異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

229話 リベカとフィルマン -2-

公開日時: 2021年3月23日(火) 20:01
文字数:4,140

「じゃあ、本人に直接言ってこい」

「はい。行ってきますっ」

 

 腹が決まったのか、度胸がついたのか、フィルマンは落ち着いた声で力強く言い放つ。

 俺は安心してその背中を見送った。

 

 あとは、ドニスをつり上げる算段を考えれば……

 

「リベカひゃん!」

 

 噛んだな、盛大に!?

 

「あのっ、あの、あ、あ、あ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……」

 

 壊れた!?

 フリーズしてるぞ、あいつ!?

 

「は、恥ずかしいっ!」

 

 え、なに、自分を客観的に見て? あぁ、そうだね、恥ずかしいね。

 

「……好きの一言も言えない男に、価値などあるのでしょうか?」

 

 モーニングスターを握りしめてソフィーの影が揺れる。

 マグダ、全力で止めといて!

 

 と、マグダを見ると……なんか、俺のことをじぃ~っと見つめていた。ロレッタも、ジネットまでも。

 んだよ。

 何が言いたいんだよ、お前ら。

 

「覚悟をお決めなさい!」

 

 拳を握り、ソフィーが厳しい声でフィルマンを叱咤する。

 そして、不安の滲む瞳でこんな言葉を追加した。

 

「――そうすれば、私も出来うる限りの協力を、惜しみません」

 

 ソフィーは、リベカが一番喜ぶであろう未来を選んだ。

 少しの不安と寂しさと、強い責任感と、多大なる愛情を持って。

 

「私、彼氏などいたことがありませんので、相談とか一切乗れないでしょうけれど!」

 

 うん、その告白は要らなかったんじゃないかな。

 

「分からないところは、バーサに聞いて対処します!」

「このバーサめも、彼氏などいたことがございません!」

 

 バーサも、余計な告白しなくていいから!

 そして、その後に意味深なウィンクを俺に飛ばしてこなくていいから!

 

「「……爆発すればいいのに」」

 

 ソフィーとバーサの声が重なる。

 応援したいのか邪魔したいのか、どっちだお前ら!?

 

「フィルマンさん」

 

 胸の前で手を組み、ジネットがベルティーナを彷彿とさせる微笑みを湛えてフィルマンに声をかける。

 シスターであるはずのソフィーより、よっぽどシスターっぽい神聖な雰囲気で。

 

「恥ずかしい気持ちはお察しします。わたしも、恥ずかしくて言葉が出ないことはよくありますから」

 

 照れ笑いを浮かべて、おどけてみせるジネット。

 フィルマンの緊張を和らげようとしているようだが……ジネットにも、そんなことがあるんだな……なんて感想を抱いてしまった。

 

「でも、勇気を出すべき時はあると思います。この先のあなたの人生のために。そして、大切な方の幸せのために」

 

 ジネットにしては珍しく、他人の行動を後押しするような積極性が垣間見える。

 ジネット自身がそうしてほしい、そうするべきだと思っていると、はっきりと分かる。

 ただ他人の恋バナにテンションが上がって無責任に煽り立てる……そんなことはしないだろうから、何か理由があるはずだ。

 フィルマンの行動を促す理由が……それは…………

 

「分かっていても、言葉にしてもらわないと不安になる――そんな時があるんですよ、女の子には」

 

 そう言って、そっと前方を指し示す。

 その先には、顔を真っ赤に染め、瞳に涙をいっぱい溜めたリベカが立っていた。

 空気を読めば答えは分かる。それが自分の望むものだと分かりきっている。

 けれど、あと一歩のところで不安が拭いきれない。

 

 リベカの涙腺は、決壊寸前までに膨れ上がっている。

 涙をこぼす理由が、不安か歓喜か、そこには天と地ほどの差がある。

 

 ジネットは、あの幼い、精一杯背伸びをした少女を救ってやりたかったのか。

 

「彼女を救えるのは、フィルマンさん。あなただけだと思いますよ」

 

 言い切って、「すみません、出過ぎた真似を」と頭を下げる。

 けれど、ジネットの顔に後悔の色はなかった。

 いや、立派な説教だったよ。いつでもシスターになれそうだ。ならないだろうけど。

 

 ジネットの言葉を受け、フィルマンの表情が変わる。

 俺が無理やり背中を突き飛ばしたり、ソフィーが脅迫まがいに迫ったりしても、フィルマンの心には届かなかった。

 けれど、ジネットの言葉はすんなりと届いたようだ。

 いや、リベカの涙が、フィルマンの心に響いたのかもしれない。

 

「リベカさん」

 

 背筋を伸ばし、毅然とした態度で、フィルマンはリベカの前に立つ。

 

「ずっとあなたを見つめていました。あなただけを、見つめていました」

「ひゃぃ………………はい」

 

 リベカも、舞い上がった気持ちを落ち着け、真剣にフィルマンの声に耳を傾ける。

 

「あなたが、リベカさんが好きです。僕と、結婚してください」

「………………はい。……よろこんで、なのじゃ」

 

 瞬間、歓声が上がる。

 陽だまり亭女子とバーサが歓喜の声を上げる。

 

 恥ずかしそうに見つめ合うリベカとフィルマン。だが、その表情からは不安の色が消え、安堵と幸福感がほころぶ笑みを彩っていた。

 誕生したばかりの新しいカップルのなんと初々しいことか……けっ。なんで俺がこんな場に立ち会わなけりゃいけないんだか……

 

「リベカッ!」

 

 歓声を上げるマグダとロレッタの隙を突いて、ソフィーがリベカに駆け寄り、抱きついた。

 抱きついて、ずるずると腰を落とし、地べたに座り込んで……

 

