異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

385話 勝算あり -4-

公開日時: 2022年9月5日(月) 20:01
文字数:4,115

 外に出ると、空は暗かった。

 

「もうそんな時間だったのか」

「楽しい時間は、過ぎるのがあっという間ですからね」

 

 アトラクションを体験したらさっさと帰らなきゃな。

 陽だまり亭はこの二日間、久しぶりの休業日だ。

 さすがに、他区の領主や料理人がうじゃうじゃ集まってる三十一区まで食いに来させるわけにはいかなかったからな。

 

 まぁ、休業日でも全然休めてないんだけど。

 

「そうですね。早く帰って担々麺を覚えなくてはいけませんものね」

「なぁ、ジネット。『休む』って言葉、聞いたことない?」

「ですが、明日披露すると約束しましたし」

 

 まぁ、作るよ。

 作るけどさぁ……今日は、帰ったら寝ようぜ。な?

 

「まずはビックリハウスからでいいか? ジネットたちは片付けもあるから」

「そうだね。ジネットちゃんたちはそれでいい?」

「はい。みなさんと、もう一度乗りたいアトラクションは講習会が終わった後にしましょうねと話していたんです」

 

 今回は、他区の者たちもいるので、次のチャンスがある自分たちは譲ろうということにしたらしい。

 

「デリアは全部見てくか?」

「ヤシロは?」

「俺は、別に片付けもないからな」

「じゃあ、一緒に見る!」

「ただし、お化け屋敷はお断りだ!」

「じゃあ、あたいもいいや」

 

 にこっと笑うデリア。

 甘い物以外には特に執着しない。

 ほんと、分かりやすい性格だ。

 

「私たちもご一緒していいかしら?」

 

 どこで着替えたのか、着ぐるみを脱いだルピナスとタイタが合流してきた。

 

「髪、汗でべったべただな」

「……ホント、対策が必要ね」

 

 おでこに張り付いた前髪を指で掬い、ルピナスが眉根を寄せる。

 

「もし、明日の朝に余裕があるようでしたら、今晩は陽だまり亭にいらっしゃいませんか? お風呂もありますし、カンパニュラさんと一緒に眠れますよ」

「あら、お邪魔してもいいのかしら?」

「はい。デリアさんから、お掃除が進んでいないと伺っていますし」

 

 くすっと笑うジネットに、ルピナスも笑顔で応える。

 

「ウチの人が脱線し過ぎるのよね」

「カーチャンだって思い出話に華を咲かせてただろ?」

「そうだったかしら? それより、デリアも一緒にお邪魔しましょう。あの部屋じゃ眠れないでしょ?」

「そうだな。あたいもいいか、店長?」

「はい。もしお部屋が狭いようでしたら、わたしと一緒に寝ませんか?」

「じゃあ、そうする! 店長、抱っこして寝ると温かいんだよなぁ。あと柔らかい」

「デリア、詳しく!」

「ヤシロさん、めっ、ですよ!」

 

 叱られた。

 

「では、母様。今日は一緒にお風呂に入りましょうね。私、もうお湯に足をつけても痛くなくなったのですよ」

「まぁ、そうなの? それはよかったわ」

「はい。レジーナ先生のお薬に加え、ジネット姉様が毎日丹念にマッサージをしてくださったおかげです」

「そうなの。ありがとうね、店長さん」

「いえ。よろしければ、ルピナスさんも体験されてみますか、足つぼ?」

「オレはもう二度と御免だからな!」

 

 タイタが逃げた。

 ものすっごい逃げた。

 あぁ、この家族で足つぼに悪い印象持ってるの、タイタだけなんだっけ。

 

「着いたですよ、お兄ちゃん!」

 

 先頭に立ち、少し前のめりに歩いていたロレッタが、ビックリハウスの前で腕を振っている。

 

「妹たちが面倒くさいくらいに自慢してたです! あたしも早く入ってみたいです!」

 

 そういえば、妹が先に体験したんだっけか。

 

