異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

121話 三者会談 -1-

公開日時: 2021年1月27日(水) 20:01
文字数:3,162

「以上のように様々な面で優遇されていることを、ボクは軽視していた。その点に関して……」

 

 四十一区。

 現在、リカルドの屋敷にて三者会談が開催されている。

 出席者は、四十区からは領主アンブローズ・デミリーと木こりギルドのギルド長スチュアート・ハビエル。四十一区からは領主リカルド・シーゲンターラーと狩猟ギルドのギルド長メドラ・ロッセル。そして、四十二区からは領主代行エステラ・クレアモナと陽だまり亭従業員オオバ・ヤシロ。……俺だけ、明らかに場違いなんだが……

 それから、立会人として三区を股にかけて活動している行商ギルドのアッスントと、狩猟ギルド支部のウッセ、そして木こりギルド支部のイメルダも同席している。この三人はあくまで話を聞く立場で、求められない限り発言権は与えられない。

 

「……というわけで、リカルド。本当にすまなかった。この通りだ」

 

 エステラが深々と頭を下げる。

 以前の手紙で伝えた通り、三者会談の前に時間をもらって、これまでの非礼を直接謝罪しているのだ。

 これを済ませないと、対等な立場での話し合いが出来ないからな。

 まぁ、エステラが進んで謝りたいと言い出したことなので、俺は特に口を挟むつもりはない。強要されたのなら、あの手この手で妨害したかもしれんが。

 

「それから、デミリーオジ様、ミスター・ハビエル、ミズ・ロッセル。ボクのために時間を作ってくれてありがとう。心から感謝します」

 

 胸に手を当てて、礼をするエステラ。

 その後でもう一度リカルドに向き直り、清々しい表情で言う。

 

「リカルドも。聞いてくれてありがとう」

「…………ふん」

 

 向けられる笑顔に、リカルドは不機嫌そうに視線を外した。

 だが……

 

「『ふん』じゃないよ、リカルド!」

 

 メドラがリカルドに怒号を飛ばす。……まぁ、本人は「ちょっと強く注意した」くらいのつもりなんだろうがな。……リカルドがやかましそうにメドラ側の耳を塞ぐ。

 

「……声がでけぇよ、メドラ」

「デカくもなるさ! 一地域を治める領主の代行が、きちんと筋を通して高貴な頭を下げたんだ! だったらあんたも、それなりに言う言葉ってもんがあるんじゃないのかい!? えぇ、どうなんだい!?」

「……っせぇな……言われなくても分かってるよ」

 

 メドラを一瞥した後、リカルドは座ったままエステラを見据える。

 数秒間ジッと見つめた後……軽いため息とともに視線をあさってな方向へと逸らす。

 

「まっ、いいんじゃねぇの……」

「そうか。それじゃ、これからもよろしくね、リカルド」

「………………あぁ」

 

 どんな毒にも真正面から立ち向かえるようになったエステラに、リカルドの方が毒気を抜かれた感じだ。

 この勝負は、エステラの勝ちだな。

 長々と二区間の間に横たわっていた軋轢を払拭してみせた。

 

「アタシからも、正式に謝罪させてほしい」

 

 エステラの話が一段落した後、今度はメドラがそんなことを言い出した。

 

「今回、双方にとってよくない噂が広がっちまったのは、ウチの若いもんの不手際、つまりはアタシの不手際だ。思慮に欠ける、短絡的な行動だった。申し訳ない」

 

 デカい体を『く』の字に折って、メドラが深々と頭を下げる。

 これで、四十二区と四十一区、双方のわだかまりも取れただろう。

 

 頭を上げたメドラは、体を少しひねり、リカルドへと振り返る。

 

「リカルドも、すまなかったね。勝手なことをしちまって」

「まったく。テメェが勝手なことをするから、ここまでこじれたんだろうが。耄碌してんなら、いい加減引退したらどうだ?」

「引退したら、ここのメイドとして給仕に勤めてやるよ」

「……冗談でも、そんな縁起の悪ぃこと言うんじゃねぇよ」

 

 本気で嫌そうな顔をするリカルド。

 ……先日のふりふりエプロン姿を見せてやりたかったよ。……夢に出てくるんだぜ、アレ。

 

