異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加26話 チーム分けと闖入者たち -2-

公開日時: 2021年3月30日(火) 20:01
文字数:3,358

「デリアとノーマは陽だまり亭の臨時従業員だろうが。こっちに引き入れちまえよ」

「……それは無理。デリアは言っていた、『ヤシロと全力で戦えるのが楽しみだ』と」

「ノーマさんも似たようなこと言ってたです」

「エステラさんも、ヤシロさんとの対決を楽しみにしているとおっしゃってましたよ」

「あ~、そういえば、テレサの目を診てくれてるセンセイいるだろ? 緑髪の、へんなしゃべり方の。あのセンセイも言ってたぞ。『【棒倒し】って、どこの棒をどう倒すんやろ!? やっぱ男子限定なんかな!? あかん、楽しみ過ぎて鼻血がフィーバーしそうや!』……って」

「バルバラ。その情報いらね」

「んじゃあ、『た、たたた、【玉入れ】って!? どこのタマをどこに……』……」

「だから、『そいつ』の情報一切いらねぇつってんだよ!」

 

 そいつが味方チームじゃないってことが、俺たち白組にとって唯一の朗報だよ。

 

「なんでどいつもこいつも俺と戦いたがってんだよ……お前らの方が運動できるだろうが。それもはるかに」

「うふふ。それだけ、ヤシロさんが多くの方に影響を及ぼしているということではないでしょうか?」

 

 どんな影響を及ぼしてるってんだか……そんな自覚は一切無いんだがな。

 

「……そもそも西側分断計略においても、ヤシロがいることによって『分かりやすい戦力』を根こそぎ持って行かれた」

「俺のせいかよ……」

「それだけ驚異だと思われてるですよ、お兄ちゃんは」

 

 買い被り過ぎだっつの。

 単純な運動対決で、獣人族にどう立ち向かえってんだよ。

 俺の詐術は、物理法則をねじ曲げたりは出来ないんだぞ。精々相手に『それが真実だと思い込ませる』くらいが関の山だ。

 ……なんとか言いくるめて、デリアに重さ20キロの亀の甲羅でも背負わせるか……ハンデとして。

 いや、20キロぐらいじゃハンデにもならないな、デリアなら。

 

「……『借り物競走』を『からい物競争』に変更できないかな……こう、早口で言って『かりもの』と『からいもの』を誤魔化す感じで……」

「いや、無理ですよ!? プログラム、もう決まってるですからね!? 今さら『実はからい物競争だった』は通用しないですよ!?」

 

 ダメかぁ……

 せめてデリアだけでも無力化できれば、随分と気持ちが楽になると思ったんだけどなぁ。

 

「とにかく、一番の脅威はデリアさんのいる赤組です」

「……ナタリアのいる青組も要注意。ナタリアは油断できない存在」

 

 マグダの尻尾が『警戒』を如実に表している。

 そういえば、初めてナタリアが陽だまり亭に来た時にマグダは身を隠していたっけな。

 マグダの中でナタリアは『強敵』のままなのか。

 純粋なパワー以上の何かがあるんだろうな、あの給仕長には。

 

「ノーマさんも手強い相手ですよね」

 

 誰も要注意に挙げなかった黄組に気を遣ったのか、ジネットがそんなフォローを入れる。

 ……が。

 

「いや、ノーマは大丈夫だろ」

「そうです。ノーマさん、なんだかんだで結構残念な人ですし」

「……きっとここ一番でやらかして、勝利を逃すタイプ」

「そ、そんなことは……真面目な方ですし、お仕事だって繊細で丁寧ですし」

 

 ジネット。お前はまだノーマのことをよく理解していないんだよ。

 あぁいうヤツのことをな、器用貧乏っていうんだぞ。

 大丈夫。ノーマは味方にいると頼もしいが、敵に回ればきっちり笑わせてくれる、そういうヤツなのだ。俺はそうであると信じている!

 

「とにかく、戦力が不足し過ぎだ。マグダとロレッタとバルバラだけでどこまで食い下がれるか……」

「オイラたち、本っ気であてにされてないんッスね……」

「まぁ、ヤシロに重過ぎる期待を寄せられるよりかは気が楽っちゃ楽だがよ……」

 

 俺たちが優勝するには戦力が必要だ。

 たかが区民運動会。

 されど、参加するからには優勝したいと思うのが人間というものだ。

 

 さて、どうするか……

 

 

「ふふんっ! 困っているようだな!」

 

 

 強気な声を響かせて、陽だまり亭のドアを勢いよく開け放ったのは傲岸不遜な顔と態度を隠そうともしないお馴染みの残念領主――

 

「私が力を貸してやろうか、ん? カタクチイワシよ」

 

 ――ルシア・スアレスだった。

 

 ……お前の力なんか、なんの役に立つってんだよ。運動能力は俺とさほど変わらねぇだろうが。

 

「ルシア様のめいに従う、私は、何があろうとも」

「ギルベルタ!」

 

 ふんぞり返るルシアの背後から、ギルベルタがひょっこりと顔を覗かせる。

 今日も軍隊ばりに堅苦しい格好と動き方をしている。

 しかし、これは朗報だ。

 

「ギルベルタがいてくれりゃ、勝機はあるかもしれないぞ!」

 

 こいつはナタリアといい勝負が出来る給仕長だ。ガチバトルでは後れを取るかもしれないが、運動会程度なら十分戦力となり得る。

 ありがたい申し出だ!

