部屋に戻り、わたしはランタンを壁にかけ、そしてロウソクを取り出して火をつけていきました。
少し贅沢ですが、たくさんのロウソクに火をつけます。
少しの時間だけですので、構いませんよね?
「……素敵ですね」
それは、とても軽く、可愛らしい形をしたレンガの花瓶。
ヤシロさんが、わたしにと買ってきてくださったプレゼントです。
プレゼント……
男性の方からこのような形で贈り物をいただくなんて……初めてです。
いえ、ヤシロさんからはいろいろと、制服とか2.5頭身フィギュアとかをいただいているのですが、わざわざ贈り物として買ってきていただいたというのが……なんと言いますか……特別な感じがして、気恥ずかしくて…………
「浮かれていますね、わたし」
手作りとはまた違う、ちょっと特別な贈り物。
これを買った時、ヤシロさんは何を思われていたのでしょうか?
品物を選んでいる時に、わたしのことを思い浮かべていてくださったのでしょうか?
荷物を持って帰ってくる道すがら、どうやって渡そうかなんて、考えていてくださったのでしょうか?
そんなことを考えると、嬉しくてしかたがないんです。
「いけませんね、頬が勝手に緩んでしまいます」
贅沢に灯りをつけた無数のロウソクが、可愛らしい花瓶を照らしてくれます。
たっぷりの灯りの中で、わたしは思う存分その花瓶を眺めて、見つめて、どんなお花を入れれば一番素敵に見えるかとそんな想像を巡らせました。
至福という言葉は、こういう時間のことを指すのだと思います。
なんとも満たされた時間でした。
いつまでも見つめていたいのですけれど、さすがにそろそろ眠らないといけませんね。
明日もお仕事はありますし。ロウソクも、無限ではありませんから。
「……でも、もう少しだけ」
早くお水を入れてみたいです。
花瓶の下に敷く敷物を作らなければいけませんね。何色の布を使いましょうか?
レース編みの方がいいでしょうか?
今度ムムおばあさんに相談してみましょうか?
「あ、そういえばお祖父さんの書斎に、可愛い色の布が……」
思わず立ち上がり、苦笑を漏らしながら自分を諫めました。
ダメですよ、ジネット。もう眠る時間です。
布を見に行くのは明日です。廊下を歩いて、ヤシロさんやマグダさんを起こしてしまっては申し訳ないでしょう?
「……すみません」
そんな謝罪の言葉すら、なんだか嬉しそうな声音になってしまいました。
やっぱり、浮かれていますね、わたし。……ふふ。
「ヤシロさん。この花瓶、大切に使わせていただきますね」
花瓶を抱え、ヤシロさんのお部屋の方へ向かって頭を下げる。
さぁ、もう眠りましょう。
この花瓶は、壁際の棚に飾っておきましょう。
ここに飾っておけば、朝目覚めて一番に目につきますから。
とはいえ、朝は暗いですから、起きてすぐにランタンをつけないといけませんね。
普段は横着をして暗いまま部屋を出ることも多いのですが、明日はちゃんとランタンをつけましょう。
決して落としてしまわないように、丁寧に花瓶を棚へ飾ります。
一歩身を引いて、一番素敵に見える角度を探して、満足のいく向きで飾ります。
……これでよし。
さて、たくさんつけたロウソクを消しましょうか、と思ったのですが、花瓶のすぐそばに並んでいる2.5頭身フィギュアが目に留まりました。
わたしたちにそっくりな、頭の大きな小さなお人形さん。
ヤシロさんの蝋像がなくなることを悲しんだわたしのためにヤシロさんが作ってくださった、わたしの宝物たち。
花瓶を置いて空いた両手は、自然とヤシロさんのフィギュアを手に取っていました。
ぷっくりとしたお顔立ちに、少しだけ目つきが悪く描かれたヤシロさんの顔。
ふふ、そっくりです。
でも、ヤシロさん。実物のヤシロさんはもっと優しい目をされているんですよ? それに、このような不機嫌そうなお顔ではなく、いつもとても優しい微笑みを浮かべているんですよ。
「こういうお顔をされていることも多いですけれどね」
そうですね、たとえばこんな時に――
「『なんで俺ばっかり懺悔させるんだよぉ~』」
ヤシロさんの声を意識して言葉を発してみると、まるで目の前のヤシロさんフィギュアがしゃべっているようで、無性に可愛らしく思えました。
「くすくす……。それは、ヤシロさんがいつもそういうことばかり言っているからですよ」
鼻をちょんと押してお説教をすると、ヤシロさんフィギュアはまた不満そうなお顔でわたしに訴えかけてきました。
「『だって、目の前で揺れたら見るだろうが!』」
もう、またそんなことを言って……
「ヤシロさん、めっ、ですよ」
ほっぺたを膨らませて怒ってみせると、ヤシロさんフィギュアは寂しそうに顔を俯けていじけたように呟きます。
