異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

320話 港へGO -4-

公開日時: 2021年12月17日(金) 20:01
文字数:4,435

「「「白身のフライ、うまー!」」」

「「「タルタル、うまー!」」」

 

 マグダたち、陽だまり亭移動販売売り子隊の活躍も相まって、白身のフライがバカ売れしている。

 エステラとウーマロの予想に反して、がっつり肉系のタコスを凌ぐ大人気だ。

 でっかいタラが結構残っていたので全部揚げてきたのだが、こりゃすぐに完売するな。

 

 かなり工事が進み、美しく整備された港は壮観で、ジネットがまた二回ほど転びそうになっていた。

 まだまだ工事の途中ではあるが、完成すればかなり見栄えのする港になりそうだ。

 

 当初は、マーシャの船が停泊できる程度のこぢんまりとした港にするつもりだったのにな。

 これ、ルシアが怒るんじゃないか?

「三十五区の港も作り直せ!」とか言って。

 

「エステラ~☆ ヤシロく~ん☆」

 

 港でトルティーヤの白身フライサンドを売っていると、マーシャがやって来た。

 荷車を押しているのは見たことがない女性。筋肉的に狩猟ギルドの狩人かな。

 

「では、自分はこれで」

「うん、ありがとね~☆」

 

 マーシャを俺たちのもとまで届けると、狩人女子はマーシャに頭を下げて港の方へと歩いていった。

 狩人や木こりたちの詰め所がある方向だ。持ち場へ帰るようだな。

 

「えへへ~、可愛い娘だったでしょ? ちょっかいかけるとメドラママに叱られちゃうから、ダメだよ~?」

「じゃあ、メドラが俺にちょっかいかけるのもやめさせてもらえないかな。交換条件でさ」

「それはちょっと無理だね~☆」

 

 くそぅ。魔除けのお札とか効果ないかなぁ。

 魔神除けのお札が必要になりそうだけど……

 

「店長さん、それな~に~?」

「白身フライのサンドです。中はスケトウダラの切り身なんですよ」

「わはぁ☆ 美味しそうだね~」

「召し上がりますか?」

「食べる~☆」

 

 両腕を伸ばして催促するマーシャ。

 順番抜かしになるのだが、列に並んでいた大工どもの視線が一人の例外もなくマーシャのホタテに釘付けだったので不問とする。

 順番くらい甘んじて譲れ。お前らにはもったいな過ぎるホタテなんだぞ、あれは!

 

「ん~! 衣がサクッとしてて、白身がほろっとしてて、タルタルソースが適度な酸味で、美味し~っ!」

「スケトウダラとよく合いますよね」

「うんうん☆ よぉ~し、スケトウダラ、乱獲しちゃうぞ~!」

「いや、節度は持っとけ」

 

 絶滅でもされたら目も当てられん。

 

「それで~? そっちの大きな包みはなんなのかな~?」

 

 目敏く弁当を見つけるマーシャ。

 大工どもに白身フライのサンドとタコスを売りさばいて、落ち着いたら弁当にしようと思っていたのだが。

 

「お弁当です。マーシャさんもご一緒にいかがですか?」

「ご一緒しま~す☆」

「くぅ! 取り分が減ったっ!」

 

 意地汚いことを言う領主。貴族。この街一番の権力者。

 小物だなぁ、お前は。

 

「器が小さいな、エステラは」

「胸は関係ないだろう!?」

 

 いや、胸の話じゃねぇわ!

 

「ヤシロさん、懺悔してください」

 

 わぁ、信じてもらえてない。

 いや、絶対的な信頼のもとおっぱいの話に違いないと思われてるっぽい。

 ……拗ねるぞ、しまいに。

 

「「「お弁当……?」」」

「お前らの分はさすがにねぇよ!」

 

 大工どもが興味深そうに弁当を覗き込んでくる。

 包みの中身を透視する勢いでガン見してくる。

 

「陽だまり亭では、お弁当も販売していますので、ご興味がある方はお店にいらしてくださいね」

 

 そんな営業トークをした後――

 

「……言ってくだされば、みなさんの好物をこっそり入れることも可能ですよ」

 

 両手を口の両サイドに添えて、内緒話っぽく呟く。

 