「おめでとぉぉおおぅうおおおおっ!」

 

 号泣し始めた。

 リベカにしがみついて泣きじゃくるソフィー。

 まぁな。リベカのあの顔を見りゃ、反対なんか出来ないよな。あんな、幸せの絶頂みたいな素直な笑顔を見ればな。

 

「やったな、フィルマン」

「痛っ!? ……痛いですよ、ヤシロさん」

 

 頑張ったフィルマンの肩を、全力で殴り飛ばす。

 これくらい甘んじて受けておけ。でないと、反動で物凄く不幸な目に遭いかねないぞ。人生の幸不幸は均等なのだ。人生楽あれば苦もある。リアルが充実すれば爆発する。そういうものなのだ。

 

「皆様」

 

 にわかに騒がしくなった礼拝堂の中に、バーサの声が響く。

 静かながら耳によく届き、意識を引きつけられるような声に、俺たちは全員黙ってバーサを見た。

 そんな俺たちの見守る中、バーサが床にヒザを突き、手を突いて頭を下げた。

 

「今見たことを、『精霊の審判』にかけないとお約束願います」

 

 それは意外な行動だった。

 そもそも、『精霊の審判』は当事者間でしか効力を発揮しない。

 なので、仮にこの二人に何かあって結婚がご破算になったとしても、俺たちにはそれを『精霊の審判』にかけることは出来ない。

 にもかかわらず、バーサはここで、あえて言葉にさせようとしている。

 それはなぜだ。

 

「親心というものですよ」

 

 戸惑いが顔に出ていたのか、ジネットが俺に説明をくれた。

 

「どんな些細なことでも、可愛い我が子の進む道に障害がないようにと、こうして幾重にも保険をかける……それは、我が子を愛するが故の至って普通の感情なんです」

「そんなもんなのか」

「はい。シスターが昔、そんなことを言っていましたから」

 

 それが親心というものらしい。

 

「それに……」

 

 と、ジネットが体を寄せ、耳打ちをしてくる。

 

「そうやって愛情を見せることで、相手への牽制にもなるそうです。『これだけの人を巻き込んだのだから、簡単に破棄などせぬように』と」

 

 なるほど。

 確かに、こんな場面を見せられちゃ、「やっぱ結婚すんのや~めた」とは、言いにくいよな。バーサは土下座までして、俺や、無関係のジネットたちまで巻き込んだのだから。

 これで婚約を反故にしたら……あとで何をされるか分かったものじゃない。特に、俺辺りに。

 

「分かった。この件に関して、俺は『精霊の審判』を使わない」

「わたしも、使いません」

「……同じく」

「以下同文です!」

 

 陽だまり亭一同は全員異論もなく同意した。

 ……って、明言しなくてもいいのかよ。

 

「私も、異論はありません。二人を信じます」

 

 ソフィーも泣き腫らした目ではっきりと言う。

 結構重たいものを背負わされたな、フィルマン。

 

「ありがとうございます、皆様」

 

 立ち上がり、バーサがもう一度頭を下げる。

 と、同時に、フィルマンがガックリと床にくずおれる。

 

「ふぁぁあ……………………き、緊張……しました……」

 

 精も根も尽き果てたような顔をしている。

 まぁ、しょうがないか。

『遠くから見つめる』の次のステップが『プロポーズ』って、順番デタラメ過ぎるしな。

 

 本当に、ゆっくり話すのが付き合った後になっちまったな。

 というか、今現在、こいつらまともな会話してなくないか?

 天気がどうとか、好きな食べ物がこうとか、そういった普通の話を。

 そもそも、趣味が合うかも分からないのにただ『好き』ってだけでよくそこまで突っ走れたものだ。『精霊の審判』があるこの街で。結婚の約束だって、反故にすればカエルにされかねないってのに……若さ、かねぇ。

 

 その無茶っぷりに、とうの二人が気付いていないんだから……前途多難だな、こりゃ。

 けどまぁ、そんなもんは百も承知で。こっから先が難題なんだよな。

 

 本人同士の意思は確認した。

 そうなった場合に立ちはだかる問題は、大きく二つ。

 

 麹工場の後継者問題と、ドニスの古い価値観――亜人に対する意識の問題だ。

 どちらの問題も、一応布石は打ってあるが……

 

 ドニスの口から『亜人』なんて言葉が出てきたら、一瞬で破談にだってなりかねない。

 古い人間なら、貴族に嫁いだアゲハチョウ人族の悲劇を知っているかもしれないし。

 貴族と亜人の結婚には、敏感かもしれない。――マーゥルの手紙が、どれだけ効果を発揮するのか……賭けだな。まぁ、勝算はあるけどな。

 

 その前に、だ。

 こっちはこっちでやらなきゃいけないことがある。

 

「おめでたいお話に水を差すようで申し訳ありませんが、いくつかお話をさせていただいてよろしいでしょうか」

 

 口火を切ったのはバーサだった。

 麹工場がリベカの結婚に伴って直面する問題。そいつを解決、ないし、被る被害を最小限に抑える方策を提示しなければいけない。

 

 ちょうどアイテムは入手した。

 ポエマーフィルマンがアホなポエムを書こうとしていたノートとペン。

 それを構えて、俺は麹工場の連中と相対する。

 

 

 今回の件。お前にしちゃよく頑張った方だよ、フィルマン。

 こっから先は、俺の領分だ。

 うまく操ってやるから、上手に踊るんだぞ。

 

 

 そうして、礼拝堂での第二回戦が静かに幕を開けた。

 

 

 

 

 

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