異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

192話 お留守番組の気持ち -1-

公開日時: 2021年3月18日(木) 20:01
文字数:3,530

「麹職人というのは、日が昇る前からむろに入って種麹の世話をするのだそうです。温度と湿度の調整が大事なのだとか」

 

 アッスントがそう語るように、麹職人の朝は早い。

 種麹は、麹菌の胞子の集まりのようなもので、そいつを使うことで豆麹だの塩麹だのを生み出すことが出来る、その名の通り麹の種のようなものだ。――と言い切ると語弊があるかもしれないが、『麹の素』だと思っておいて、まぁ大きく外れてはいないだろう。

 

 この種麹の管理は相当に難しく、菌である以上、扱いを誤れば当然毒性を持ってしまうこともある。

 麹の良し悪しがその後の加工品の味を大きく左右するのはもちろん、製品の命を預かっていると言っても過言ではないわけだ。

 

「ですので、前乗りをしましょう」

 

 ……お前は業界人か。何が『前乗り』だ。偉そうに。

 単に、早朝に会えるように前日から泊まり込むだけじゃねぇか。

 そんな業界人ぶりたいなら、『シースー』でも『べーー』に『れてー』『けーー』だっつの。

 

 

 まぁ、そんなわけで。

 俺たちは、面会の日の前日から二十四区へ向かうことになった。

 現在の時刻は十六時。終わりの鐘が鳴ったところだ。

 

「二十四区に着く頃には夜ですが、酒場くらいはやっているでしょうから、そちらで夕食を取り、宿へご案内します。あ、宿の手配はこちらでしておきましたので」

「金は?」

「領主様のお心遣いに感謝いたしましょう」

「……もうワンランク下の宿でもよかったんじゃないかな、このメンバーだったらさ」

 

 エステラがふてくされているということは、そこそこいい宿を手配してくれたのだろう。

 さすがアッスント。他人の金となると容赦ねぇな。

 

「もうワンランク落とした宿ですと、一部屋しか空きがなかったのですよ。私は、行商ギルドの支部に泊めていただくことも可能ですが、そうすると…………ヤシロさんと二人きりということになりますが…………そちらの方がよかったですか?」

「なっ!? そ、そんなわけないだろう!? だ、だいたい! ナタリアがいるから二人きりじゃないし!」

「では、ヤシロさんは両手に花ですか」

「ヤ……、ヤシロは馬車!」

「よしエステラ、金を出せ。黙って出せ。いい宿に泊めやがれ」

 

 誰が馬車なんぞで寝るか、……怖いのに。

 

「みなさん、夕飯は酒場で取られるんですか?」

 

 少し残念そうにジネットが言う。

 おそらく、夕飯の弁当を作りたかったのだろう。

 でも、今から準備していたのでは遅くなってしまうからな。

 

「店長さん、すみませんね。ヤシロさんをお借りしていきますよ」

「あ、はい。それは、あの……ヤシロさんが問題なければ、問題ないのですが……」

 

 ちらりとこちらへ向けられる視線がくすぐったい。

 十人中九人が寂しそうな顔だなと思うであろう表情をしている。本人だけは、そんなつもりはないのであろうが。

 

「……マグダさんが、ちょっと寂しそうでしたよ。急なお話でしたので」

 

 そっと俺に身を寄せ耳打ちをしてくる。

 マグダの姿を探すが、どこにもいない。もしかしたら、拗ねているのかもしれないな。

 ここ最近、置いてけぼりばかりだからな。

 

「ロレッタを泊まらせよう」

「もうすでに、そのつもりのようですよ」

 

 準備のいいロレッタに、ジネットの顔にも少し笑みが戻る。

 あいつのちゃっかりした性格も、こういう時はありがたい。

 

 そんなことを思っていると……

 

「……あいむ、ほーむ」

 

 マグダが帰ってきた。外から。

 どこに出かけていたんだ? というか、いつから出掛けていたんだろうか……気配、なさ過ぎだろう。忍者か、お前は。

 

「……ヤシロが今晩いないということで、陽だまり亭のセキュリティ強化を図る」

 

 胸を張ってそう宣言した後、入り口のドアに向かって声をかける。

 

「……入ってくるがよい、頼もしきガーディアンたちよ」

 

 マグダの声に導かれるように、キリッとした表情のロレッタが店へと入ってくる。

 ……ガーディアンね。

 

「ロレッタが店を守ってくれるって言ってんのか?」

「……だけではない」

「ん?」

 

 俺の視線を誘導するように、くいっとアゴをしゃくるマグダ。

 それにつられて視線を向けると、ロレッタの後ろからぞろぞろと顔なじみが入ってきた。

 

「まったく困ったもんさね。今は歯車の精度を上げるのに苦心してるってのに、強引さね、マグダは」

「まぁまぁ、いいじゃないノーマ~。一緒にお泊まり、私はうれし~よぉ~☆」

「よぉ、ヤシロ! 泊まりに来たぞ!」

「このワタクシが泊まるからには、スペシャルな夜になること間違いなしですわ!」

「……ぁ、ぁの……今晩は、ぉ世話に、なる…………ね?」

 