 

「よろしく頼むぜ、ギルベルタ!」

「ちょっと待て、カタクチイワシ!」

 

 ギルベルタと握手を交わそうと差し出した手を、ルシアに捻り上げられた。

 痛い痛い痛い! なにしやがんだ、テメェは!?

 

「私をスルーするとはどういう了見だ!? 重たいレンガを足の小指の上目掛けて落とされたいのか、カタクチイワシ!?」

「やめろ! 想像しただけで痛いわ!」

 

 まだ増えてるのか、そのカタクチイワシシリーズ!?

 俺に対する罵詈雑言ばっかり増やしてんじゃねぇよ。

 

「ギルベルタは私の命に従うのだ。頼むのであれば私に乞うのが筋であろうが、愚か者め、不埒者め、不束者め!」

 

 なんで最後、ちょっと結婚前提の相手がよく言いそうなヤツぶっ込んできたんだよ。

 

「じゃあ、ルシア。よろしく頼……」

「『ハム摩呂たんを一晩はすはすしながら添い寝する権利~二晩分~』で力を貸してやろう」

「よぉし、今すぐ出て行け! この店から、そしてこの四十二区から!」

 

 差し出しかけた手をそのまま出口に向かって突き出す。

 さぁ、出て行け!

 

「よし、分かった! 出て行ってやるからハム摩呂たんを差し出せ!」

「お前それ、普通に誘拐だからな!?」

「あ、あの。ルシア様」

 

 とうに営業時間も終わり、夜も更けてきている時間だというのに無茶ばかり言って騒ぎ立てるモンスター来客に、ジネットがおそるおそる、でも店員らしく笑顔で応対する。

 

「ハム摩呂さんは、わたしたちとは違うチームに配属されましたので、わたしたちがその権利をどうこう出来る立場ではないんです。まずはご本人と話し合われてみては如何でしょうか?」

「いや、ジネット。こんな危険人物相手にまともな対応しなくていいから」

「貴様は黙れ、カタクチイワシ! それよりも、それは真か、ジネぷー?」

 

 俺を押しのけ、んががっ、とジネットに詰め寄るルシア。

 細い肩を乱暴に掴み、皿の上の半熟卵をとぅるんっと吸い取るかの如き勢いでジネットに顔を接近させる。

 ジネットが「きゃっ!」と声を漏らして身を固くする。

 

「ハム摩呂たんは、ジネぷーのチームではないのか? あんなに懐いていたのに?」

「は、はい。今回は、西2地区の赤組に配属されています」

「情報提供、感謝する」

 

 目力全開でジネットを見つめ、ルシアが姿勢を正す。

 そして、無言でドアの前まで行き、背中を向けたまま俺に言葉を寄越す。

 

「今回は敵同士というわけだな、カタクチイワシ」

「お前、赤組に寝返る気か!?」

「もとより、私は貴様の敵なのだ! ふははは! これで誰憚ることなく、貴様をコテンパンに叩きのめせるというわけだ! 明日の勝負、楽しみにしておれ! 行くぞ、ギルベルタ!」

「……残念思う、私は。一緒に戦えなくなって、友達のヤシロや友達のジネットと。しかし、私の義務、ルシア様の命に従うのが。仕方ない思う」

「ギルベルタまで!?」

 

 ルシアは全然いらないから、ギルベルタだけでも残していってくれないかな!?

 

「カタクチイワシはともかく、敵対するとなると少々心苦しいものだな……ジネぷー。そして、義姉様」

「待ってです! その呼び名、割と真面目にやめてです! 恐縮したり、弟の身を案じたりで、全身の鳥肌率がハンパないですから!」

「明日、我々赤組が勝ったら、私は…………ハム摩呂たんのお嫁さんになるっ!」

「認めないですよ!?」

「さらばだ! ふはははは!」

「楽しみにしている、私は、明日また会えることを」

 

 高笑いしながら猛ダッシュして去っていくルシアと、丁寧にお辞儀をしてから暴走した主を止めるために輪をかけて凄まじい猛ダッシュで去っていくギルベルタ。

 ……嵐のような訪問者だった。

 

 しかし……

 

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