異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

224話 『宴』の準備THEファイナル -1-

公開日時: 2021年3月23日(火) 20:01
文字数:4,159

「まったく。作業スペースが一気に埋まってしまいましたわ」

 

 俺が引き連れてやって来た面々を見て、イメルダがため息を漏らす。

 毎朝剃っても剃ってもしつこく生えてくる青ヒゲを生やしたムキムキのオッサンたち。金物ギルドの乙女(?)たちだ。

 

「見事にムキムキばかりですのね」

「あんたんとこの木こりも大概さね」

 

 対して、ノーマはその場に待ち構えていた木こりたちを見て嘆息する。

 まぁ、あれだ。

 筋肉率が高ぇ。

 

 無数の筋肉With巨乳。まぁ、条件は一緒だな。どっちのギルドも。

 

「ちょっと完成したベアリングの性能を試したくてな。場所を貸してもらうぜ」

「それは構いませんけれど……」

 

 ノーマのところで、ベアリングの組み上げと一次テストを行った俺たちは、実際に木材と組み合わせた際の動作性と耐久性を検査するために木こりギルドへとやって来ていた。

 ノーマさえいてくれれば問題なかったんだが、ヒゲ乙女たちが「アタシたちも見~た~い~!」だの、「ベアリングのベティはアタシたちの娘も同然よっ!」とか、盛大に駄々をこねて付いてきてしまったのだ。……何がベティだ。勝手に名前付けんな。

 おかげで、木こりギルド四十二区支部の木材置き場が狭い狭い。

 いや、スペースは十分あるのだが、視界に無数の筋肉がひしめき合ってるせいで暑苦しくて息苦しい気がするのだ。

 もしここが日本で、「精神的苦痛を被った」と裁判を起こせば100%勝てるだろう。

 

「ヤシロちゃ~ん、取り付け完了したわよ~」

「お~う! じゃあ、そっちの丸太と組み合わせてくれ」

 

 ベアリングから伸びる鉄板を太いネジで丸太の先端に取り付け、そのベアリングの輪の中に別の丸太を通す。

『ト』の字のように組み合わさった丸太を作り、ベアリングを回転させてみようというわけだ。ある程度の加重がある中できちんと動作するか、破損しないかを慎重に検査する。

 なにせガキが遊ぶものだ。万が一にも危険があってはいけない。……つか、ガキはこっちが想定していないような全力で遊びまくる。水車の軸を摩耗させるくらいに。まぁあれは主犯がデリアだったわけだが。

 

 なので、遊具は何重もの検査を重ねて安全を期すのだ。

 

「ん~……この丸太、重ぉ~い……っ」

「なに気持ちの悪い声出してんだ、ゴリエモン」

「ゴンスケさね」

 

 普段、もっと重そうな鉄板を運んでるくせに。

 

「丸太と鉄板じゃ、重さの掛かり具合が違うからねぇ。慣れない物は重く感じるんさね」

「ノーマでもか?」

「アタシは別さね」

「でも手伝わないんだな」

「甘やかすんは、よくないからねぇ」

 

 優雅に煙管をふかすノーマ。

 久しぶりに見たな、ノーマの煙管姿。……木材置き場でぼや騒ぎとかやめてくれよ。

 

「あっ……!」

「おっと!」

 

 ゴンスケが持ち上げた丸太がバランスを崩してあわや転倒……かと思いきや、それをすかさず一人の木こりがフォローして支える。

 

「危ねぇな。丸太を持つ時は上下左右の重量比を考えて力を入れんだよ」

「ご、……ごめん、なさい」

「いや。素人には難しい話だな。すまん」

 

 ゴンスケが苦戦していた丸太を、木こりは軽々しく抱えている。

 

「……ま、怪我がなくてよかった」

「え……?」

「こいつをどうすりゃいいんだ? 手伝ってやるから指示をくれ」

「は、……………………はい」

 

 なにこれ!?

 なんか向こうの方、あわ~い桃色に染まってるんですけど!?