 ぞろぞろと、連なるように、ノーマ、マーシャ、デリア、イメルダ、ミリィが入ってきた。

 マーシャの水槽は、デリアが押している。

 

「……以上が、本日陽だまり亭を守るガーディアンたち」

「よくもこんなに揃えたな……」

 

 まぁ、これだけいれば安心できるか。防犯面も、……寂しさを紛らわすって面でもな。

 

 突然の事態にもかかわらず、気配りをしてくれたマグダを褒めてやろうと視線を向けると……物凄い挑戦的なドヤ顔(無表情)がこちらを見上げていた。

 

「…………巨乳と、ぺったんこ×2」

 

 そんな謎の言葉を発しながら、俺……と、その背後に並ぶエステラたちを指さす。

 

「ちょっと待って!? なんでボクとアッスントが同じ括りなのかな!?」

「まぁ、確かに私は男ですからぺったんこですが……ほっほっほっ、お揃いですか」

「黙らないと馬小屋に泊まらせるよ、アッスント?」

「すみません、一人だけ巨乳で」

「君は本当にうるさいから、黙っててナタリア!」

 

 いや、まぁ。『巨乳とぺったんこ×2』は分かったが……それが一体なんだってんだ?

 ――と、今度はマグダが両腕を広げて、自分と、その背後に並ぶ者たちを指し示す。

 

「……爆乳連盟+ささやか二人・Withマグダ」

「ちょっと待ってです、マグダっちょ!? ささやかって、あたしとミリリっちょですかね!?」

「ぁう……ささやか……だけども…………ちょっと、悲しい……」

「っていうか、なんで自分だけ別枠にしたんさね?」

「平均値を下げてる張本人なのにねぇ~☆」

「……マグダは伸びしろが大き過ぎるので数値化は出来ない」

「おぉ、なるほどなぁ! マグダ、頭いいなぁ!」

「デリア、納得するんじゃないさよ、そんな屁理屈に」

 

 ちゃっかりと爆乳チームに在籍するマグダ。

 そんなマグダに、挑発するような視線を向けられる。

 

「……ヤシロの、今夜の予定は?」

「みんなでお泊まりだっ!」

「ちょっと待ってくれるかな、ヤシロ!?」

 

 なんだよ、チームぺったんこのリーダー!

 俺はめくるめく爆乳ナイトの準備で忙しいんだよ!

 

「君はボクたちと二十四区へ前乗りして明日に備えるんだよ」

 

 顔を鼻先にまで近付けて、奥歯を噛み締めながら笑えてない笑顔で訴えかけてくるぺったんこリーダー。

 く……っ。なんて心躍らない誘いなんだ……

 

「……おっぱいが、踊らない……っ!」

「心躍らないって言いたいんだよね!? だとしても失礼だけどね!」

 

 くそぅ……マグダめ。

 日を追うごとに強敵になっていくな、あいつは。

 そんなに行ってほしくないのか、俺に。

 

「……エステラとアッスントがいれば、なんとかなんじゃねーのー?」

「豆板醤の話を持ちかけたのは君だったよね? マーゥルさんも、君が動くものだと思って紹介状を書いてくれたんだと、ボクは思うのだけれど?」

 

 まったく……なんでもかんでも俺に頼りやがって。

 

「エステラ……お前は知らないかもしれないがな…………俺は……」

 

 俺を睨む赤い瞳をまっすぐに見つめ返し、真剣な声で告げる。

 

「大きなおっぱいが大好きなんだ」

「知ってる! これ以上もないほどに熟知しているよっ!」

 

 じゃあ分かるだろう!?

 今宵、陽だまり亭はぷるんぷるんナイトだってことくらい!

 

「陽だまり亭ナイト! ぷるんぷるんフェスティバーール!」

「そんなお祭りは開催されませんよっ!?」

「カーニバァーール!」

「参加型でもありませんっ!」

 

 人材だけ集めておいて、家主のジネットが祭りの開催を拒否している。

 なんてもったいない……

 テレビの料理バラエティで高級食材を無茶苦茶にするタレントの所業くらいに憤りを感じるぜ…………っ!

 

「ヤシロの留守は、アタシらが見ててあげるさね。安心してお行きなよ」

「ぁの……ぉ仕事、がんばってね、てんとうむしさん」

「ほら、ヤシロ。ノーマとミリィがこう言ってくれてるんだから」

「なんだ。ヤシロはどっか行っちゃうのか?」

「私、初お泊まりなのに、残念だねぇ~☆」

「ほらっ、デリアとマーシャがこう言ってるぞ!」

「デリア、マーシャ、面白がらないでくれるかい!?」

「なんだよぉ、エステラ? あたいは別に面白がってなんかないぞ?」

「うふふ。私は、すご~く面白がってるぅ~☆」

 

 あぁ、賑やかだ。

 本当に賑やかで……安心できるよ。

 

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