「「「今度買いに行きます!」」」

 

 おぉ、さすが港だ。

 バカがいっぱい釣れた。入れ食いだ。

 

 実は、かつてウーマロやグーズーヤが弁当を食べていたころ、何人か大工が買いに来たのだが、好き嫌いのあるヤツがいてな。

 嫌いな物を残されるくらいならと、原価の近しい物でなら交換も相談可としたところ、これが結構評判よかったんだよな。

「自分の好物が入った俺だけの弁当だ!」って。

 

 で、それ以降『好物枠』というのを設けて、原価の許す範囲で入れてやるサービスを行っている。

 ウッセはいつも甘い玉子焼きを選択している。……どの顔で「甘い玉子焼き!」なんて言ってんだ、あのオッサンは。

 

「ウーマロさんの分のおにぎりは、マグダさんが作ったんですよ」

「……手塩にかけて」

「むはぁあ! 今日の工事は一気に進みそうな気がするッス!」

 

 張り切り過ぎて、トンネルを崩落させるなよ。

 崖がなくなったら、さすがにウィシャートが乗り込んでくるだろうからな。

 

 あとマグダ。

 お前がやったのは『手塩にかけて』じゃなくて『手に塩をふりかけて』だ。おにぎりだしな。

 

「で、ウーマロ。洞窟の拡張工事はどうなんだ?」

「順調ッスよ。すでにもう船は通れるようになってるッス」

「早っ!? この前これから始めるって言ってたとこじゃねぇか」

「やはは。大工たちが張り切っちゃった結果ッス――実は……」

 

 どうにも、時折港に現れるマーシャを目にした大工たちが、「洞窟の拡張工事を早く終わらせれば、もっとマーシャさんに会えるんじゃね!?」と相当意気込んでいたらしい。

 それで、とりあえず船が通れるだけの深さと広さを確保して、これからじっくりこつこつ丁寧に洞窟内を拡張していくそうだ。

 

 お前ら、そんなにホタテが好きか?

 まぁ、俺は大好きだけども!

 

「最近では、三十六区から三十九区の大工たちも手伝いに来てくれるようになったッスから、かなり早く完成しそうッスよ」

「おいおい……三十六区から三十九区は組合抜けてないだろうが……あんま無茶なことはさせんなよ?」

「もちろん、オイラたちもそう言ってるんッスけど、もう向こうが乗り気でイケイケなんッスよ」

 

 下水と大衆浴場の順番待ちをしている状態の外周区領主たちは、トルベック工務店に対し友好的だ。

 こりゃ、情報紙に下水の記事が載って組合よりトルベック工務店を優先する領主が増えたら、離脱者が一気に増えそうだな。

 グレイゴンの暴走が組合の息の根を止めるかもしれん。慎重に行動してもらいたいもんだな、ド三流役員さんにはな。

 

「んふふ~☆ 大工さんたちのおかげで、いつでも四十二区に来られるようになっちゃった☆ ありがとうね~、大工さんたち~☆」

「「「むはぁあああ! その微笑みプライスレス!」」」

「揺れるホタテもプライスレス」

「ヤシロさん。懺悔してください」

 

 胸に抱いた感情は大工たちと同じなのに、俺だけが怒られた。

 理不尽だ。

 街門を出てもこの理不尽はついて回るらしい。

 

「それでは、販売も一段落しましたし、お弁当にしましょう」

「いぇ~い! 待ってましたです!」

「……マグダはキウイを予約」

「楽しみですね、テレサさん」

「はい! てんちょーしゃのおべんと、おぃしーの!」

 

 屋台を開けた状態にしつつ、綺麗に敷き詰められたレンガの上へシートを広げて昼飯にする。

 開通式の時にはほとんど見えていなかった海が、今では随分と広く見える。

 本当に、岩肌一枚隔てた向こうに海があったんだな。

 開通式の時にはまったく感じなかった磯の香りが鼻孔をくすぐる。……うん、いい香りだ。

 

「なんだか、心が穏やかになる音ですね」

 

 弁当を広げながら、ジネットが波の音に耳を澄ませている。

 

 崖に大きな穴をあけ、そこに接していた地面を数十メートル~百数十メートルほど削り取ってある。

 一応、落石を警戒して、洞窟から十分な距離を取って港へ停泊できるようにしてあるらしい。

 

