異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

209話 モコカと一緒 -2-

公開日時: 2021年3月21日(日) 20:01
文字数:2,760

「それはそうと、一つ気になっていることがあるのですが」

 

 モコカの隣、ドア際の下座に座るナタリアが静かに挙手をする。

 そのぴしっとした姿勢に、モコカが「ふぉう! 手の上げ方も美人だぜですね!」と、鼻息荒く絶賛する。……情報紙に踊らされる『BU』っ子め。

 

「モコカさんは情報紙にイラストを描いているのですよね?」

「おうだぜ! 何気に評判いいって褒められたりしてんだぜです! 自慢だぜですっ!」

 

 自慢じゃないけど……じゃ、ないんだな。

 正直者だこと。

 

 ……ん?

 ってことはなんだ、つまり……

 

「つまり。このイラストを描いたのはモコカさんであると、そういうことですね?」

 

 ナタリアが、懐から例の情報紙を取り出す。

 ナタリアそっくりなイラストが描かれたヤツだ。

 

「あっ! 持っててくれたのかですか、美人さん!? うっひゃー! すっげぇ嬉しいじゃねぇかですかぁ! これこれ! これ、私が描いたんだぜですよ!」

 

 ……やっぱりか。

 ナタリアに似てるなぁ~と思ったイラストは、まさかまさかの、ナタリアがモデルだったってわけだ。

 流行に敏感な『BU』っ子かと思いきや、まさかこいつが流行の発信者だったとは。

 

「こんな美人がいたら、ちょーすげぇーよなーって描いたイラストにそっくりなバリバリ美人な美人さんに出会って、私、心臓飛び出たんだぜです!」

「おかしい、エステラ……俺の『強制翻訳魔法』がエラーを起こしてやがる」

「大丈夫。ボクのも似たような症状だから」

 

 翻訳されてんだかされてないんだか分かり難い言葉遣いをしやがって……

 

 要するに、モコカが妄想した理想の美人が、ある日突然目の前に現れたと。

 それで、新しい情報紙ではよりナタリアに似たイラストになっていたわけか。

 ようやく謎が解けた。…………ってことは、『BU』でのトレンドは「ナタリアっぽい美女」から、完全に「ナタリア」になっちまったわけか…………うわぁ、鼻の穴広がってんなぁ、ナタリアよぉ。何そのドヤ顔? ベッコに見せて絵画にしてもらったら?

 

 美人でなければ殴り飛ばしているかもしれないくらいにイラッてするドヤ顔をさらすナタリアに、モコカはぐぐいっと身を寄せる。

 両の手で拳を握り、懇願するように訴えかける。

 

「今度、是非モデルになってくれよです! 美人さんをガン見しながら描きてぇっつうのですから!」

「ヌードは、高いですよ?」

「ナタリア、値段をつけないで!」

「では、無償で」

「断って! ウチの給仕長として!」

「いや、エステラ。あいつは依頼されてるんじゃない、持ちかけてやがるんだ」

 

 断る以前に黙らせろ。ヤツの主として。

 

「よかったら、あんたら様たちも一緒にやらねぇかですよ?」

「エステラっ! ヌードってのは芸術に必要不可欠なものなんだ! 決してエロ目的ではなく!」

「あっさり寝返るなっ!」

 

 なんで分からないかなぁ!?

 世界に名だたる天才画家たちも、みんなヌードでデッサンしたんだぞ!

 たぶんアレ、持って帰ってこっそり見返したりしてたんだろうな。あいつらうまいもんなぁ、絵。トレジャーの自給自足だぜ。

 

「あっ! そうだ! 芸術と言えばベッコも呼んでやらなきゃ……」

「ベッコはしばらく監禁することにするよ」

 

 職権乱用だ!

 鑑賞の自由の侵害だ!

 我々庶民には、美人のおっぱいをこれでもかと鑑賞する自由が保証されてしかるべきだ!

