「そ、それで、あの……ご結婚、なされるんですか?」
「え……。はい。そのつもりです」
ジネットの質問に、セロンはゆっくりと、だが明確に首肯する。
「……ヤシロさんと?」
「んなわけないよな!? 分かるよな!?」
「ですよね!? ないですよね!? ……よかった」
なに?
分かっていても、明確に否定してもらわないと万が一の可能性に不安にでもなるのか?
万が一にも可能性なんかねぇよ!
「と、いうことは……ウェンディさんと、ですか?」
「はい。僕には、ウェンディしかいませんから」
「そうですか。おめでとうございます」
と、言いながら、ジネットは俺の隣に腰を下ろす。
……聞く気なんだな?
こういう話、大好きだもんな。
「ですが、表情が優れませんね? 何か問題でもあったんですか?」
芸能レポーターのように核心に迫ろうとするジネット。
セロンも、そういう対応の方が話しやすいのか、「実は……」と、躊躇いがちにその理由を口にする。
「ウェンディを……世界一幸せにしてあげたいんです」
「お引き取り願おうかっ!」
「ヤシロさん、落ち着いてください!? いい話じゃないですか!?」
「これ以上甘ったるい惚気を聞かされると、俺メタボになっちゃうよ!? カロリー過多で成人病まっしぐらだよ!」
「英雄様! どうか、僕の話を聞いてください! 真剣に悩んでいるのです!」
「悩むことなんか何もないだろうが。『結婚してぽ』『嬉しいぽ』『じゃあ、いいぽ?』『もち、いいぽ!』って感じでよぉ」
「……そんな口調はしたことがないのですが……」
「そしてめでたしめでたし、だろうが」
「それが……」
セロンの表情が曇る。
その顔に表れているのは、焦燥感に似た不安な表情だった。
「どうか、話を聞いていただけませんか? お願いします!」
テーブルに手をつき、身を乗り出しつつ真剣に訴えかけてくるセロン。
……ったく、しょうがねぇな。
「そもそも、お前とウェンディの結婚は秒読み段階のとこまで来てたんじゃなかったのかよ?」
先日完成したばかりの四十二区の街門。その街門から陽だまり亭の前を通って東西に横たわる街道を作らせるために実施した祭りで、セロンとウェンディは暗い道を灯す光るレンガを考案した。
その光るレンガが大ヒットし、潰れかけ寸前だったセロンの家のレンガ工房は再起し、ウェンディの夢も叶えられ、そして二人は近く結婚が決まった――と聞いていたはずなのだが。
「まさか、またお前んとこの親父が何か言ってきてんのか?」
レンガ工房を立て直すために、息子を貴族にやろうとしていた父親だからな。あり得なくはない話だ。
「いえ。父は……その…………お恥ずかしい限りなのですが……光るレンガが大ヒットして以降、ウェンディを絶対逃がすなと……ウェンディ以外の嫁は認めないというスタンスでして……」
「現金なヤツだな……」
「お恥ずかしい限りです……まぁ、僕としては、ウェンディを認めてもらえて喜ばしいのですが、いささか暴走が過ぎまして……どうやら、僕たちが結婚間近だという話をあちらこちらで吹聴して回っていたようです」
あの親父……
「ってことは何か? お前らの間ではまだ結婚の約束は何もしてないってことなのか?」
「はい。はっきりとしたことはまだ何も」
と、いうことは……
「ウェンディが結婚に前向きじゃないって話か?」
「いえ。僕との結婚を、きっとウェンディも望んでくれていると思いますので、その点は何も心配していません」
「じゃあ、俺に何を考えてほしいんだよ? 考えるまでもなく、そのうち結婚ってことになりそうじゃねぇか」
「はい、遠くない未来に、僕とウェンディは結婚することになると思います」
……イラ。
「なんというか、二人でいる時も、特に言葉にしなくともお互いに結婚を意識していると感じるのです」
……イライラ。
「二人なら、きっと幸せな家庭を築けると、僕は確信していますし……きっと、ウェンディも……」
……イライライラ。
「もう、ウェンディ無しの世界なんて考えられない……本心からそう思っています」
……イライライライラ。
「ですが……本当に、これでいいのかと……」
「いいんじゃねぇの、別に!?」
なにこいつ!?
