「そうか。つまり、四十二区側からもっと歩み寄れば、今回の騒動は収束すると、ミスター・デミリーはおっしゃるわけですね」
「お? ん、あ、あぁ。まぁ、どうだろうか。事はそう単純ではないだろう。だが、どうしたね、急に改まった口調になって? オオバ君らしくもない」
改まった口調?
当たり前じゃないか。
特別親しくもない相手に馴れ馴れしくするのは失礼だろう?
「エステラ。ミスター・デミリーのおっしゃることももっともだ。一度出直して、俺たちで出来ることを模索し直そう。多忙であらせられるミスター・デミリーが、わざわざ素晴らしいこの館にご招待くださり、俺たちのためにアドバイスまでくださったんだ。俺たちはそれに報いるべきだろう」
「あ、あの、オオバ君? 何か、怒ってるかい?」
は?
別に?
ただまぁ、自分の意見以外を封殺しておいて、よくもまぁ偉そうなことを抜かせるよなぁとは思うけれど、怒ってなんかいないぜ。
「俺から見れば、エステラは十分気の遣えるヤツに見えるんだがな。例えば、困り果てて泣きそうな時に優しく声をかけてきてくれた頼りになる知人に、少しでも喜んでもらおうといそいそ綺麗な花を『自分で』見繕って持ってくるくらいにはな」
俺が指を鳴らすと、デミリーの家のメイドが俺とエステラの花束を持って部屋に入ってきた。
話し合いの邪魔になるだろうからと、一旦預かってもらっていたものだ。
話し合いを終え、お礼という形で渡したいと、エステラは言っていたのだが……
「台無しだな、このハゲのせいで。……おっと、これは声に出しちゃいけないヤツだ」
「こ、この花は……エステラが?」
「……はい」
「わ、私に贈るために……か?」
「……はい。オジ様は、よく野山に花を見に行くと伺いましたので……喜んでいただければと」
ぱぁぁああっと、デミリーの顔が明るくなる。
「嬉しいよ、エステラ! そうなんだ。こう見えて私は花が大好きなんだ」
「だからハゲるんだ」
「関係ないだろ、オオバ君!?」
「栄養持ってかれてんだよ」
「そんなことがあるわけ………………ない、よね?」
あるわけねぇだろ。
デミリーがそわそわとし始め、エステラの前に立つ。
エステラは花束をメイドから受け取り、少し沈んだ表情のまま、それをデミリーに手渡した。
「……エステラよ。折角の綺麗な花なんだ。笑顔で渡してくれないかい?」
「……ですが…………これではまるで、便宜を図ってもらおうという狡賢い策略だと思われそうで……」
確かに。
協力を得られるように、相手の好きなものを贈る。小狡い策略であり、エステラが嫌いそうな手段だ。
「何を言っているんだ。私がそのようなことを思うわけがないだろう? エステラのまっすぐな性格は、私が一番よく知っている。これは、親しい友人からの贈り物として、ありがたく受け取っておくよ」
「……オジ様」
デミリーがエステラの髪をそっと撫でる。
ようやく、エステラの表情が少しだけ柔らかくなった。
……まったく。エステラの性格を知っているなら、まず最初に再会を喜んでやれっつの。いきなり領主モードで「私は中立だ!」じゃ、エステラがへこむに決まってんだろうが。
散々へこまされて、なんとか気力だけで持っていたのだ。
寄り添えると思っていた大木が思いのほか冷たかったら……心は一気に萎れてしまうだろう。
「エステラ。勘違いをしないで聞いておくれ。私は四十区の領主として、お前にも、シーゲンターラーの息子にも、肩入れできない立場の人間だ。私がどちらかに加担すれば、バランスは一気に崩れ、この辺り一帯の治安は急激に悪くなってしまうだろう」
「はい。それは、承知しております」
親が子を見つめるように、優しくも少し厳しい瞳で、デミリーはエステラを見つめる。
胸に沁み込むような柔らかい声で、ゆっくりと語りかける。
「けれどね。領主ではない、ただのアンブローズ・デミリーは、誰よりもエステラを大切に思っているということだけは、忘れないでほしい」
「……はい。オジ様」
エステラの鼻が少し赤くなっている。
涙こそ零れはしなかったが……つらかったんだろうな。
「お前のために怒ってくれる……いい友人を持ったな、エステラよ」
「え……」
デミリーとエステラが揃ってこちらを向く。
……見んな。穴があいたらどうする。
「……はい。いい友人だと、思っています」
…………っ、そういうこと、本人の目の前で言うのやめてくれる?
