賑やかに、餃子パーティーが開催されている。
その強烈なにおいに釣られた肉体労働者たちがわらわらと陽だまり亭へやって来る。
今日はどこもかしこも、豪雪期明けの確認やミーティングで忙しくしているはずだから客はほとんど来ないと予想していたのだが、畑の雪山撤去というイレギュラーな作業のせいで大勢の者が陽だまり亭近辺に来ていた。
領主から幾ばくかの礼金も出る臨時の仕事ということで、農業ギルドや川漁ギルドなど、今日からすぐに仕事開始とはいかない連中がこぞって参加していた。
で、臨時収入で懐が温かくて、こんないい匂いがしてきたら……入るよなぁ、やっぱ。
「しまったな、今日は普通に営業するつもりはなかったんだが……」
「わたし、お料理してきますよ」
いやいや。
今日はジネットをゆっくりさせようと思っていたのだ。
なんだかんだで、豪雪期の間は休めなかったからな。
雪のプレイランドへマグダとロレッタを送り出すために、俺とジネットは店に缶詰めだったし。ま、俺は望んで陽だまり亭に残ってたわけだけど。
餃子は俺たち陽だまり亭従業員全員でもりもり包んだから大量にあるんだ。
あとは焼けばいいだけで……よし、じゃあこうしよう!
「今日は、餃子ビュッフェだ」
「餃子ビュッフェ、ですか? 心なしか、楽しげな響きですね」
何をする気だと、ジネットが期待を込めた目を向けてくる。
なんということはない。
大量に餃子を焼いて、好きなだけ食わせてやろうというだけの話だ。
今日だけは料金先払い、食べ放題!
あぁ、しまった。ビールでもあれば飛ぶように売れたのに。
「あたし、パウラさんに応援要請してくるです!」
餃子の立ち位置を正しく理解したらしいロレッタが店を飛び出していく。
カンタルチカからビールを出前してもらえりゃ、餃子が飛ぶように売れるだろう!
……ちぃっ、食べ放題にするって今さっき言ったところだった!
「商機を逃したか……っ」
「いいじゃないですか、今日は頑張ってくださったみなさんへのサービスということで」
別に、連中が頑張ろうが俺に恩恵はないのだ。
なのになぜ俺が連中を労ってやらなければいけないのか……
「ヤシロさんには、あとでわたしが個人的にご褒美を差し上げますから。ね?」
頑張った者にはご褒美を、か。
……個人的なご褒美ってなんだろう?
「……水着を着て、一緒にお風呂?」
「そ、それは無理ですっ」
「じゃあ、水着を着ないで一緒に……」
「もっと無理です!」
そうか……
……そうか?
はたして無理なのだろうか?
「はたして……」
「無理です」
念を押されたのできっと無理なのだろう。
残念である。
「けどまぁ、マグダとの約束で『川の字で入浴』というのがあるし、追々……」
「入浴ではなく就寝ですよ!?」
そうだっけ?
おかしいなぁ、最近ちょこ~っと物忘れが。
「何が出るかはお楽しみってところか?」
「そうですね……では、今日のお風呂上がりにでも」
「分かった。入浴中に待っている」
「お風呂上がりですよ!? ……もう、そういうことばかり言っているとご褒美はお預けにしちゃいますよ」
欲をかくと何一つ手に入らないというわけか。
「んじゃ、ご褒美がちゃんともらえるように頑張ってくるかな」
「あ、厨房でしたらわたしが……」
「いや、餃子ビュッフェは先払いだ。レジはジネットの担当だろ?」
先払いにすれば、客は勝手に食って勝手に帰っていく。
本来なら制限時間を設けて、入店時間と退店時間のチェックなどが必要なのだが……こんな突発な企画で、そこまでの管理体制は構築できない。
なら、ジネットの裁量で好きにやればいいさ。
要するに、「みなさんいい人なので未払いや誤魔化しなんてされません」という信頼のもとに成り立つ、十二指腸がひっくり返りそうなシステムだ。
