「とどけ~る1号からの、お届けや~!」
陽だまり亭開店直後、ハム摩呂が店へと駆け込んでくる。
手にはA4サイズくらいの封筒が握られている。
『二つ折り厳禁』と書かれているにもかかわらず、ハム摩呂の小さな手に「しっかりと」握られた封筒。
……今度、手紙の扱いを教えてやらなければいけないかもしれない。
「ちょ~っと、ハム摩呂!? あんた、そこっ、くしゃってなってるですよ!?」
「はむまろ?」
「あんたです!」
「くしゃ?」
「くしゃってなってるです、そこ!」
「くしゃい?」
「臭くはないですよ!? 『あんたが持ったせいでそこが臭くなったです』とか、あたし、弟にそこまで酷いこと言わないです!」
「他人様の前では優しい姉やー!」
「あたし家でも優しいですよ!? ホントですよ!」
こちらに向かって猛アピールするロレッタ。開店直後からフルパワーだな、お前ら姉弟は。
あれで閉店まで体力が持つからすごいんだよな、ここの姉弟……ちょっと分けてほしいわ。
「とにかく早く寄越すです!」
「これは店長さん宛~! 部外者は引っ込んでろ~」
「それが姉に対する口のきき方ですか!?」
「うんー!」
「違うですよ!? どこで勘違いしちゃったです!? 誰に教わったですか!?」
「緑の髪の……」
「レジーナさぁーん! ウチの弟に余計なこと仕込まないででーす!」
窓の外に向かって全力で叫ぶロレッタ。
レジーナはレジーナで、仕込んだイタズラの結末を見に来ないからなぁ。仕込んだら、あとは想像で楽しめるヤツなのだ。……たちが悪い。
「あら、これは」
封筒を受け取り、差出人を見てジネットが表情を輝かせる。
待ち望んだ便りだったらしい。
……が、その前に。
「おばさん臭い表現だな」
「ふぇえ!? な、何がですか!?」
「『あら』って」
「えっ、い、言いませんか? なんと言うのが正解なんでしょう?」
「そうだなぁ、ジネットの場合は……」
「……『にゃあ』」
俺の言葉尻を、マグダが掻っ攫っていく。
また気配もなく背後に立ちやがって。
「え、っと……『にゃあ』は、おかしいのでは? ね、ねぇ、ヤシロさん? ヤシロさんもそう思いますよね?」
「いやぁ、そんなことないかもしれなくもないぞ」
「えっ、ど、どっちですか!?」
「……一度やってみるといい」
「そ、そう……ですね。物は試しと言いますし……」
こほんと咳払いをして、ジネットが仕切り直すように封筒の差出人を見る。
「にゃあ、これは! …………あの、やっぱりおかしくないですか?」
「うん、おかしいな」
「……違和感しかない」
「じゃあやらせないでください! もう……」
ぷくぷくと頬を膨らませて封筒を抱きしめる。……ズルいぞ封筒。場所代われ。
「おはようッス~。相変わらず賑やかッスね」
「よぅ、アレマロ」
「ウーマロッスよ!?」
「うーまろ?」
「オイラの名前ッス! それは自分の名前の時だけやるッスよ、ハム摩呂!」
「はむまよ?」
「ハム摩呂って言ったッスよ!?」
「あげぽよ?」
「どこの言葉ッスか!? 一度も口にしたことないッスよ、あげぽよ!?」
「『せいれいの~』……」
「やめるッスよ!? 嘘吐いてなくても怖いんッスから、それは! 人に向けてやっちゃダメッスよ!」
「それが人に物を頼む態度かー」
「それが棟梁に対する口のきき方ッスか!?」
「うんー!」
「ヤシロさんっ!」
「俺じゃねぇよ、レジーナだよ」
なんでノータイムで俺が犯人だと決めつけやがったんだ。失礼なヤツだ。
そんなヤツには――
「マグダ三十分間禁止」
「はぁああ!? オイラの憩いの朝食タイムが!? 謝るから許してほしいッス!」
「……休憩入ります」
「ぬはぁあああ!? マグダたん待ってッス! 行かないでッス!」
「……けど、休憩に入るマグダも?」
「マジ天使ッス!」
「お前ら、もうそれ完全にネタ扱いじゃねぇか」
天使も安くなったものだな。
「それより、何かあったんッスか?」
「あ、そうです! みなさん、お待ちどう様でした!」
届いた封筒を両手で天高く掲げる。全員の視線が封筒へ集まる中、俺は無防備になった揺れる胸元を……
「……ヤシロ、集中して」
「場の空気を乱すのはよくないです、お兄ちゃん!」
「店長さんは気付いてないようッスから、オイラが代わりに――懺悔するッス」
なぜ寄ってたかって……そして、ウーマロに言われてもちっとも嬉しくない。
しょうがないので、封筒の方へ集中する。
「差出人は誰なんだ?」
「モコカさんです」
ということは、中身は――
「アブラムシか」
「イラストだと思いますよ!?」
いやぁ、モコカだからな。
駆除したアブラムシを「こんなに始末してやったぜです!」とかいって送ってきても不思議ではない。……送ってきたらぶっ飛ばすけども。…………師匠の方を。
「では、開けますね」
虫耐性MAXで、一切虫を怖がらないジネットは平然と封筒を開ける。ちょっとやだなぁ~とかもないらしい。
そして中から出てきたのは、ジネットの予想通りイラストだった。
いくつもの色を重ねて作った版画のようだ。
そうか、情報紙は版画で作ってるんだっけな。なら……イラストの一部がくしゃってなってても問題ないだろう。……よかった、生原画とかじゃなくて。賠償もんだぞ、原画なら。
「わぁ! 可愛いですね!」
ジネットがキラキラした目でイラストを見つめ、マグダとロレッタがそれを覗き込む。
「なはぁぁあ!? なんですか、これは!?」
そして、ロレッタが絶叫を上げたわけだが……それも致し方ない。
イラストに描かれていたのは間違いなくマグダだった。
「なぜ店員が三人いてマグダがモデルになっているのか」……という驚きではないのだ、ロレッタが声を上げたのは。
ロレッタが驚いたのは――
「マグダっちょが、超巨乳です!?」
――そこに描かれていたマグダのイラストが、けしからんほどの巨乳、いや、爆乳だったのだ。
小さな身長と不釣り合いなほど突き出したたわわなバスト!
