大通りから教会までの東側は、客が入ってくる場所なので食べ物関連の店を多く設置してある。そこで軽く腹ごしらえをしつつ、お腹がいっぱいになったら歩いてもらって、西側で買い物や出し物を楽しんでもらい、小腹が空いたら来た道を引き返しつつまた何かを摘まんでもらうと、そういう流れになるように店を配置してあるのだ。
「ヤシロー! ベビーカステラ食べな~い?」
可愛らしい浴衣を着たネフェリーが出店の中から手を振ってくる。
「再来月辺りになー!」
……ベビーカステラも、しばらく見たくない。
ベルティーナがいてくれてよかったと思った初めての夜だったな、あの特訓の日は。
「とても美味しいですね、このフランクフルト。あと六十本ください」
「ろっ、六十本っ!?」
カンタルチカの出店でパウラの度肝を抜いている『今回の祭りのメインイベントのために今頃は教会で大人しくしていなきゃいけないはずのシスター』っぽい人が見えたが気のせいだと思い込むことにした。……気にしているとこっちの精神がもたない。本番さえちゃんとしてくれりゃそれでいいさ。
「さぁさ、とくと見るでござる! これが、拙者が七十二分もかけて完成させた傑作中の傑作! 『鼻の下を伸ばす英雄像』でござる! 精悍なる英雄殿の日常の一コマを華麗に再現し…………んぬあぁっ!? どこかから飛んできた拳大の岩が英雄像に直撃して、英雄像の首がもげ落ちたでござる!? 誰がこのような酷い仕打ちを!?」
なんか今、頭のおかしな出店が一瞬視界に入った気がするけど、きっと気のせいに違いないし、中三の体力測定のハンドボール投げで30メートル超えを記録した俺の肩も鈍っていない。
「やっほ~☆ 海漁ギルドの釣り堀だよぉ~☆ 釣ったお魚はそのまま食べちゃっていいからねぇ☆」
デリアから話を聞いたというマーシャが、「海漁ギルドも参加した~い!」と言っていたが、釣り堀とは考えたな。いつもマーシャが陸に来る時の水槽を改良したものに海魚が大量に泳いでいる。その縁から釣り糸を垂らして釣り上げるのだ。…………が、なんでマーシャも中に入ってんだよ? そして、オッサンどもが目の色を変えてマーシャ狙いで糸を垂らしている。
あぁ、あれか……マーシャを釣り上げて『そのまま食べちゃいたい』わけか。……男って、ホント…………バカなんだな。
「すごい人出だね……少し歩くだけでも一苦労だよ」
「まったく、このワタクシに道を譲らないなんて……不敬ですわ!」
「我慢しろ。祭りなんてのはこういうもんだ」
「まったく…………人が多いせいで、ヤシロにぴったりくっつかないと進めないじゃないか……」
「ヤシロさん。仕方なく密着して差し上げますわ」
文句を言う割には、なんか声が嬉しそうだな、こいつら。
人の波に揉まれ、俺たちはようやく陽だまり亭の前へとたどり着いた。
何倍くらい時間がかかったのだろうか……もうへとへとだ。
この位置に休憩所があってよかった…………うわぁ……
「満員御礼だね」
「座る場所がありませんわね」
己の目を疑いたくなる光景が広がっていた。
陽だまり亭に人が溢れ返っているのだ。
「ただいまご注文を伺いに参りま~す! 少々お待ちを~!」
ごった返す人の合間を縫うように、ジネットが忙しく駆けずり回っていた。
ちょこちょこと妹たちも走り回っている。
大繁盛だ。
休憩する客は多いだろうと思ったのだが、多くが出店の食い物を持ち込むだろうと予想していた……だから、陽だまり亭で注文をする者は少ないだろうと……だが、予想に反して客たちはジネットや妹たちに注文をしていく。次から次へとだ。
「原因はアレですわね」
イメルダがアゴで指した先には、ウーマロに作らせたガラスのショーケースが設置されている。
そこには、ベッコの作った食品サンプルが並べられているのだが……その中の一つ。ちょうど中央にドドンと置かれた食品サンプルに子供たちが群がっている。
「すげぇー! フォークが浮いてるっ!」
「どうなってんの、これ!?」
「ねぇ、あなた、これ食べてみませんか?」
「そうだな。じゃあ、みんなで食べるか。すみませーん!」
「はぁ~い! 順番にお伺いしますので、座ってお待ちくださ~い!」
ミートソースパスタ(フォーク浮かびヴァージョン)の影響力、半端ねぇな!?
「このワタクシが認めた物ですもの。庶民が関心を持つのは当然ですわ」
いや、まぁ、想像以上の反響は嬉しいんだが…………
この様子じゃあ、ジネット暇にならないんじゃないか?
「あ、ヤシロさん! 見てください! すごいです! ヤシロさんの言ったことをやったら、お客さんがこんなに! わたし、今すごく嬉しいです!」
「すみませ~ん!」
「は~い、ただいまぁ~! すみません、行きますね!」
ぺこりと頭を下げて、ジネットが接客へと戻っていく。
……なんか、幸せそうだったな。
なら、まぁ…………いいか。
「ボクたちも手伝った方がいいのかな?」
「いやぁ、俺たちじゃ返って足手まといになるかもしれん」
俺はここ最近食堂経営から離れ過ぎていた。ポカミスなんかした日には取り返しのつかないことになりそうだ。
「弟たちかデリアあたりに応援を頼んでみよう」
「そうだね」
「では、ヤシロさんはワタクシの接待を続けられるのですね?」
「ん? あぁ、まぁ、一通り見るくらいは……」
「何をおっしゃっているんですの!? 一周目は下見! 二周目が初戦! 三周目が本戦で、四周目がアンコールですわ!」
「ここを四周もしたら日が暮れちまうぞ……」
「そこからがこのお祭りのメインイベントなのでしょう? ちょうどいいタイミングですわ」
こいつ……一日中俺を引っ張り回す気か…………
「さぁ、ヤシロさんに、エステラさん。もう一度お好み焼きを食べに行きますわよ!」
「……ヤシロ……」
「……言うな…………口にすると実感して、つらくなるぞ」
「………………接待って、大変だね」
「…………ま、仕事だからな」
ジネットが食堂の仕事を頑張っている以上、俺は俺の仕事を頑張ろうと思った。
人ごみの中を何往復もし、俺の体力がガリガリ削られて、『気を遣い果たして、ヤツは今生命力を燃やして立っているんだ!』みたいな、少年漫画の主人公の境地に達した頃、太陽がその姿を地平の向こうへと隠した。
四十二区に夜が来る。
そして、祭りは闇と炎の彩る夜の饗宴へと姿を変える――
本番は、ここからだ。
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