「狩猟ギルドを引っ張っていけるのはミズ・ロッセルだけだよ。引退なんてとんでもない。考え直すことを勧めるよ、リカルド」

「ほぅらごらん! エステラ嬢の方があんたよりも見る目がありそうだよ、リカルド」

「うるせぇぞ、クソババァ」

「リカルドッ! わざわざ足を運んでくれた他所様の領主代行に向かって、ババアとはなんだい!?」

「テメェに言ったんだよクソババァ! 何をさりげなく他人になすりつけてんだ!」

 

 思わず立ち上がり抗議するリカルドだったが、俺たちが見ていることに気が付き、咳払いをして再び椅子に腰掛けた。

 ……こいつ、コレが素なんだろうな。

 

「しかし、これで妙なわだかまりもなくなったわけだ。よかったじゃないか」

 

 場を取り繕うようにデミリーが言う。

 丸く収めるのが得意なのだろう。さすが丸坊主。

 

「つるっと収めてくれてありがとう」

「うん、黙ろうか、オオバ君」

 

 笑顔のデミリー。だが、こめかみがぴくぴく引き攣っている。

 

「だがまぁ。謝罪を受け取ったからといって、街門を許容するわけにはいかねぇけどな」

「え、なんでさ? ケチくさいこと言ってるとハゲるよ?」

「ほっほぅ、エステラよ。それ、私にもかなりのダメージ与えているから、気を付けてな」

 

 デミリー、とばっちりである。

 

「俺『は』ハゲねぇよ」

「ん~、もう帰っちゃおっかなぁ~!」

「まぁまぁ、アンブローズ。いいじゃねぇかよ、ハゲくらい。減るもんじゃねぇんだし」

「これ以上減りようがないからねぇ!」

 

 ハビエルが火に油を注ぐ。

 ったく、挑発するようなことを言ったリカルドも悪いが、くだらない挑発に乗るデミリーも大人げない。

 しゃーない。俺がちょっと空気を引き締めてやるか。

 

「お前らいい加減にしろよ。大人、毛がないぞ」

「な~んで、そこで切ったのかなオオバ君!?」

「ハゲを煽んじゃねぇよ、テメェは」

「ヤシロよぉ、そりゃあワシも擁護できねぇぞ」

「ダーリン。オイタが過ぎるよ」

「ヤシロ。真面目な場なんだから、弁えてよね」

 

 猛抗議を食らった。総攻撃だ。

 なんだよ、人が折角親切心でさぁ……

 

「とにかく、四十二区が街門を作るってんなら、少なからず四十一区の収入は減る。その分の補填は必ずどこかでしてもらう」

 

 四十一区の現状を鑑みるに、リカルドの言い分は仕方のないことなのかもしれない。

 今でさえ、四十一区内では経済がうまく回っていないのだ。富は一部に偏り、多くの者が割を食っている。ワーキングプアとニートの巣窟なのだ、今の四十一区は。

 

 これ以上、わずかでも収益を減らすわけにはいかない。

 それは、リカルドたち四十一区にとって切実な思いでもあるのだ。

 

 かと言って、街門を白紙撤回するわけにもいかない。

 四十二区だけのことを考えているとか、わがままだとか、なんだかんだで結局陽だまり亭に客を呼びたいだけじゃねぇかとか、そんな非難は一切聞こえない。

 こいつは四十二区と、それから、四十区にも関係することなのだ。

 木こりギルドは、四十二区側の森へ簡単に行き来できる街門を求めている。

 そのために支部まで作ったのだ。施設も、もう七割方完成してしまっている。今さら撤回は出来ない。

 

 だからといって、四十一区の減益分を補填するために通行税なんてものを導入されたりしたら、今度はアッスントたち行商ギルドが割を食う。もちろん俺たち四十二区の住民にとっては死活問題だ。

 

 あぁ、困った、どうしよう。

 

 リカルドが心底嫌なヤツで、人間のド底辺で、沼の底に沈殿したヘドロのような最低最悪のクズ野郎であったならば、四十一区にすべての負荷を押しつけて、俺たちだけで「ソーベリーハッピー!」ってエンディングも悪くはなかったんだが……

 

 なまじ、ヤツのことを知ってしまったばっかりにそうもいかない。

 エステラにしても、リカルドの屍の上に築かれた幸福では居心地が悪かろう。

 

 そして、メドラを放し飼いにしたら、マジで俺がヤバイ……

 あいつはリカルドのところで面倒を見てもらっているのがベストなのだ!

 

 そんなわけで、俺がまたほんのちょこっとだけ出しゃばってみようかと思う。

 

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