「『分かったよ、じゃあもう口に出さずに見るだけにする』」
もう、全然分かってませんよ、ヤシロさん。
……まったくもう、ヤシロさんは。フィギュアになってもそんなことばっかり言って。
「…………ふふ。ごめんなさい、ヤシロさん」
ヤシロさんは、そんなこと言ってませんでしたね。
ヤシロさんを思い出しているとついついそんな風に思ってしまって。
でも、ヤシロさんも悪いんですよ。いつもそんなことばっかり言うから……
「もっと笑顔なフィギュアなら、もっと素敵な言葉が思い浮かんでくるんでしょうか?」
たとえば、先ほどわたしに言ってくださったような言葉とか……
「…………『会話記録』」
『会話記録』を呼び出して、先ほどの会話を読み返します。
……文字なのに、はっきりとヤシロさんの声が聞こえてくるようで……耳が熱くなります。
『会話記録』を出したまま、わたしはヤシロさんと自分のフィギュアを持ち出して床に座りました。
お祖父さんにはよく、『地べたに座るんじゃない』と叱られましたけれど……ふふ、今だけですよ、お祖父さん。
床に座って、ヤシロさんと自分のフィギュアを向かい合わせます。
そして、『会話記録』に記されている通りに言葉を発していきます。
『座って話すか』
「はい。あ、お食事は?」
『あとでいい。少し話をしよう』
「はい」
とことこと揺らして、着席――したつもりでフィギュアを動かします。
ここで、ヤシロさんはそわそわし始めたんですよね。……ふふ。
わたしも、この時は少し緊張したんですよ? なんの話だろう、って。
『そういえば、昼間に花がどうとかって話をしていたよな?』
「はい。お店の前に花壇を作れると素敵だなって、そんなお話をしましたね」
『あ~……そっちじゃなくてだな…………』
「それではないんですか? ……えっと…………それ以外でお花のお話というと……あ、花束ですか?」
ここでヤシロさんがわたしを、ぴしっと指さしたんですよね。
「そう、それ!」みたいな感じで。ふふふ。
「イメルダさんがたくさんの花束をいただいているというお話でしたね」
『ジネットは……、どうだ?』
「わたしは、全然ですよ」
『そっか…………ふ~ん……』
この時はまだ、ヤシロさんが何を言いたいのか分かっていなくて……
「……ぁう。こ、この先は……ちょっと、恥ずかしいですね」
『会話記録』を読み返していても頬が熱くなります。
わたし、すごく浮かれてしまって……ちょっと涙ぐんでしまったりして……だって、あんな素敵な花瓶をいただいたものですから…………ここは、飛ばしましょう。
ふと見ると、ヤシロさんフィギュアがこちらをじっと見上げていたので、そっと背を向けさせました。
……あまり見ないでください。もう。
もう一度、棚に飾った花瓶を眺めます。
本当に素敵で、どれだけ見ていても飽きの来ない可愛らしい花瓶です。
「これにお花を生けると、とても綺麗でしょうね」
『会話記録』にあるセリフをもう一度呟くと、ヤシロさんの声が頭の中で鮮明に聞こえました。
『ん~……花のことはよく分かんねぇけどな』
「綺麗ですよ、きっと」
先ほど背を向けたヤシロさんフィギュアを持ち上げて、その顔を覗き込めば、さっきまで不貞腐れて見えていたフィギュアの顔が優し気に微笑んでいるように見えました。
そして、わたしを見つめ返してこう言ってくれたんです。
『じゃあ、今度花でも買ってきてやるよ。……折角、だからな』
耳に響くのは、記憶の中のヤシロさんの声。
何度でも、何度でも、わたしを元気にしてくれる、優しい声。
「はい。ありがとうございます」
溢れ出た感謝をそのままに、ヤシロさんフィギュアを抱きしめると、腕の中のヤシロさんがこんなことを言いました。
『あぁ、まぁ……日頃の、礼だ』
少々ぶっきらぼうに。
でも、とても優しい声で。
夜も遅く、わたしは夢うつつだったのかもしれません。
まるで、今ここにヤシロさんがいて、本当にわたしに話しかけているような気分でした。
もっとも、こんな時間にヤシロさんがわたしの部屋にいたとしたら、大変なことになってしまいますけどね。
……ふふふ。
なんだか満たされた気分になって、わたしはもう少しだけヤシロさんフィギュアとお話をしました。
今度はマグダさんやロレッタさん、エステラさんのフィギュアも参加して、いつもの陽だまり亭の風景を思い出しながら。
もちろん、わたしのフィギュアもたくさんおしゃべりしました。
楽しくて、つい夢中になって――
わたしは翌朝、ほんの少しだけ寝坊してしまったのでした。
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