巨大都市・オールブルーム。
この街にはいろいろ厄介なルールがある。
『強制翻訳魔法』により、こちらの言葉が強制的に相手に理解しやすい言葉へと翻訳される。曖昧な言い回しで相手を煙に巻いたり、紛らわしい言葉で詐称することが難しい。
そして、『精霊の審判』。
嘘を吐いた者をカエルに変える、ふざけた魔法だ。
「次の者。こちらに来て名前と入門の理由を述べよ」
門番をしている兵士が私に向かって威厳たっぷりな口調で言う。
こういうヤツほど、チョロい。
「私はアイナ・サッカレー。この街へは『観光』で訪れました」
私は、薄く笑みを浮かべる。
いけないいけない。笑ったりしたらバレてしまう……けれど、滑稽で仕方ない。
精霊神により守られた街。
嘘の吐けない鉄壁のルールが存在する街。
そのルールこそが、私たち『詐欺師』の恰好の隠れ蓑になっているなんて、この街の連中は気付いてすらいないだろう。
「では、持ち物を確認させてもらう」
この街に入る際には、手荷物をすべて検査される。
売買できそうなもの――肉や魚、果物、反物等――は、販売の意思がなくとも課税される。販売するかどうかなど、門番には確認のしようがないからだ。あとで徴収できないのであれば、先に取ってしまおうという判断だ。文句があるなら入るなと、強気な判断であり、不快感は拭えないが。
「おい。これはなんだ?」
門番は、私のカバンから粉末が入った小瓶を取り出す。その数、二十個。
一瓶に3グラムずつ入った粉末。合計で60グラム。
「それは、薬です」
「こんなに大量に必要なのか?」
「一日分ずつに小分けにしてあるだけですわ」
「なんの薬だ」
「実は……」
私は、服の襟をグッと引き下げる。ゆったりとしたローブは引き下げられ、私の胸元の肌を大きく露出させる。たわわな胸の膨らみと、その谷間にある大きな傷跡がさらされる。
私の胸元に視線をやり、門番が慌てて目を逸らす。真っ赤な顔をして……純な男だ……
「私は、胸に大きな傷跡がありまして……それで……」
「分かった! もういいから、ふ、服を整えなさい!」
この街の人間は、ほぼ全員が敬虔なアルヴィスタンだと聞く。
他人を思いやり、慈しみ、辱めるような真似は絶対にしない。門番なんて仕事に就いている者は、特に素行の良い品行方正な者が多いはずだ。
「と、通っていいぞっ」
精一杯、威厳を保とうと表情を整えるが……頬が赤いよ、門番ちゃん。
こりゃ、今回も荒稼ぎが出来そうだ……
門をくぐると、そこに奇妙なヤツがいた。
「あの……すみません…………また、いつものようにお願いします…………すみません」
……半魚人だ。
半魚人が、門のそばに立っているクマ耳の美女に頭を下げている。
なんだかヌメヌメして、妙にペコペコしている。
…………気持ち悪い。
「マーシャはまだ外なんだろ? 早く連れてきてやれよ」
「では、お連れしますので……はい……すみません……」
半魚人がいるのは、私が通った門とは別の出入り口だ。あれは、居住者用の入場門か。
この街に住む者は、外から来る者とは別の門を通ることが出来る。仕事で門外へ出る者も多いのだろう。混雑緩和のための処置だ。
「すみません……すみません……ほんと、いつもすみません……」
「いいから、早く行けって!」
「すみません……しつこくてすみません…………お御足から目を離せずに、ホントすみません……っ!」
「早く行けっ!」
ずっと謝罪を繰り返し、ぺこぺこと頭を下げながら徐々に後退していく半魚人。……というか、徐々にこちらに近付いてきている。
前を向いて歩けばいいのに。
あんな気持ち悪いのにぶつかられては堪らない。と、私が進路を変えようとした時、半魚人がおもむろに振り返った。
「わぁっ!?」
目の前に私がいて驚いたのか、半魚人は飛び上がり、そして盛大に足を滑らせた。前倒しになり、私の足にしがみついてきた。ローブ越しに、ヌメッとした感触が伝わってくる。
「きゃああっ!」
直後、思わずその半魚人を蹴り飛ばした私を、誰が責められるだろう。
気安く触るんじゃないよ! 私は安くないんだよ!
