異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

341話 結論を下す時 -3-

公開日時: 2022年3月10日(木) 20:01
文字数:3,795

 ゴッフレードたちとの会話を終えて、みんなのもとへと引き返すと真っ先にオルキオが駆け寄ってきた。

 

「ヤシロ君。申し訳なかったね。なんだか、面倒なことになってしまったようで」

 

 今日のことをベックマンに話したのはオルキオだ。

 その責任を感じているのだろう。が、まぁ、他のタイミングで来られてたらもっと迷惑していたところだ。

 よくはなかったが、最悪は回避できたと思っておこう。

 

「大丈夫だ。むしろ、ウィシャートのところへ行く前でよかった」

「ウィシャートに会いに行くのかい?」

「あぁ。説明をしに来いと言われてるんでな」

「……ヤシロ君を招いたのかい? 一体なぜ……」

「というか、エステラを呼び出しやがったから俺が割り込んだ感じかな」

「あはは。それなら納得だ」

 

 軽く笑った後、オルキオは視線を鋭くして声を潜めた。

 

「エステラさんを一人にしてはいけないよ。連中は、女性や子供だからと手加減はしない」

 

 むしろ、そういう相手にこそ連中は容赦をしない。

 

「まぁ、何かあればなんでも相談しておくれよ。なかなか会いには来られないけれど、ヤシロ君や四十二区のみんなのためになら可能な限り協力をするから」

「そうか。助かる」

 

 協力してくれるのか。

 そうかそうか。

 

「もう少し近くに住んでいれば、今の言葉を盾にあれこれとおねだりをしに行くところだがな」

「あはは。さすがに三十五区は遠いからね。シラぴょんもね、もっと四十二区に遊びに行きたいって言っているんだよ。陽だまり亭のご飯をもっと食べたいって」

「引っ越してこいよ」

「それは素敵な提案だね。でも、私は三十五区で仕事を始めたところだからね。彼らを放ってはおけないよ」

 

 獣人族、虫人族の身元保証と彼らへの仕事の斡旋。

 オルキオがいなくなると困る連中もいるのだろう。

 

「それがなければ、こっちに来てもいいかもね。シラぴょんとのことを除けば、楽しい思い出のほとんどはこの街でのことだからね」

 

 貴族だったころより、お家取り壊し後に流れ着いた四十二区での生活の方が楽しかったとオルキオは言う。

 

「最近はアゲハチョウ人族のみんなも考え方を改めてね、シラぴょんも大分自由に行動できるようになったんだよ」

 

 これまでは『悲劇のシラハ様』から一時も目を離せなかったアゲハチョウ人族。

 それも、ウェンディたちの結婚式から変わった。

 今では、お付きの者もなくこうして遠出できるようになっている。

 オルキオの存在も大きいのだろう。

 

「じゃあ、もっと頻繁に顔を見せてやれよ。ジネットが喜ぶ」

「そうだね。心がけておくよ」

「で、ついでに俺のお願いも聞いてくれ」

「あはは。そうだね。出来ることなら、ね」

「いやいや。到底不可能なことであっても死ぬ気でムリしてくれていいからな?」

「親切ぶって、何をとんでもないことを言っているんだい、ヤシロ君? ちょっと本気っぽくて心臓がキリキリしてきたよ……」

 

 可愛らしくおねだりをしたところ、オルキオが死にそうな顔になった。

 なんだよ。度量の小さい。

 

「ヤーくん」

 

 シラハと一緒にいたらしいカンパニュラが駆けてくる。

 

「お疲れ様でした。話し合いは実りあるものになりましたでしょうか?」

「まぁ、まだなんともだな」

「そうですか。ですが、ひとまず無事に終わったようで安心しました。……あちらの方からは、少々危険な香りがしていましたので。ヤーくんが酷いことをされないかと不安でした」

 

 ゴッフレードを警戒していたらしいカンパニュラ。

 誰にも分け隔てなく接するカンパニュラだが、ジネットよりかは警戒心があるようだ。

 

「まぁ、ヤシロの方が乱暴しようとしていたけれどね。モーニングスターで」

 

 ポンッと肩を叩き、エステラがしたり顔で言う。

 え、なに?

 お前はそーゆー一言を言わないと発作でも起こすの?

 

「カンパニュラ。危険人物には近付いちゃダメだよ」

「はい。ですが、ヤーくんは危険な方ではありませんよ。とても優しい頼れる方です」

「……どうしよう。最も危険な人間のそばに置いたせいで、カンパニュラの危機探知能力が故障したみたいだ」

 

 エステラの冗談に、カンパニュラがくすくすと笑う。

 余裕な雰囲気であしらわれてるぞ、エステラ。

 どっちが領主か分かんねぇな、もはや。

 

「カンパニュラ」

「はい」

「もしかしたら、だけどな」

 

 冗談に笑っていたカンパニュラの瞳が俺を見上げる。

 目線を合わせるようにしゃがんで、カンパニュラの瞳を覗き込む。

 

「お前の親戚に酷いことをするかもしれない」

 

 絶縁したとはいえ、ウィシャート家はカンパニュラと血の繋がりがある親類だ。

 そこをどうこうしようという俺を、こいつはどんな目で見るのだろうか。

 

「誰も傷付かない未来が一番望ましいのはもちろんですが――」

 