「分かりました。では、厨房はお任せしますね」
「……マグダも行く?」
「そうだなぁ……まずは客を席に座らせてくれ。餃子はカウンターにどんどん出していくから、勝手に取りに来て、勝手に食えと言っておいてくれ」
「……了解した」
「お兄ちゃん! このあと、カンタルチカからビールとエールが大量に届くです!」
「「「ぅおおおお!」」」
高速で戻ってきたロレッタの情報を聞き、オッサンどもが雄叫びを上げる。
あとは料金設定だが……
「ジネット、一人当たり三人前の料金にしておこう」
三人前くらいならぺろりだろう。
客どもはそれで十分元が取れる。
こっちは、材料の白菜はハムっ子農場で作った格安のものだし、肉もそこまで大量には使用していない。
原価はたかが知れている。
一人当たり三人前の料金でも十分利益が出るだろう。
「では、本日限定、大餃子パーティーの開催です! ……ね?」
客どもに宣言した後、「ですよね?」みたいな確認を俺に寄越す。
逆だろう、順番が。
「あ、ヤシロさん、お腹は?」
「もう十分食ったよ」
いつもの奥の席付近では、エステラやルシアたちがまだ餃子をもりもり食っている。
ルシアとギルベルタは風呂に入っていくと言っていたし……さっさと客を捌いて追い出してやるか。
「本日は餃子がなくなり次第終了! 飲み足りないヤツはカンタルチカに行け!」
そう宣言して俺は厨房へ入る。
「「まいどー! カンタルチカの出前だよー!」」
カンタルチカの手伝いにでも呼ばれていたのだろう妹たちがやって来て、店内のボルテージは一気に上がる。
じゃあ、もりもり焼きますかね。
でっかいフライパンにみっちりと餃子を敷き詰め、じゃんじゃん焼いていく。
竈もフライパンもフル活用だ。
「手伝うことはあるか、友達のヤシロ」
「ギルベルタ。飯はもういいのか?」
「堪能した、私は。美味しかった、とても。満足思う、私は」
口の周りを油でテカテカさせながら、ギルベルタがにへらっと笑う。
成人しているはずのギルベルタなのだが、どうしても幼く見えてしまって世話を焼きたくなる。
というか、世話を焼いてやらないとこいつは自分の見た目や身だしなみを疎かにしてしまいがちだ。
「こっち来い。口に油が付いてるから」
ヒザを折って、ギルベルタを呼ぶ。
厨房の棚から綺麗なタオルを取り出しギルベルタの口元を拭いてやる。
「…………」
きょとんとした顔で俺を見つめた後、ギルベルタはまたにへらっと笑う。
「くすぐったい思う、私は。いつもしてくれる、友達のヤシロは、ここに来ると、優しく」
「お前は頑張ってるからな、ご褒美だ」
「頑張る、これからも、今以上に、私は」
ホント、大変だよなぁ……どこに行っても暴走する変態のお目付け役なんて。俺なら三日で辞表を提出しているだろう。
「じゃあ、ギルベルタ。ちょっとフライパンを見ててくれ」
「見るだけか、私は?」
「今から水を入れてフタをするから、ジュウジュウって音がカラカラに変わったら教えてくれ」
「任された、私は! その前に所望する、エプロンを」
「へいへい。あと、手も洗おうな」
「命、飲食店の、清潔は。教わった、永遠のライバルマグダに」
どのジャンルでライバルなのかは知らんが、仲がよさそうで何よりだ。
ギルベルタに手伝い要員用のエプロンを着けてやり、しっかりと紐を結んでやる。
……ここまでする必要はなかったのかもしれないと、紐を結んでから気付いたが、まぁ、もう今さらだな。
成人してようが、ギルベルタはギルベルタだ。
出会った当初の軍人然とした雰囲気はすっかりナリを潜め、今では家に遊びに来る姪っ子のような存在だ。
ジャンル分けするならミリィやマグダ、妹たちと同じ括りになるだろう。
うん。どいつもこいつももれなく未成年だ。
ん? ミリィ?
