「とりあえずグレープフルーツジュースをくれ。ジネットは何か飲むか?」
「では、ヤシロさんと同じ物を」
「酒でもいいぞ?」
「いえ、この後お店もありますし」
夕方から、陽だまり亭はオープンする。
だからお酒は飲めない、か。
「たぶん、今日は『マグダたん復帰祭』になるから、ジネットの出番はそんなにないぞ?」
「うふふ。ウーマロさんが喜びそうなお祭りですね。でも、お酒はやめておきます」
そこまで言うなら無理には勧めないでおく。
料理中に事故なんか起こされても困るからな。
「じゃあ、グレープフルーツを二つと、魔獣のソーセージと、フルーティーソーセージ。あとはビッグベーコンと……パンとか食うか?」
「えっと……普通に食べていいんですか?」
「あぁ。普通の客として、普通に飯を食って、マグダとミリィの接客がきちんと出来ているかを判断すればいい」
「それだと、本当に普通のお客さんになったような…………あ」
何かに思い当たったらしく、ジネットがぴたっと動きを止める。
「もしかして、昨日のお話……ですか?」
「まぁまぁ。とにかく、食いたいものがあれば注文しろよ」
「はい」
嬉しそうに頷いて、テーブルに置かれたメニューをじっくりと眺め始めるジネット。
昨日。
ジネットに弁当を持ってきてもらった時にこんな話をしていたのだ。
『機会があれば、今度ご一緒にお食事をしませんか?』
――と。
まぁ、実際はもっとつっかえつっかえゆっくりな発言だったけどな。
「あの、では、このピリ辛チャーハンというのと、あとチーズケーキをお願いします」
「ケーキをおかずにチャーハンを食うのか?」
「ち、違いますよ!? あの……ヤシロさん直伝のチーズケーキがカンタルチカさんでどんな進化を遂げたのか、少し気になってしまいまして」
「そういえば、ケーキを教えた時はジネットも一緒だったな」
「はい。いろんなお店を回って、料理教室を開いて……うふふ。楽しかったですね」
やっぱり、ジネットは人に料理を教えるのが好きなんだろう。
……俺の頭にはクッソ面倒くさかったって記憶されてるもんな、ケーキ教室。
「……とりあえず、以上でいい?」
「おう。足りなきゃまた追加するよ」
「……待っていて。マスターに檄を飛ばして、ほっぺたが落ちておっぱいにバウンドして元通りにくっつくくらい美味しい料理を持ってくる」
「物凄い美味しそう!?」
「では、期待しましょう」
「バウンドに!?」
「……ヤ・シ・ロ・さんっ」
なんで俺を怒るかなぁ……今のは絶対マグダなのに…………ジネットのマグダ贔屓、日に日に酷くなっていってないかなぁ。
「……では、少々お待ちください」
ぺこりと頭を下げて、マグダがカウンターへ向かって歩き出す――
「……ミリィの可愛いダンスでも眺めながら」
――余計な無茶振りを残して。
「ぇ!? む、ムリだょ? みりぃ、そーゆーの、ムリだから、ね!?」
慌てて俺たちに頭を下げてマグダのあとを追いかけるミリィ。
あはぁ……癒されるぅ……
「ヤシロさん。顔が緩んでますよ」
くすくすと笑って、俺の頬を突くジネット。
おいおい、そんなことされると余計緩んじゃうだろうが。
「……覚えていてくださったんですね」
「ん? あぁ、飯か?」
「はい」
「昨日の今日だぞ?」
「そうですね。でも……嬉しい、です。こうやって外でお食事できるのが……ヤシロさんと」
……最後の一言、今必要だったかなぁ。絶対必要ってほどでもなかったと思うんだけどなぁ…………わざわざ言わなくてもいいのに……もう。
「チャンス……っていうと、語弊があるかもしれんが、こういう機会はそうそうないからな。折角だから、活用してやろうと思ったまでだ」
――俺も、お前と二人で飯食ってみたかったし…………なんてことは絶対に口に出来ないけれども!
「そうですね。では、こんな機会をくださったみなさんに感謝ですね」
「『倒れてくれてありがとう』か?」
「そんなことは……!? ……もう、ヤシロさん、意地悪です」
ちょっとした照れ隠しを挟んで、フロアを見渡す。
マグダとミリィ。小さな二人が広いフロアをあちらこちらへと走り回っている。客足は徐々に増え、店内の騒がしさが増している。
滅多に見られない光景だ。
カンタルチカの制服姿のマグダも、料理を運ぶミリィも。
そして、働くマグダを座って眺めているジネットも。
こいつは、誰かが働いている時は大抵働いているし、誰も働いていない時でも働いているようなヤツだからな。陽だまり亭で座っていても、それは営業時間内での休憩に他ならず、こうやって完全に仕事から離れて、働くマグダを見守る姿ってのは珍しい。
「なんだか、不思議な気持ちです」
「娘を嫁に出したような気分か?」
「え? ……いいえ」
他所の店で働くマグダを見ての発言だと思ったのだが、そうではないらしい。
「マグダさんは、まだまだ他所様には差し上げられませんから」
珍しく、ジネットが独占欲を垣間見せた。
親バカオヤジのように「マグダさんは他にはあげません!」とか言っている。
こいつはこいつで、甘える術を身に付けたのかもしれないな。
「まだまだウチで一緒にお仕事するんです」
「ウーマロが伝染したのか?」
「もし伝染したのだとすれば、きっとヤシロさんです」
俺がいつ独占欲を発揮したよ。
俺は別に…………まぁ、マグダを掻っ攫おうなんて輩が現れたらボッコボコにしてやるけども。デリアとメドラを焚きつけて。
「でも、そういうことではなくてですね」
傾けていた姿勢をまっすぐに正し、テーブルに両手を置いて幾分そわそわしたような表情を見せる。
「どんなお食事が出てくるのだろうって、待っている感じが懐かしくて」
「そっか。ジネットはいっつも料理の味を知ってるもんな」
「はい。こういう気分はお祖父さんがいた時以来ですから」
サプライズで、ジネットの知らない料理を作ったりはしたが、こうやって「待っている」というのは、確かにないかもしれないな。
「ヤシロさんが作ってくださる未知の味とは、また違う感覚なんです」
俺が持ち込む料理を待っている時、ジネットはプロの顔をしている。
技術を、ちょっとしたことでもすべて吸収しようとする貪欲なまでのプロ目線で見ていることが多い。
今のように無防備ににへら~っと待っていることはそうそうない。
「ある程度は想像が出来るけれど、たぶんその通りの味ではなくて、ではどこがどれくらい違うんだろうって、なんだかいろいろ考えてしまって、落ち着かないんです」
そう言った後で俺を見てはにかみ、また体ごと振り返りフロアを見つめる。
カウンターへ駆けていくマグダを眺めながら、ジネットは緩みっぱなしの口元をもうワンランクふにゃりと緩める。
「そのお料理を、マグダさんが運んできてくださるなんて、幸せですよね」
美少女の運んだ料理は格別な味ッスー! ……ってタイプではないだろうに、マグダが持ってきてくれることが嬉しくて堪らない様子のジネット。
こいつは絶対親バカになる。確実に。
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