なんなの!?
ずっと我慢して話聞いてれば、どっこにも問題ないじゃん!? 自慢したいだけじゃん!
それとも何か? マリッジブルーってやつか?
知るかボケェ!
「みんないい娘過ぎて、誰を選べばいいのか分からなぁい!?」とかいうふざけた悩みくらい知ったこっちゃねぇわ!
「お好きなようにすればいいんじゃないですかぁ!? かぁぁぁあああ…………っぺっ!」って感想しか湧いてきませんけどねぇ!
「ジネット~……目の前の爽やかイケメンがイジメる~」
「え? あの、ヤシロさん……なんで、泣いて……?」
「泣いてねぇよっ……これは…………心の涙だっ! ……………………じゃあ、泣いてんじゃねぇかっ!?」
「お、落ち着いてください、ヤシロさん! あの、な、泣かないでください、ね? えっと……よ、よしよし」
どうしたものかと戸惑い、ジネットがそっと俺の頭を撫でてくれる。
おぉ……なんだろう。これ、ちょっと気持ちいい…………
「なんとなく、ちょっとだけ女将さんを思い出すな……」
「え? 『女将さん』?」
「あ、女将さんってのは俺の母親で……」
「いえ、それは存じているんですけど…………『お母さん』と呼ぶようになったのでは?」
「う…………っ」
まぁ、確かに、なんやかんやあって、親方と女将さんのことを『お父さん』『お母さん』と呼ぼうかと思ったこともあったんだが……やっぱちょっと恥ずかしいっていうか、今更感が半端ないというか……
ずっと『親方』『女将さん』と呼んできたから、口がそれに慣れちまってるんだよな。
「ま、まぁ、呼び名なんかなんだっていいんだ。要は、気持ちだから」
「それもそうですね。わたしも、シスターを『お母さん』と呼ぶのは……少し恥ずかしいですし」
なんてことを話している間ずっと、ジネットは俺の頭を撫でていてくれた。
髪の毛をもふもふされるのはくすぐったくもあるが、やっぱいいもんだな。
どことなく、元気が湧いてくる気がする……
「けど、挟んでくれた方が元気出る気がする」
「何ででしょうか……?」
「え、聞きたい?」
「いえ。遠慮しておきます」
そっかぁ……ジネットは遠慮深いからなぁ。
「あはは。お二人は、いつも仲睦まじいですね」
「お前んとこほどじゃねぇけどなっ!?」
「……あの、英雄様……何か、怒ってます?」
怒ってねぇよ!
別にっ、全っっ然っ、羨ましくとかねぇーし!
毎日毎日飽きもせずイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャしやがって! あぁ、もう、羨ましいっ!
「で、何が不満なんだよ?」
「いえ、不満と言いますか…………このままで、いいのかと……」
焦燥感のようなものを滲ませて、セロンは不安げに言う。
まるで、自問自答するかのように。
「うまく言えないのですが……平穏過ぎると言いますか……結婚の前に、問題を乗り越えることも必要なのではないかと……」
「え~っと、なに? つまり、俺はお前らの結婚を全力で邪魔すればいいの?」
「い、いえっ! 協力していただきたいのですっ!」
「波風を立てたきゃ、適当な女と浮気でもしたらどうだ?」
「ウェンディ以外の女性など、僕には硫黄が多く収縮率の高い粘土ほどの価値もありません!」
「粘土で例えるな、分かりにくい! おっぱいで言うと何カップくらいの価値だ?」
「いえ、あの……よく分からないのですが?」
おっぱいをたとえに出して『分からない』なんて言うヤツとは話が合わん!
帰ってもらおうか!
「大丈夫ですよ。それが理解できるのはヤシロさんだけですから」
あれぇ……ジネットになんだか酷いことを言われてる……
「じゃあ、一体なんなんだよ?」
「実は……ウェンディには家族がいるのですが……まだ一度も面識がありませんで……」
「え?」
セロンの言葉に、俺は首を傾げる。
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