「あれぇ、エステラじゃない?」
「「――っ!?」」
突然、私の背後から声がして、私も、そして赤髪の少女も揃って肩を震わせた。
……誰よ、このいかにも密談してるって雰囲気の中話しかけてくる空気の読めないヤツは!?
顔でも見てやろうと振り返ると…………ニワトリがいた。
「ひっ!?」
「あら、なぁに? 失礼な人ね」
「あ……ご、ごめんなさい……きゅ、急に声をかけられたから、ビ、ビックリしちゃって……」
「あ、そういうことだったの? ごめんなさいね。驚かしちゃって」
ニワトリ顔の……少女? ……は、にこりと笑って私に会釈する。……笑って、る、よね?
「ネ、ネネネ、ネフェリー!? ど、どどどど、どうしたんだい、こんなところで!?」
「卵を届けに来たのよ。ここでもケーキを売り始めたの、知ってるでしょ?」
どうやら、赤髪の少女とこのニワトリは知り合いらしい。
赤髪の少女は必死に小瓶を掻き集め、ニワトリから隠そうとしている。
「あら? その小瓶はなぁに?」
「なんでもない! なんでもないよ!」
大焦りの赤髪が、自分から「何かいわくありげな物品です」と宣伝している。
……この娘、本当にダメな娘だ。
「美容にいいお薬ですよ。彼女ほどオシャレな女性は、他国の物を率先して取り入れるものなのですよ。ねぇ?」
「そ、そう! そういうことなんだ!」
「へぇ~。ねぇ、私にも分けてよ。最近肌荒れが酷くてさぁ」
見えないじゃん肌! 羽毛で!
「ダ、ダメ! ダメだよ! これは、その……っ!」
「彼女のためにお持ちした物ですので、肌に合わない可能性があるんです」
可能性なら、嘘にはならないはず。
あと、『彼女(のようなチョロいカモ)のためにお持ちした物』なので、こっちもセーフだろう。
「あ、そうなの? じゃあ、無理ね。諦めるわ」
「…………ほっ」
赤髪の少女が安堵の息を漏らす。
この娘……そばに詐欺師がいたら毎日騙されまくりになるだろうな。
「まぁ、エステラもそういうの使ってるって知って、ちょっと安心しちゃった」
「え?」
「だって、いっつも男みたいな格好してるからさぁ。折角美人なんだし、もっと女を磨いて、私みたいに女の子っぽくならなきゃ」
……って、オイ。ニワトリ!
どこから湧いてくる自信なのかは知らないが、ニワトリが物凄いドヤ顔をしている。
なんかイラッてする。
「あら。あれってレジーナじゃない?」
「え?」
ニワトリが窓の外を指さし、通りを歩く一人の女性に視線を向ける。
全身真っ黒な服を着て、俯き加減に道を歩いている。……なんとも陰鬱な女だ。
「お~い! レジーナ!」
「なっ!? なんや!? 誰や、ウチを呼ぶんわ!? 敵か!? イジメか!?」
「私だよ、わ・た・し」
「あ~、なんや。ニワトリさんとこのニワトリちゃんやないかぁ」
「ネフェリーよ! 名前覚えなさいって言ってるでしょ!?」
「堪忍、堪忍って」
変な言葉を話す女だ。
窓越しにニワトリと話し、どうやら店内へ入ってくるようだ。
……そろそろ退散するか。人が増えれば、嘘を吐かなければいけなくなる可能性も高い。
「それじゃあ、私は、この辺で……」
「あ、待って!」
赤髪の少女が、立ち上がりかけた私を引き留める。
「これから来るレジーナって娘は、四十二区の薬剤師なんだけど……」
薬剤師っ!?