なんだか、心霊写真を見ているような、しっくりこない不穏な気持ちになる。
「マグダ……モコカに何をした?」
「……ちょっとしたアドバイスを」
「その内容を聞かせてほしいものだな」
「……まず、美味しいキャラメルポップコーンを進呈した」
「賄賂です! 裏取引が行われていたです!?」
マグダの必殺技は効果抜群だな。
モコカタイプの人間なら爆釣りできるんだろう。……安いな、モコカ。
「……もちろん、ポップコーンの代金は自腹」
そういうところはきっちり線引きできているので、叱るに叱れない。
マグダ、抜かりないな。
「……そして、陽だまり亭には素晴らしい店員が三人いることを強調しておいた」
「マグダっちょ、あたしたちのことも言ってくれたですか?」
「……当然。陽だまり亭のウェイトレスは三人そろってこそ。誰ひとり欠かせない」
「マグダっちょー! 賄賂とか言ってごめんです! マグダっちょのそういう優しいところが評価されて起用されたです! そうに違いないです!」
「……でも、一人しか描けないというのであれば、一番可愛いマグダが最適と、ハニーポップコーンを添えて説得した」
「賄賂です!? ダメ押しの賄賂がたった今判明したです!」
「……美味しいは、正義」
それでマグダがモデルになった――ってのは、まぁ分かるとしてだ。
「なんでこんなことになってるんだ?」
マグダを描くなら、とある層に大人気の未発達ボディをきっちり描くべきだろう。
なぜこんな違和感しかないロリ巨乳に……
「……マグダは、独りぼっちは、イヤ……」
その小さな囁きに、店内が水を打ったように静かになった。
「……だから、それはマグダがモデルなのではなく、陽だまり亭ウェイトレス三人のいいところを掛け合わせた架空の店員」
「掛け合わせたって……具体的にどこを掛け合わせたんだよ?」
「……まず、マグダの可愛さ」
うん。
それが八割くらい占めてるから、ほとんどマグダにしか見えないよな。
「……そして、店長のおっぱい」
「ほにょ!?」
なるほど……こいつはジネットのおっぱいだったのか。
「……もとい、爆乳」
「な、なんで言い直したんですか!? もう!」
確かに、ジネットの爆乳はいいものだ。
ピックアップされてしかるべきだろう。
「……そして、ロレッタの制服」
「あたしの要素薄過ぎるです!?」
「……けど、ロレッタの制服は、可愛い」
「みんな可愛いですよ、制服は!」
さすがロレッタだ。
特にここ! ――というところが見つからなかったのだろう。総じて普通だから。
「……その結果、このようなイラストに」
「店長さんのおっぱいを手に入れたマグダっちょです、これ」
「……数年後のマグダの姿、とも言える」
「普通の人はここまで育たないですよ!?」
「あの、ロレッタさん……わたし、普通の人ですよ?」
人間の規格を大きく逸脱した奇跡のおっぱい。
それがお前だ、ジネット。
「ジネット、お前がナンバーワ……」
「懺悔してください!」
すげぇ食い気味に言われた。
なんなら「ジネット」って言い終わる前に息を吸い始めてやがった。
ジネットは予知能力でも手に入れたのか?
「で、イラストのマグダを見て感涙しているそこの大工」
ウーマロが、目頭を押さえて床に蹲っていた。
爆乳マグダがそんなに嬉しいのか、こいつは?
「……マグダたんは、イラストでも可愛いッスけど…………これは、なんか違うッス……」
あぁ、そうか。
ウーマロは未発達信仰の人なんだな。……末期め。
「でも、もしマグダが将来これくらい育ったら?」
「もちろん天使ッス!」
結局、なんでもいいんだよな、お前は。マグダなら。
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