「おぉっ!? この人が次女ちゃんのお姉ちゃん!」

「ヤバい! 次女ちゃんに似て可愛い!」

「次女があたしに似てるですよ!? そこんとこ、結構重要なんで間違えないでです!」

 

 長女としての矜持があるのか、変なところに引っかかって三十区の兵士連中に食ってかかるロレッタ。

 あの兵士連中、今日一日あのままずっと交代でビックリハウスを動かしていたらしい。

 早朝に見た時とは打って変わって、どいつもこいつもきらきらした顔をしてやがる。

 

「「「あはぁ、長女ちゃんもかわえぇ~!」」」

 

 ……あの病気は要注意だな。

 

「じゃあ、その『長女ちゃん』ことロレッタと入るから、お前ら……くれぐれも丁寧に頼むぞ」

「もちろんであります!」

「最高の一時をお過ごしください!」

「長女ちゃん可愛いっ!」

 

 最後の兵士の足をわざと踏んで、ビックリハウスへと入る。

 すると、俺の後ろから来るヤツらが全員、俺に倣いその兵士の足を踏んできた。

 あ、ジネットとカンパニュラは踏まなかったか。

 さぁ、ベルティーナはどうする? ……ま、踏まないよな、やっぱ。

 

「……あのシスターになら、ちょっと踏まれたかった」

 

 お前は三日三晩懺悔してこい。

 

 で、ビックリハウスへ入る。

 エステラは、領主たちの接待があるので次の回だ。

 今回は、俺、ジネット、マグダ、ロレッタ、デリア、カンパニュラ、ルピナス、タイタ、テレサ、そしてベルティーナ。

 四人がけの椅子が二列で、本来は八人乗りなのだが、カンパニュラとテレサは小さいし、マグダもまだまだ小さい。

 ロレッタもベルティーナも細いし、ジネットはぽぃ~ん!

 

「ぽぃ~ん」

 

 なので、十人でも問題なく座れた。

 

「お兄ちゃん、途中で一回心の声が漏れてたですよ!?」

「「懺悔してください」」

 

 なんか、母娘に揃って叱られた。

 

 適当に席に着いたところ、俺の隣にはロレッタとデリアが座っていた。

 前列には、マグダ、ロレッタ、俺、デリア、テレサの順で座っている。

 後列はベルティーナ、ジネット、ルピナス、カンパニュラ、タイタの順だ。

 後ろ、親子が二組だな。

 

「じゃ、始めますぜ」

 

 小窓から兵士が顔を覗かせてそう告げる。

 

 ガコン――と、小さな振動が起こり、ゆっくりと、座席が動き始める。

 

「わっ!? ヤシロ、椅子が動き始めたぞ」

 

 急な動きに驚いて、ぎゅっと腕にしがみついてくるデリア。

 

「大丈夫だ。そこまで激しい動きはしないから、普通に座ってろ」

「そっか。なら安心――ぅぇえええ!?」

 

 デリアが安堵の息を吐いた瞬間、目の前の壁がぐるんっと回転した。

 あっという間に、天地が逆転し、逆さ吊りになったような感覚に陥る。

 

 ビックリハウスの原理は単純で、座っている椅子がゆらゆら、ふらふらと小さく揺れ、室内がぐるぐると激しく回転する。

 体が揺れ、視界が回転することで、まるで自分が回転しているような錯覚を起こさせるのだ。

 冷静になれば、自分が回転していないことは分かるはずだが、人間は視覚からの情報にめっぽう弱い。

 こんな単純な仕掛けだというのに、室内からは「きゃーきゃー」と悲鳴が上がる。

 

「激しく動かないっていったじゃないかぁあ、やしろぉぉおお!」

 

 俺の腕に「ぎゅぅうう!」っとしがみつき、デリアが涙目で訴えてくる。

 

「お、おにっ、おにぃちゃん!? 落ちるっ、落ちるです!?」

 

 反対の腕にはロレッタがしがみついてくる。

 こっちも泣きそうだ。

 

「…………なるほど」

 

 マグダは身体能力が高過ぎるのか、平衡感覚が研ぎ澄まされているのか、すごく落ち着いている。

 

「……なかなか楽しい」

 

 本当か?