未成年に決まってるじゃないか。
ギルベルタに餃子を任せている間に、俺はマーシャからもらったカンパチを三枚に下ろす。
血合いもしっかりと取り、皮を剥いで……頭と尻尾を残した薄い骨の上に刺身を盛り付けていく。
「よし、カンパチの尾頭付きだ」
頭を落として内臓を引きずり出す方が楽なんだが、ちょっと頑張って頭を残してみた。
ただの遊び心だ。
「友達のヤシロ、変わった、音が」
「おう、今行く」
カンパチの尾頭付きを作業台の上に置いて、餃子の確認へ向かう。
……上出来だ。
デッカいフライパンを覆えるくらいのデッカい大皿を持ち出し、餃子にフタをするようにフライパンに被せる。
そして、フライパンをひっくり返せばキレイに餃子が大皿に載る――の、だが、重いんだよなぁ、このフライパン……
「ギルベルタ、頼めるか?」
「任せて思う、私は」
「じゃあ、ゆっくりでいいからな。いいか、せーのだぞ? せーの!」
「ほいっ! っと、ひっくり返す、私は」
そっとフライパンを退けると、そこにはキレイに並んだ餃子が。
カリッと香ばしそうな焦げも付いて、立派な『羽』も付いている。
これは美味そうだ。
「じゃあ、ギルベルタ。こいつを飢えてる客どもに届けてくれ」
「任された、私は。今こそ見せる、可愛い歩き方を、永遠のライバルマグダに教わった秘技を!」
大皿を持ってお尻をふりふり歩いていくギルベルタ。
……アレがロレッタなら「ふざけずにちゃんと持っていけ!」と注意するところだが、ギルベルタは能力的にも問題のない給仕長だ。躓いて転ぶなんてことはないので、その辺の心配はいらない。
まぁ、あの歩き方が可愛いかは、ちょっと話し合いの余地があるけどな。
「わぁ、尾頭付きですね」
ギルベルタを見送って、次の餃子を焼き始めた頃、ジネットが厨房へ入ってきて作業台の上に尾頭付きを見つけた。
「覚えてたのか、尾頭付き」
「はい。『強制翻訳魔法』の聞こえ方の確認をしていた時に教えていただきましたよね」
俺が『尾頭付き』と言ったら、ジネットには通じなかったことがあった。
だが、ジネットが『活き作り』と言うと、近しい意味合いでありつつ俺にとって馴染みのある『尾頭付き』という言葉に翻訳されて聞こえるから混乱したもんだ。
現在は、ジネットも『尾頭付き』という言葉もその意味も理解しているので通じるようになっている。
「懐かしいですね」
「じゃあ、つまみ食いしてみるか、二人で」
こっそりと悪事を持ちかけると、ジネットがチラッとフロアの方へ視線を向け、口元を押さえて笑った。
「つまみ食いは速やかに、ですよ」
そこから迅速に俺たちは行動をし、箸を取り出し、小皿に醤油を垂らして、二人で一切れずつ刺身を食った。
……うまぁ。
贅沢を言えば、ワサビが欲しかった。
ワサビ自体は四十二区にも流通している。だが、今はすりおろしていない。迅速なつまみ食いには間に合わなかった。あぁ、悔やまれる。
「懐かしいですね」
カンパチを飲み込んでジネットが頬を緩める。
「カンパチを食ったことがあるのか?」
「いえ。このお魚は初めてです。とても美味しいお魚ですね」
では、何が懐かしいのか。
「前も、こうして二人で尾頭付きを食べたんですよね」
あの時は、二人しかいなかったからな。
「また、こうして一緒に食べられて、嬉しいです」
「こんなもん、いつだって、いくらでも、だ」
別に特別なことなんか何もない。
機会があればやればいいさ。いつだって、いくらでも、な。
「はい。では、また」
そう言って、俺から箸と小皿を回収し、自分が使った物と合わせて手早く洗う。
証拠隠滅だ。
その上、菜箸で減った二切れ分をささっと分からなく盛り付け直した。
さすがだな。
「さすが、つまみ食いのプロ」
「ぅえっ、あの、お客さんのものには手を付けてませんよ?」
ならセーフなのか、この店では。
寛大な店だこと。
「この尾頭付き、みなさんにお出ししてもいいですか?」
「あぁ。どうせマーシャからの差し入れだ。あと、『つまみ食いしたけど、すげぇ美味かった』と伝えておいてくれ」
「はい、分かりました。『ヤシロさんがそうおっしゃっていました』とお伝えしておきますね」
ジネットは、つまみ食いをひた隠す。
バレてんだけどな。
ジネットが厨房を出て行ってから、俺は引き続き餃子を焼き続けた。
ギルベルタのヤツ、なかなか戻ってこないけど、きっとオッサンどもに掴まったんだろうな。
なんてことを考えながら。
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