 

「あちゃ~、ゴンスケのヤツ……射貫かれちまったみたいさねぇ」

「目撃したくなかったな、そんな衝撃映像……」

「ですが、ウチのガイナスもちょうど彼女と別れたばかりですわよ」

「何が『ちょうど』なんだよ、イメルダ……」

「まっ、アタシらが口を挟むのは野暮さね」

「そうですわね。こういうのは当人同士の問題。温かく見守ってさしあげましょう」

「いや、放置はするけど見守りはしないから」

 

 あんなもん見てたら目が潰れる。

 アレか太陽かなら、俺は喜んで太陽を直視するね。

 

 ガイナスとかいう木こり(もちろんムキムキのオッサン)がゴンスケを手伝ってベアリングに丸太を組み込んでいく。

 途中で指が触れ合い「きゃっ!?」「おっと……す、すまん」的な、胃酸が逆流しそうな展開を挟みつつ準備が整った。

 ……もう、耐久テスト要らないだろう。

 あんなおぞましいもんを隣でやられて朽ち果てなかったんなら、耐久性抜群だよ、ベアリングもあの丸太も。

 

「うふふ。どうやら、ガイナスに、新しい彼女が出来たようですわね」

「よく見ろイメルダ。アレが彼『女』に見えるか?」

「ヤシロさん。恋に大切なのは、――ここ、ですわ」

 

 言って、イメルダが胸を押さえる。

 

「まぁ、そうだな」

「おっぱいじゃないさよ」

「心ですわよ」

 

 ほぼ同時にツッコミを入れられた。

 なら最初からそう言えよ、紛らわしい。

 

「しかし、こういう作業をなさるなら、ウーマロさんをお呼びすればよろしかったのではありませんこと?」

「そうさね。専門外の作業はアタシらでも手こずるさよ」

「本格的に組み上げるわけでもねぇし、これくらいはこっちでやった方が早いだろう?」

 

 それに、ウーマロたちは屋台と本番の遊具の準備を任せてるしな。

 テストに付き合わせてる時間はない。

 

「向こうは向こうでやることがあるからな」

「くっ……またしてもウーマロさんだけ特別枠ですわ」

「誰より信頼されてる感が鼻につくさね、あのキツネ大工……っ」

 

 あ~ぁ、反ウーマロ同盟が出来ちゃった。

 張り合うなっつうのに。

 

「ヤシロさんは、どうしてそこまでウーマロさんを頼るんですの?」

「どうしてって……」

「技術以外にも、何かあるとウーマロウーマロ言ってるさね」

「そうか?」

「そうですわ!」

「レジーナも言ってたさね! 『捗るわぁ~』って!」

「ノーマ。その記憶とその薬剤師を今すぐ消し去っておいてくれないか?」

 

 でもまぁ、確かにウーマロは使い勝手がいい。

 わがままを言っても怒らないし、こちらの要望以上の物を毎回提供してくれるし、ちょっとやり過ぎちまってもマグダをチラ見せすれば機嫌が直る。

 それに……

 

 ノーマやイメルダに本職以外のところで寄りかかり過ぎちまうと……やっぱ、ちょっと気になるからな。女を利用するだけ利用して、用済みになったらポイ――みたいな感じがな。

 

「お前らを酷使しておっぱいが縮んだら大変じゃないか。ウーマロはしぼむ乳がないからいいんだ」

「その理屈なら、エステラさんも問題ないですわね」

「だからかぃねぇ。エステラとはよく行動を供にしてるさねぇ」

 

 エステラの場合は、俺が利用されてるんだよ、最近は。

 ……いつか、まとめて精算させてやる。

 

「ヤシロちゃ~ん、デ・キ・た・わよぉ~」

 

 組まれた丸太をぶんぶん振り回してゴンスケが俺を呼ぶ。

 ……持ててんじゃねぇかよ、余裕で。

 

「か、彼に、持ち方を教わったの……そしたら、こんな簡単に持てるようになっちゃって……教え方が上手な人って…………素敵、よね……きゃっ☆」

「もう付き合っちゃえよ、お前ら」

「ふにゃっ!? や、やだもう! ヤシロちゃん、ったらぁ!」

「ぅおうっ!?」

 

「ったらぁ!」と言いながら、組まれた丸太を投擲してきたゴンスケ。

 あわや直撃というところで、ノーマが俺の腕を引き寄せ回避させてくれた。

 

 ……危ない。死ぬかと思った。つか、ノーマがいなけりゃ死んでた。

 丸太、地面に『ザックー!』刺さってるしね!