 ちゃんと楽しめてる? 大丈夫?

 本当に動くローラーコースターとか作ろうか?

 

「ぉうち! ぐゅぐゅー!」

 

 テレサは両手を広げてはしゃいでいる。

 こいつは、絶叫系が好きなのかもしれないな。

 

「ジネット……っ!」

「シスター!」

 

 後ろを見れば、ジネットとベルティーナがぎゅっと抱きしめ合っていて――

 

「お前たちはオレが守る!」

「まぁまぁまぁまぁ! 面白いわね、これ!」

「不思議な現象ですね、母様」

「オレが守ぉーる!」

 

 ――タイタが一人で使命感に燃えていた。

 

 ぐるんぐるんと、不規則な回転を見せていた家が元通りになり、椅子の揺れも収まる。

 ガチッというロック音が聞こえ、アトラクションの終了を知らせる。

 

「はい、お疲れ様でした。足下に気を付けて外に出てくださいね~」

 

 ドアが開き、にこやかな兵士が退場を促す。

 立ち上がろうとしたら、両腕にしがみついた二人に引っ張られた。

 

「ヤシロ……あたい、まだちょっと、立てない」

「あたしも、ひ、ヒザが、震えちゃってるです……」

 

 どうやら、腰を抜かしたようだ。

 

「後ろの連中は大丈夫か?」

「すみません……もう少し……」

「わたしも、あの……もうちょっと」

 

 ベルティーナとジネットも立てないらしい。

 初めて見たらびっくりするのは分かるが……驚き過ぎじゃね?

 

「次のヤツもいるから、立てるヤツが肩を貸してやってくれ」

「……店長とシスターは任せて」

「ほら、あんた。しゃんとしな。カンパニュラだってもう立ってるよ」

「いや、違うんだカーチャン。ちょっと、あの……ビックリしちまって」

 

 嫁と娘はお前が守るんじゃねぇのかよ、タイタ。

 完全に守られてんじゃねぇか。

 

 力と体力と身長、その他諸々を鑑みて、ジネットとベルティーナをマグダが、ロレッタをカンパニュラとテレサが、タイタをルピナスが支え、そして俺がデリアを支えて外に出た。

 

「……え。そんな怖いの?」

 

 青い顔でふらふらになったデリアを見て、エステラが顔色を悪くする。

 

「大丈夫だ。ちょっとビックリするだけだから」

「ちょっとじゃ……ねぇよ……ぅ」

 

 ちょっと泣いてるデリアが、俺の腕をぎゅっと抱きしめる。

 

 お化け屋敷と違って、ビックリハウスはいいなぁ。

『むぎゅっ!』を、心ゆくまで堪能できた。

 

 素晴らしいよ、ビックリハウス。

 作ってよかったビックリハウス。

 ご家庭に一台、ビックリハウス。

 

「ヤシロ。あまりに締まりがない顔をしていると、ルピナスさんが怖いよ?」

「バカだなぁ、エステラ。……だから、絶対そっちは向かないようにしてんじゃねぇか。バレるから黙ってろ」

 

 いや~もぅ、頬が緩んじゃって緩んじゃって。

 

「ルピナスさ~ん、ちょっとご報告が」

「デリア、もう大丈夫だ! ここの地面は動かないからな!」

 

 ちっ!

 もう少し堪能していたかったが、背に腹は代えられない。

 デリアを解放し、顔の筋肉を引き締める。

 ……ったく、背と胸が変わらない領主のせいで。

 

 ……ルピナスは、マジで息の根を止めに来るからなぁ。

 

 

 その後、エステラたちがビックリハウスに入った後もジネットとロレッタは立ち上がれなかったので、俺とマグダで後片付けをしに会場へ戻った。

 ちなみに、片付けを終えてジネットたちのもとへ戻ってみたら、お化け屋敷に入ったらしいルピナスとデリアが腰を抜かして立てなくなっていた。

 

 ……いつになったら四十二区に帰れるんだよ。ったく。

 

 

 

 

 

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