「もう外も明るいんだし、イメルダたちとしゃべってれば怖さも薄れるだろう。離れろ」
「やだ!」
俺がわざわざ策を弄する必要もないと思ったのだが、バルバラは頑固だった。
「お願いだよ、英雄……ぐすん…………アーシを守ってくれるの、英雄だけ、だもん……英雄にしか、頼れない……もん…………」
きゅっと、俺の服を必死に握りしめるバルバラ。
……お前は、どこでそんな女子っぽい仕草と表情を覚えてきたんだ? ネフェリーか? ネフェリーと仲良くなったからそういう仕草を身に付け始めたのか?
「英雄……助けて……アーシぃ……怖いの、ヤなんだよぉ…………お願い、だから…………」
「あぁもう! 分かったから離れろ!」
いくら怖がっていようと、か弱そうに泣いていようと、若い女が朝っぱらから男にベタベタひっつくもんじゃない。
そもそも、お前はパーシーに惚れてんだろうが。
他の男に抱きついたりすんじゃねぇよ。
ほら!
エステラがなんか生温い目で見てるし!
ジネットも困ったような、何か言いたそうな顔になってるし!
「バルバラ。怖いのは分かったが、好きでもない男にべたべたするな。妙な噂が立つぞ」
「いいもん! アーシ、英雄のこと好きだし!」
…………は?
いや、お前、俺のこと振ったよね?
こっちは一切好意を見せていないにもかかわらず、すっげぇ身勝手に振ったよね?
「ちょっと運命の波に翻弄されて、二人の赤い糸は結ばれなかったけど、アーシと英雄は結婚の一歩手前まで行った仲だもん!」
「行ってねぇわ!」
お前がもし本気で一歩手前だと思い込んでいるのだとするならば、それはきっとスタートからよく見える位置にたまたまゴールがあっただけで、そこへたどり着くためにはぐるぅ~~~~~~~~っと遠回りを迂回して回り道を紆余曲折した果てのそのまた先を越えなきゃいけなかったんだよ。
つかお前、やっぱりネフェリーと結構遊んでるだろ?
なんだよ、「運命の波に翻弄されて」って。
覚えたてで使ってみたくて仕方なかったみたいな表現使いやがって。たぶんだけど、八割くらい意味分からずに使ってるだろ?
「もし、パーシーが『結婚は出来ないけど大切な人なんだ』って女と抱き合ってたら、お前どうするよ?」
「死ぬ…………か、殺す?」
おっかねぇ!
なにこいつ!?
初恋でもうヤンデレ化!?
もうちょっと爽やかで甘酸っぱい期間を楽しめよ!
「う……なんだろ、胸がチクチクする…………」
「それがヤキモチってヤツだ。で、今のお前の状況を見て、パーシーが似たような気持ちになったら――とか、考えないのか?」
こいつに常識を教えるには、全部をバルバラに置き換えて話してやるしかない。
あぁ、面倒くさい。
「パーシーさんが……アーシと英雄の姿を見て、ヤキモチを………………でへへ」
嬉しいんかい!?
ヤキモチ焼かれたいのかよ!?
なに?
もう魔性の女の片鱗見せ始めてるの!?
恋の駆け引きなんて、お前には十年早ぇよ!
「でも、……そうか。あんまり英雄にべたべたしちゃ、ダメなのか……」
「そうですね。バルバラさんは若い女性ですから、少し控えた方がいいですね」
「自分の言動を顧みるクセを付けるといいよ、君は」
と、わずかに空いた俺とバルバラの隙間を、ジネットとエステラがさりげなく広げていってくれる。
俺はジネットにそっと触れられ体を後ろへ逃がし、思考の中で動きを止めたバルバラをエステラが自然に引き剥がしていく。
「ヤシロさんは、優しいですからね」
呟いた後で、ちらりと大きな瞳がこちらを向いた。
「つい、甘えてしまいたくなってしまう気持ちは……分かります」
バルバラに一定の理解を示すも、やはりべたべたするのは好ましくないと、その表情が物語っている。
さすが、最もシスターに近い飲食店店長。
アルヴィスタン的には、恋人関係にない男女がべたべたするのは好ましくないのに違いない。
……決してヤキモチなんかじゃないはずだ。
きっと違う、はず。
「けど……怖いし……うぅ…………!」
「あのな、バルバラ。オバケなんか創作だ。いやしない。いちいち怖がるな」
「ぅおお……お兄ちゃんが全力で自分を棚に上げてるです……」
「……では、今後は夜のトイレへの付き添いは必要ない?」
「おいおい、マグダ。……それとこれとは話が別だろうが」
オバケがいようがいまいが、闇は怖いんだっての。
「何かいそうだなぁ~」っていうのが一番怖いんだから。
「英雄も怖いんじゃないか! やっぱオバケは怖いんだ!」
「バルバラ、お前吸血鬼の話、ちゃんと聞いてなかったろ?」
「聞けないもん、あんな怖いの!」
「じゃあ、怖くないように話してやるからちゃんと聞け。『やぁ、ぼく吸血鬼のキュウたん』」
「ふぉお!? なんかちょっと可愛いです!? あたし、その話聞きたいです!」
「……マグダも相伴にあずかる」
バルバラをはじめ、観客がずらっと並ぶ中、俺はコミカルな演出を交えつつ、怖くない吸血鬼の話を聞かせてやった。
内容は同じだが、ちょいちょい吸血鬼にボケさせたりして、怖がりのガキでも笑って聞けるようなテイストにした。
で、一番肝心なラスト。
「そうして夜が明けて、太陽の光に当たった吸血鬼は塵となって消えてしまいました。めでたしめでたし」
「太陽の光で……消えるのか!?」
「おう。オバケなんてのは、たいてい太陽の光が苦手なんだ。だから、明るいうちは怖がる必要はない」
「じゃ、じゃあ、影のヤツは!?」
「アレは、夜遅くまで一人で遊んでいる悪い子のところにしか現れないんだよ」
「悪い、子……?」
俺の言うことがいまいち信じられないのか、バルバラがジネットへと視線を向ける。
と、ジネットは穏やかに微笑んで明確に頷いた。
「わたしが聞いた話でも、オバケさんは言うことを聞かない悪い子供のところに出没していました。人を助け、精霊神様へ毎日お祈りをしている正しい人がオバケに遭遇したというお話は、あまり聞きませんね」
「いい子にしないとオバケが来るぞ~」って脅しを、嘘を吐かずに表現したジネット。
アルヴィスタンって、やっぱなるべく嘘のない言葉を選ぶんだろうな。すげぇ自然に嘘が除外されていた。
悪い子のところに出ると『聞いた』という言い回しは嘘ではないし、『正しい人がオバケに遭遇したという話は聞かない』も嘘じゃない。そもそも、オバケに遭遇なんかしないからな。
「うん……ちょっと怖くなくなってきた」
「そりゃよかった。じゃ、帰れ」
「あのね、えーゆーしゃ!」
邪魔なので追い払おうとしたら、テレサが俺の袖を掴んできた。
「おねーしゃ、今日、おやしゅみ、なの」
「休み?」
「とーもろこがね、がさがさゆれるとね、おねーしゃ『ぎゃー』って言うからね、おとーしゃがね、おやしゅみでいいって」
「要するに、うるさいからどっか行けってことだな」
風が吹く度にギャーギャー騒がれていたら煩わしいもんな。俺でも追い出すわ。
「『えーゆーしゃなら、きっとおねーしゃを、すくってくしゃしゃう!』って」
「誰が『くしゃしゃう』んだよ……」
勝手なことを言いやがって。
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