 なんというか、今現在ゆらゆらと海水が波打っているあの場所が、数日前まで地面だったなんて信じられないくらいだ。

 もともとこういう形の海だったと言われた方がまだしっくりくる。

 それほどに、景色に美しく溶け込んでいる。

 

 ニューロードにも引けを取らない大きな開口を設けられた洞窟は別世界への入口のような面持ちで、海上都市の水門のようなイメージを抱かせる。

 海水浴場や、釣り師が集う波止場のような印象ではないが、ここも歴とした海なのだ。

 アトラクションみたいだな。この洞窟に入れば別世界が広がってるなんてのは。

 

 この洞窟を抜けた先に大海が広がっているのだ。

 

 まぁ、アレだな。

 またすげぇもん作っちまったなぁ、四十二区は。

 

「この先に、海があるんだよ」

 

 マーシャがぽつりと呟く。

 

「いつか、みんなにも見せたいな。ずーっとどこまでも続く広大な水面を」

 

 いつものほにゃっとした声ではなく、とても素直な、まるで無垢な少女のようなマーシャの声。

 ずっと夢見ていた小さな願いが、もうすぐ叶えられる。そんな期待に満ちた、嬉しそうな声だった。

 

「言葉が通じなくなるのが厄介だけどね」

「もう、夢がないなぁ~、エステラは」

 

 エステラの茶々に、マーシャが頬を膨らませる。

 そういや以前、エステラはマーシャについて漁に出たことがあったっけな。俺がこの街に来て初めて食った海魚は、エステラがジネットへと獲ってきたものだったはずだ。

 そうか、外海に出ると『強制翻訳魔法』の範囲外に出ちまうのか。

 

「美しい景色はね、言葉で語るものじゃないんだよ。心で感じるものなんだから」

「ボクは、キラキラした水面より、ゆらゆらしない船を期待したいね」

「エステラは船に弱過ぎだよ~。すぐに酔っちゃうんだもん」

「え、船に乗ると酔っぱらってしまうんですか?」

「そうだよ。それも、いきなり二日酔いが来る感じ……船は過酷だよ」

 

 ジネットは乗り物に酔ったことがないらしい。

 まぁ、この街の乗り物って言ったら馬車くらいだし、ジネットはその馬車にすらほとんど乗らないからな。

 

「それは怖いですね。……でも」

 

 すっと背筋を伸ばして、大きな洞窟の向こう、きらきらと光を反射する水面を見つめてジネットが言う。

 

「いつか行ってみたいです。この洞窟の向こう。大きな海を見に」

「うん☆ 行こう行こう。連れてってあげるね☆」

「……優雅な船旅は、マグダのようなレディによく似合う」

「あたしも乗ってみたいです、マーシャさんの船!」

「うん。み~んなで行こうね☆」

 

 にこにこと、楽しげな未来の予定が立てられた。

 

 まさにそんな時だった。

 小舟に揺られた大工が血相を変えてその洞窟から逃げ出してきたのは。

 

「トルベック棟梁ぉー! 大変ですー!」

 

 必死な形相でオールを漕ぎ、ばっしゃばっしゃと水しぶきを上げて波をかき、陸地にたどり着くと同時に這い上がるようにして港へと上ってきた大工たち。

 六人乗りの小舟が転覆しそうな勢いで乗っていた全員が這い上がってくる。

 その異様な雰囲気に、知らず、喉が鳴る。

 

「どうしたんッスか? 何かトラブルッスか?」

「あ、あの……あのっ!」

 

 顎が震えうまくしゃべれない様子の大工が、がくがくと震える腕で洞窟の方を指さす。

 指先が定まらず、ふらふらと宙をさまよう。

 

 洞窟の中で何かがあったらしい。

 こいつらをここまで怯えさせる何かが……それは一体?

 

「で……、出たんです……っ!」

 

 かすれる声を必死に振り絞り、大工が叫ぶ。

 

「洞窟の中に『カエル』が出たんですっ!」

 

 ざわついていた港がしんと静まり返る。

 静寂に包まれる世界の中で、波に揺られる小舟がギシギシと軋む音を立てていた。

 

 

 

 

 

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