「本当に、いい『友人』だな」
……なんでそこそんなに強調した?
「いつまでも、いつまでもいい『友人』でいてもらいなさい。ずっと、『ゆ・う・じ・ん』で」
……お前はいつからエステラの父親になったんだ?
お前らに血縁関係があるのだとしたら、男が生まれても女が生まれても悩み多き遺伝子が組み込まれてることになるじゃねぇか……
「ところでオオバ君。素敵な花束だねぇ」
デミリーが俺の持つ花束を指さして言う。
俺もさっき、メイドからついでとばかりに渡されてしまったのだ。
……んだよ。催促してんのか、この太陽光リフレクション。
「……まさかそれ、エステラに…………じゃ、ないよね?」
「お前は父親か?」
「君にお父さんと呼ばれる筋合いはない!」
「呼んでねぇだろ!」
泣きそうなエステラを見て、急に可愛くて仕方なくなったのだろう。
……初っ端に言ってた「姪可愛さで済ませられる問題と、そうではない問題がある……」とかいうセリフがアホ臭くなってくるな、おい。
「これは、この館に爆乳をぶるんぶるんさせている女がいたらくれてやろうとわざわざ持ってきた花束だ! お前のじゃない!」
「我が館に、そんないかがわしい女性はいないのだが?」
んだよ、いねぇのかよ!? 愛人の一人や二人囲っとけよ!
あ、エステラがスゲェほっとした顔してる。
「なんにせよ。四十一区が通行税を取るような事態になれば、三区揃って痛手を負うことになる」
そうだ。
通行税なんてものを始めた四十一区にだってダメージは行くのだ。
少なくとも、外交や交易には摩擦が生じる。
そうまでして導入を強行しようとしているわけは……やはり四十二区の街門か。
それが四十一区の利益を阻害しないものだと分からせられれば事は解決するのかもしれんが…………
「お戻りください! 旦那様は現在お客様と面会中でございます!」
突然、館の廊下が騒がしくなる。
なんだ?
「そうだぞ! いいから落ち着け! いくらなんでもこれは無茶が過ぎる! ワシでも庇いきれんぞ、さすがに!」
この声は……木こりギルドのギルド長、スチュアート・ハビエル?
あの筋肉ダルマが、なんでここに?
「いいから退きな! 責任は全部アタシが取る! 不満があるなら裁判にでも審判にでもかけりゃあいいさ!」
そして、しわがれた女の声……
ギャーギャーと騒ぐそれらの声と、けたたましく鳴り響く足音はやがて俺たちのいる応接室の前にまでやって来て……
「アタシだ! 入るよ!」
そんな声と共に、大きなドアが轟音を立てて開け放たれる。
「――っ!?」
そこにいたのは、グリズリー級の筋肉を誇るハビエルといい勝負をしそうな逞し過ぎるガタイの、可愛らしい真っ赤なぼんぼりで真っ白な長髪を肩口で二つに結んだ……ゴリラみたいなオバサンだった。
「四十区領主、アンブローズ・デミリー、並びに、四十二区領主代行エステラ・クレアモナに話があるっ!」
ゴリラババアが鼻息荒くそんな言葉を叫ぶ。
状況がのみ込めず空気が固まった応接室の中で、俺は、今すぐに言わなければいけない言葉を、なんとか声に出して訴えた。
「とりあえず、死んだフリをしろー!」
……ゴリラに通用するかどうかは、知らないけれど。
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