「第一回、区民運動会実行委員会を開催します」
議長のナタリアが、会場に集まった者たちに向かって宣言する。
会場は、木こりギルドそばの多目的会館。……通称、『なんかやる時にとりあえず集まる場所』だ。
『NTA』とでも言えばカッコがつくだろうか。
「まず、実行委員長のエステラ様より、開会のご挨拶を賜ります」
「えっと、まぁ、このメンバーなんであまり堅苦しいことは抜きにして」
立ち上がり、見慣れた顔を見渡してエステラが砕けた表情で言う。
ここにいるのは、見知ったメンバーだ。
俺とエステラをはじめ、設営関連でウーマロとイメルダとノーマ。衣装関連でウクリネス。生産者代表としてネフェリー。事業主代表として飲食関係者のパウラ。四十二区に支部を置く大ギルドより、ウッセとアッスント。そして、教会からベルティーナ。そんなメンバーが狭い部屋でテーブルを囲んでいる。
今はこのメンバーだが、追々入れ替えもあるだろう。
とりあえず、言い出しっぺのネフェリーとパウラには噛ませて、不満が出ないようにしている。「いつも同じメンバーばっかり!」ってな。
というか、今は設営に関する話がメインとなるだろうからこういうメンバーを選出したのだ。
ウーマロたちが設営の準備に掛かれば、また違ったメンバーで競技内容を詰める予定だ。
まぁ、区民運動会自体は、それだけで利益を生み出すようなイベントではないので、『楽しむ』ことに重点を置いて進めていいだろう。
『宴』の時のように、いろんなヤツを巻き込んで、関わらせて、みんなで作っていく感じで。
来年以降恒例化するなら、俺がいなくても回るように。
……だって、毎年実行委員とか面倒くさ過ぎるだろ?
最初だけやって、あとは丸投げってのが理想だ。
「ボクとしては、楽しい雰囲気で区民運動会を行い、四十二区の発展に繋がってくれることを願っているんだ。対決だからってギスギスしたり禍根を残したりしないようにね。だから、――あ、ヤシロ。危険かもしれないから耳を塞いだ方がいいよ――『正々堂々』と真剣にスポーツで競い合いたい」
「うわぁー、せーせーどーどー、苦しいー!」
「……乗らなくていいさよ、ヤシロ」
「こっちも暇じゃねぇんだから、余計な茶々入れんじゃねぇよ、ヤシロ」
ノーマとウッセが渋い顔をこちらに向ける。
いや、エステラがしょーもないことを言ってきたからな。フリにはきちんと応えないと。
その後、「事故のないように」だとか「みんなで力を合わせて」だとか、そんなよくある言葉がいくつか述べられ、開会の挨拶は終了した。
緩やかではありつつも、一応相応の体裁は保たないと、ということだ。運営がなぁなぁでやってると、予測の出来ない事故や不祥事を招きかねないからな。
「俺が、つぅか狩猟ギルドが呼ばれたから、もっと荒っぽいことをするのかと思ったんだが……意外と大人しそうな雰囲気でやるってことだよな?」
「まぁ、羽目を外すヤツは出るだろうが、殴り合うようなことはないと思ってくれていい」
狩猟ギルドとケンカしてもメリットなんかなんもないしな。
「ということは、今回の区民運動会なる催しものは純然なるスポーツの祭典と、そういうわけですね」
「いいや、アッスント。そこまで大層な話じゃねぇよ。誰にでも出来るような競技ばかりで、どっちかっていうと好プレーより珍プレーに期待したい催しだ」
オリンピックやワールドカップのような、スペシャリストが技術を競い合うのではなく、ご近所の顔なじみが集まってわいわいと楽しむのが目的だ。
普段走らないヤツがもたもた走る様を笑って応援する。その程度がちょうどいい。
アッスントあたりが盛大に転んで足でも攣ってくれることを期待しよう。
だというのに……
「『中央』の底力、見せてあげるから!」
「甘いわね、パウラ! 今回は『東側』が脚光を浴びる番だから!」
……なんでこんなに熱くなってんだかなぁ、こいつらは。
「ねぇねぇ、ヤシロちゃん。型紙、早く見たいです、私。もうずっと楽しみでねぇ」
と、周りの熱気とは関係なくマイペースなヤツもいる。
ウクリネスはとにかく新しい服が作りたいようだ。運動会の内容がどうなるかとか、さほど興味はないらしい。
こいつには型紙を渡してさっさと制作にかかってもらってもいいかもな。
「じゃあ、これ。先に渡しとくよ。生地の指定とか、寸法とか、いろいろ書いておいたから」
「拝見しますね。わぁ、楽しみだわぁ~」
体操服の資料を受け取ると、ウクリネスは自身の周りにバリアーかというような「今からしばらくしゃべりかけないでください」オーラを展開し、熟読し始めた。
そんなウクリネスに触発されたのか、ウーマロが騒ぐネフェリーたちを他所に声をかけてくる。
「設営に関する話を聞きたいッス。『素敵やんアベニュー』の建設もあるッスから、予定を組んで取りかからないと……」
「そんな大層な物は、今回作るつもりないぞ」
精々入場門と得点パネルくらいのもんだ。
あとは、レジーナんとこから石灰をもらってきて地面に白線を引いて終わりかな。
念のために運営用と救護室代わりにテントをいくつか作っておいて、まぁそれくらいだろう。
「あとは小道具がメインだから、そこらはハムっ子とかトルベックの下っ端にやらせりゃいいよ。グーズーヤとか」
「あの、ヤシロさん……グーズーヤは、そろそろ中堅どころなんッスけど……」
なに言ってんだよ。
陽だまり亭で食い逃げしてた頃は見習いだったろうが。
「ウチは年功序列ではなく、実力重視ッスからね。真面目に技術を磨き上げれば出世に時間は必要ないんッスよ」
「じゃあ、十年後の役員はハムっ子が独占だな」
「…………そうならないよう、他の連中も厳しめに指導してるッス……そうなりそうな未来がありありと見えてるッスから」
若い棟梁のウーマロは、まさにその腕一つで大工どもの信頼を勝ち得ているのだろう。人柄と相俟って、こいつへの支持は高い。
「『はぁあんマジ天使ッス症候群』の末期患者のくせに」
「前触れもなく悪態吐かないでほしいッス! あと、それは病ではなくもっと純粋な想い――そう、ピュアハートッスよ!」
「とにかく、お前は『素敵やんアベニュー』の方に力入れとけよ。こっちはそこまで大掛かりな話じゃないからよ」
「…………それはそれで、なんか寂しいんッスよね」
どんだけ混ざりたいんだ。
どう考えても『素敵やんアベニュー』を優先すべきだろうが。街の区画を変える大事業だぞ?
街のオッサンたちが走って転ぶ運動会なんかとは比べものにならない一大プロジェクトだろうが。
「名前と責任者のせいで『適当でいいかも』って思っちまう節はあるが、内容でいえばかなり重要な仕事だろ!」
「いや、名前はともかく……オイラ、リカルド様だからって軽んじたりしないッスよ」
えっ!?
リカルドなのに!?
ウーマロ、真面目だなぁ~。
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