 胸の前で手を組んで、カンパニュラは九歳とは思えない落ち着いた笑みを湛えて言う。

 

「私は、ヤーくんの成そうとしていることを支持します。ヤーくんなら、きっとみんなが笑って暮らせる未来に導いてくれそうですから」

 

 それは、ともすればジネットやベルティーナが見せるような落ち着いた微笑みで……よく見てるな、ホント……と、少し呆れてしまった。

 

「それに、私は子供ですので政治の難しいお話は分かりませんから」

 

 よく言うよ、まったく。

 

 こんな小さい子供なのに、よく理解している。

 改革には痛みを伴うと。犠牲がつきものだと。

 

 個人的な感情を挟まずそう言えてしまうのが、ちょっと怖いよ。

「母様たちをいじめたウィシャート家は嫌いだから潰れてしまえばいいと思います」くらい言ってくれれば、逆に子供らしくて安心できるんだがな。

 

「カンパニュラ。四十二区は好きか?」

「はい。素敵な方ばかりで、笑顔が絶えなくて、私の第二の故郷だと思っております。私、四十二区が大好きです」

「「「じゃーもう引っ越しておいでよカンパニュラちゃーん!」」」

「急に湧いてくるな大工ども!」

 

 あっれぇ、よく見たら農業ギルドの連中も混ざってるな。

 あ、木こりもいる。木こりは全員イメルダ一筋だと思っていたのに、浮気者め。

 

「ありがとうございます。でも、母様たちが寂しがりますので」

「「「俺たちも寂し~ぃ!」」」

「あらあら。困りましたね。うふふ」

 

 キモいオッサンどもが筋肉をむっきむっき言わせて身をよじっている。

 じゃあ、代わりにお前らが四十二区を出て行くってのはどうだ? 名案じゃね?

 

「かにぱんしゃ、おうち、帰ぅ、の?」

 

 不安そうなテレサ。

 そうだな。こいつが一番寂しがるだろうな。

 答えにくそうにしているカンパニュラに代わって、俺が短く答える。

 

「ウィシャートとのゴタゴタが片付けば、な」

「……そっか」

 

 俯き、つま先で足下のレンガをなぞる。

 

「けど、おとーしゃとおかーしゃと一緒が、いちばん、だもん……ね」

 

 そうして、寂しさを飲み込んで我慢する。

 

「でも、今すぐってわけじゃない。それまで、思い切り甘えさせてもらえ」

 

 テレサの頭に手を乗せると、テレサはくしゃっと笑って「うん」と頷いた。

 

「……ぁ、うんじゃなかった。はい」

「『うん』でいいよ」

「いい……の?」

「あぁ。俺の前ではな」

「…………うん」

 

 にこーっと笑って、テレサが俺の胸に飛び込んでくる。

 

「えーゆーしゃ、だいしゅち」

 

 わーい、モテたモテた。

 

「おい、ヤシロ、ちょっと相談が――」

「あぁーっと、モーニングスターが滑りましたわっ!」

 

 うん、聞こえない聞こえない。

 面白家族のドツキ漫才(致命傷)なんか、な~んにも聞こえない。

 

「ヤシロさん」

 

 テレサとカンガルーの親子ごっこをしていると、ジネットが不安そうな顔で声をかけてくる。

 

「あの方たちは、危険な方なのでしょうか?」

 

 ゴッフレードに臆することなく、というか一切気にも留めず振る舞っていたジネット。

 きっとノーマやパウラあたりから話を聞いたのだろう。

 

「まぁ、危険ではあるな」

「そう……ですか」

 

 ジネットがゴッフレードのことを知らなかったのは幸いかもしれない。

 俺がいなかった時期も、そこまで追い詰められることがなかったってことだもんな。

 

「ヤシロさんの恩人の方なので、心よりのおもてなしをしたいと思ったのですが……止められてしまいました」

「ゴッフレードはともかく、ベックマンなら問題ないんじゃないか?」

「ゴッフレードさんはベックマンさんのお友達ではないのですか?」

「友達かどうかは知らんが、俺が助けられた件とは無関係だな」

「そうなんですか」

 

 そんな話をすると、ジネットはどこかほっと息を漏らした。

 

「では、パウラさんの忠告を無視することなく、ご招待が出来ますね」

 

 おそらく、「ゴッフレードだけには絶対近付くな」とか言われたんだろうな。

 パウラ、本気でゴッフレード嫌いだもんな。

 俺としても、ジネットはゴッフレードとは関わってほしくない。

 

「あ、でも」

 

 眉根を寄せて、視線を二度三度とさまよわせて、意を決したようにジネットが俺に忠告する。

 

「どんな方であれ、凶器を人に向けてはいけませんよ? 間違って怪我でもさせてしまえば、きっとヤシロさんの心まで傷が付いてしまうと思いますから」

 

 仮に、あの時あのままモーニングスターでゴッフレードの顔面を潰したとして、「うわぁ、心に傷が~」程度で済むなら安いもんだよ。

 というか――

 

「そういうのは、日常的に俺に刃物を突きつけてくるお前の親友に言ってやってくれ」

「では、エステラさんにそういうことをされないよう、ヤシロさんは言動に気を付けてくださいね?」

 

 うむ。

 

 きっとこういうのを『贔屓』と言うのだろう。

 まったく、酷い世の中だ。

 

 

 

 

 

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