「この薬の製法を教えてもらうことは出来ないだろうか? 報酬は存分に払うよ! この薬を必要としている人は、きっとたくさんいると思うんだ! どうかな?」
「え、いや……あの…………」
マズい。
薬剤師に調べられでもしたら……すぐにはバレなくてもいつかは露呈する。
いや、待て待て。落ち着け、私。ここで取り乱しては怪しまれてしまう。
落ち着いて、冷静に……
「女性の悩みを解消して差し上げたいのは山々なのですが……この薬の製法は秘匿なのです。ご了承ください」
「まぁ、それはそうか。ごめんね、変なことを言って」
「いえ。それでは、私はこれで……」
「うん。気を付けて。いい出会いをありがとう」
「いえ。こちらこそ」
深々と頭を下げて、席を辞する。
店内で件の薬剤師とすれ違う…………いくら薬剤師と言えど、一目見てそれが何かまでは分かるまい。成分を分析しようにも、一週間はかかるはずだ。
それまでにこの街を出てしまえばいい。焦る必要はない。
「あれ、なんやのん、この小瓶?」
「エステラが、旅の商人から買った薬なんだって」
「そうなん? ちょっと見せてんかぁ?」
「あぁ、いいけど、丁寧に扱っておくれよ! 高かったんだからね!」
そんな会話が聞こえてくる。
けれど、私の勝利は揺るがない。
私は颯爽と外へ出て、大通りを進む。
もうここには用はない。
仕事が終われば、もう一つの目的を果たすだけだ。
四十二区の入り口にある乗り合い馬車の停留所へ向かう。
ちょうど、馬車が来たところのようだ。
「ウェンディ、足元に気を付けて」
「ありがとうセロン」
馬車から一組のカップルが降りてくる。
男の方は目を見張るようなイケメンで、女の方は地味だ。よくもこんな地味な女があんないい男を掴まえたものだ。私の方が断然いい女だろうに。胸も私の方が大きいし。
…………奪ってやろうか?
いや、そこまで行かなくとも、多少は波風を立ててやる。……ふん。世のカップルどもは死滅してしまえばいいのだ。
私は、ワザと躓き、イケメンに抱きついた。
「きゃっ!」
「わっ……と! だ、大丈夫ですか?」
受け止め方、無駄に体に触れない配慮、合格!
心配そうな瞳、合格!
よし、ご褒美に私の胸を押しつけてやろう。……むぎゅ。
「……っ!」
気が付いたようで、イケメンが頬を染め、視線を逸らす。
その初心な反応…………合格っ!
「す、すみません。躓いてしまって」
「そ、そうですか。お怪我はありませんか?」
「はい……」
と、胸を押しつけたまま地味女の方へと視線を向ける。勝ち誇った表情でだ。
ここで女を怒らせれば怒らせるほど、その怒りは彼氏へと向かう。
「あんな女にデレデレして!」と……ふふ。彼氏の方も、ただ人助けをしただけで怒られては気分が悪い。当然言い返すだろう。それが火種で大喧嘩になればいい。
カップルは、死滅しろ。
と、思ったのだが……
「気を付けてくださいね。さぁ、お手を」
「……え?」
呆気にとられるほど、穏やかな笑みを浮かべて地味女が私に手を差し出してきた。
「あ、……ど、どうも」
手を引かれ、ゆっくりとイケメンから引き離される。
そうか。笑顔で怒りを隠し、あとで爆発させるタイプか……なら。
「素敵な彼氏さんですね」
「はい。そうなんです」
……肯定しやがった。だったら。
「こんな優しい彼氏さん、いいなぁ……私、ちょっと好きになっちゃったかも」
「はい。分かります。そのお気持ち、よく分かりますよ」
……理解しやがった!?
「セロンって、本当に優しくて素敵で……どうして私なんかと一緒にいてくれるのか、本当に謎なくらいで……」
「そんなことないよ、ウェンディ! 僕が蝶なら君は花。僕がカブトムシなら君は樹液なんだ!」
……樹液?
「夜が明け朝が来るのが必然であるように、僕が君に惹かれるのもまた必然なんだよ」
「セロン……嬉しい」
「君の輝きに魅せられた僕は……光に集まる蛾と同じなのさ」
「蛾…………素敵」
うん。この二人おかしい。
よし、もう関わるのはよそう。
「じゃ、私はこれで」
あほらしくてやっていられない。
やっぱりカップルは死滅しろ。
「四十区までお願いね」
「はいよ。四十区に行くなら喫茶ラグジュアリーがおすすめだよ。美味いケーキを出してくれるんだ」
「知ってるわ。もとより、そこに行くつもりだから」
「お客さん、通だねぇ」
馬車に乗り込み御者と会話を交わす。
そういえば、さっきのカンタルチカって酒場でもケーキを取り扱うようになったとか言っていたが……どうせ劣化コピーに違いない。
私は、この街でしか食べられない、本物のケーキに魅了されているのだ。
初めて食べたあの日から……っ!
そういうわけで、仕事を終えた私は、もう一つの目的であるラグジュアリーのケーキを食べに四十区へと向かった。
それが済めば、こんな面倒くさい街とはおさらばだ。
また数ヶ月後に詐欺りに来てあげるわよ。じゃぁね、四十二区。そして、お人好しの赤髪のお嬢さん。
ゆっくりと馬車が動き出し、私は勝利の余韻を味わいつつ四十二区を後にした。
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