 

「耐久性は十分なようですわね」

「それじゃないだろ、今気にするべきところ……」

 

 ゴンスケへの制裁はあとできっちり行うとして、まずはノーマに礼を言っておこう。

 本当に危なかった。命の恩人だ。

 心を込めて、誠実に礼を述べる。

 

「ノーマのおっぱい、柔らかかった」

「他に言うことないんかぃ!?」

 

 いや、その柔らかクッションのおかげで俺は無傷でいられたんだし!

 これがエステラだったら、俺、全身複雑骨折してたかもしれないぞ? いや、きっとそうなっていた!

 

「エステラさんなら、骨折くらいはしてましたわね」

「こらイメルダ。アタシが思っても口にしなかったことを簡単に言うんじゃないさね」

 

 ほっほぅ。

 心ではみんな同じことを思っていたわけか。

 すげぇなエステラ。お前の信用度、100%だぜ。

 

「うまい具合に支柱の方が土に埋まってるから、この状態で回転テストを始めよう」

 

 丸太を持って、結構な乱暴さでベアリングを回転させる。

 ガキの遊びは決して上品ではない。これ以上はないだろうというくらい乱暴に扱って壊れなければ品質OKと見なせるだろう。

 

「本当に……はぁ、はぁ……頑丈ですわね」

「そう……さね…………ふぅ」

 

 くるくると、軽い力で回るのが面白かったらしく、女子二人が一緒になって夢中で回し続けていた。

 ……とはいえ、持つ方も丸太なんだけどね。そこそこ重たいはずなんだが……ノーマはともかく、イメルダもパワフルになりつつあるのだろうか。

 

「デリアさんなら壊せますわね、きっと」

「そうさね。呼んでくるさね」

「壊すのが目的じゃないから!」

 

 壊されてたまるかってんだ。

 使うんだよ、この後。

 

「よし。テストは終わりだ。取り外してくれ」

 

 本日テストを行ったベアリングは三つ。

 遊具は三台作る予定だ。

 

「それじゃ、あのキツネ大工に『しっかり作れ』と伝えておいておくれな」

「『ウチの木材を一欠片も無駄になさいませんように』とも、お願いしますわ」

 

 今回、ノーマとイメルダは留守番だ。

 本当は行きたいんだろうが、ぞろぞろと押しかけるわけにはいかない。

 

「聞いたところによりますと、後日、四十二区でも『宴』を催すそうですわね」

「そん時は、アタシらも存分に楽しませてもらうさね」

 

 行きたい行きたいと駄々をこねるようなことはない。

 やっぱり大人なんだな。

 

「綿菓子も、早く食べられるようにしてほしいさね。待ってるからね」

「綿菓子!? なんですのそれは!? 初耳ワードですわ!」

「ヤシロの考えた、ふわふわで甘いお菓子さね」

「食べたいですわ! 食べたいですわ! 今すぐに作ってくださいまし!」

 

 あぁ……イメルダはまだ子供だな。

 あと、ノーマ。俺が考えたんじゃないから。

 

「じゃあ、四十二区のこと頼むな」

「あぁ、任せといておくれな」

「ワタクシがいるのですから、何も問題ありませんわ」

 

 ドンと胸を張ってぷるんと揺らす二人。

 実にいい!

 

「お前ら、ホントいいヤツだなぁ」

「絶対おっぱいの話ですわ」

「絶対おっぱいの話さね」

 

 どことなく冷ややかな視線を背中に受けつつ、俺は木こりギルドを後にした。

 

 

 

 

 

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