 

 ………………いや、待てよ。ベッコごときにナタリアのヌードを見せてやるのはもったいないな…………………………だが、カメラがないこの世界において、最もリアルに記録できるのはあの変態の才能だけ…………

 

「あぁっ!? 俺は一体どうしたら!?」

「窓から飛び降りればいいと思うよ、今すぐ」

 

 走ってる馬車の窓から飛び出して、こんなキレイに舗装された道の上に落下したら怪我じゃすまねぇっつの。

 

「あのよ~ぉ? さっきからちょいちょい名前が出てる『ベッコ』ってヤロウは、一体何者なんだよですか?」

「あぁ、ただの変態だ」

「ヤシロ様、失礼ですよ。彼は『本物の』変態です」

「失礼の上塗りをやめなよ、ナタリア……」

 

 本当、なんであんなヤツに才能があるんだろうな。

 変態というどえらいマイナス分、才能がプラスされたのかもな。なら、納得だ。

 

「ベッコは、ウチの区にいる芸術家で、絵や彫刻がとてもうまいんだ。……芸術的ではないけれど、本物と見紛う出来映えは圧巻の一言に尽きるよ」

「おぉお! そんなとんでもなくすげぇド変態ヤロウがおいでになりやがるのかですか、四十二区には!」

 

 暴言、暴言!

 無意識に酷くなっていくのは仕様なのか?

 

「はぁ~、会ってみてぇなぁですねぇ。イラストは、芸術性よりリアリティが求められんだよなですから」

 

 こいつらの芸術性ってのは、女神がキノコに見えるような理解に苦しむヘンテコリン性のことであり、俺が常識的に思う芸術性とは一線を画している。

 あんな奇妙なイラストで、「こういう女が流行り!」とか言っても、さっぱり理解されないだろう。

 

 モコカが描くべきイラストには、リアリティが必要なのだ。

 

「じゃあ、ベッコ向きの仕事なんだな」

「探せばあるもんなんだね」

「教えて差し上げますか? 彼ならば、情報紙の人気絵師になれるかもしれませんよ」

「「いや、ベッコはいろいろ使うからどこかにやるつもりはない」よ」

「ふふふ……仲良く最低の腹黒さですね、ヤシロ様とエステラ様は」

 

 何を言うナタリア。……当然じゃねぇか。

 

「私、是が非でも会ってみてぇです! ちょっくら紹介してくれよです! 頼むぜこの通りだからよぉです!」

「まぁ、そのうちね。紹介くらいなら問題ないよ」

「やったぜです! じゃあ、今からさっさと行こうぜです!」

「いや、もう夜遅いし! 君を送るために二十九区に向かってるんだよ!?」

「御者さん様ぁー! 行き先変更だぜです! 四十二区に向かってくれやでぇーす!」

「ちょっ!? 何勝手なことしてんのさ!?」

「まぁまぁ、そう目くじら立てんじゃねぇってのですよ。よく言うじゃねぇかです。『全裸で急げ』って」

「よぉし、お前ら! 全員全部脱げ!」

「ヤシロ、今すぐ飛び降りて!」

 

 くっ!

 モコカの勝手な行動に対するフラストレーションを、たった一言「おちゃぴぃ」な発言をした俺にぶつけやがって……なんて領主だ。聞きしに勝る暴君だ。クーデターものの横暴だ。

 

「モコカさん。ご家族やお知り合いが心配されるのではないのですか?」

「大丈夫だですよ、美人さん! 私、兄貴以外家族いねぇんだですから、誰にも心配なんかされるわけねぇんだですよ」

 

 一人ぼっちで、懸命に働き続ける少女。

 ――という情報を聞いて、エステラの瞳から強硬な色味が抜け落ちていった。

 

 お前は、本当にちょろいよな。甘いというか、お人好しというか……境遇はどうあれ、今現在こんなに元気でバカ騒ぎして傍迷惑なモコカだぞ? そこまで心配したり同情したりする必要なんかねぇし、特別扱いなんかかえって失礼だっつの。

 

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