割と全力で顔面を蹴り飛ばした。下手したら意識が飛んでいるかもしれない。
ローブなんかを着ているのは、大人しそうな印象を相手に与え、油断を誘うためだ。
本当の私は、武術――特に足技に長けた武闘派なのだ。詐欺師なんてやってると逃げたり戦ったりなんてこともザラにあるからね。
……あの半魚人、死んだかもしれない。
まぁ、正当防衛ということにすれば問題ないだろうが……
恐る恐る、倒れ込んだ半魚人を覗き込むと……
「はぁっ……はぁっ……はぁぁああんっ! 足っ! 足蹴っ! 美女の全力足蹴っ! き、気持ちいいいいいいいいいいっ!」
「ひぃっ!?」
半漁人が体を反り返らせて身悶えていた。
キ、キモイ!
私の生涯において、おそらくナンバーワンのキモさだ。
「他所の人に迷惑かけてんじゃねぇよ、キャルビンッ!」
先ほどのクマ耳の美女が駆け寄ってきて、転がる半魚人を持ち上げ、締め上げる。
「くるっ、苦しいです、デリア様っ! すすすす、すみませんっ! で、でも、お仕置きなら……出来れば、足で踏みつけに…………」
「反省の色、皆無かっ!?」
クマ耳の美女が半魚人を「ぽぃーっ!」と、門の外へ向かって放り投げる。遠く、とても遠くへと、半魚人は飛んでいく。……あっちは海だ。海へ帰ればいいと、切実に思った。
「すまない、門番。マーシャを中に入れてやってくれないか? 海漁ギルドのギルド長だから、丁重にな」
「はい! 了解しました」
門番に指示を出した後、クマ耳の美女がこちらにやって来た。
「あんた、大丈夫か?」
「へ? あ、えぇ……まぁ」
クマ耳美女に声をかけられ、曖昧な返事をしてしまった。
大丈夫なわけがない。
ローブはヌメヌメになったし、何よりあんなキモイヤツに足を触られたのだ……1万Rbもらったって割が合わない。
だが、それをこのクマ耳美女に言ったところで……
「もしローブの汚れが気になるなら、四十二区のムム婆さんに頼めばいいよ。しみ抜きの天才だから。金は、キャルビン――さっきの人魚の保護者に払わせるからよ」
「えぇ~、私が払うのぉ~」
「当たり前だろ、マーシャ」
声がした方向へ目を向けると、門番の手によって人魚が運び込まれてくるところだった。荷車に取り付けられた巨大な水槽に、美しい人魚が入っている。
人魚……初めて見た。…………え、さっきの半魚人も人魚なの?
「じゃ~ぁ、はい、これ」
「え?」
水槽の中の人魚が、何か紙らしきものを私に向かって差し出してくる。
「これをムムお婆ちゃんに渡して。そうしたらしみ抜きやってくれるから」
「え……あ、どうも」
紙には、『海漁ギルド マーシャ・アシュレイ』と書かれていた。
この紙を渡せば、この人魚に請求が行くようになるって仕組みなのか……
「ありがとうございます」
お淑やかに礼をし、私はその紙を受け取る。
「んじゃ、あたいらはこれで。ホント、災難だったな」
「じゃ~ねぇ~☆ 四十二区に行くなら、陽だまり亭がおすすめだよ~☆」
そんな言葉を残し、二人は街の中へと向かって歩いていった。クマ耳美女が水槽の乗った荷車を押して。
……なんだ、あの移動手段?
っていうか、あの半魚人投げ捨てたままにしておいていいの?
「ま、いいか」
おかしな人間が多いのも、このオールブルームの特徴の一つだ。
いちいち気にしていてはキリがない。
私は気を取り直して、足を踏み出した。
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