の方針が決まる。
ノーマが復活するまで、適度に放置。でも寂しがるからたまに構うことも忘れずに。
……ウチはリハビリ施設じゃねぇっつうの。
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