「もしかして、お前の妹、どこか怪我してないか?」
「な……っ!? べ、……別に」
「連れ去りゃしねぇから教えろ。つかもうバレてるから」
「く……またアーシの心を読みやがったな」
苦々しい顔で俺を睨む。
はは……マジで信用してんのかよ、読心術なんて。顔色を読み取ってるだけだっつの。
あとは、蓄積された知識と照らし合わせてるだけだ。
で、その知識をもとにこいつの話を分析すると、見えてくるものがある。
この街、オールブルーム内にいる傷付いた獣人族は、二十四区教会へ集められ手厚く保護される。
ただし、その二十四区教会は少々特殊な構造をしていて、傷付いた獣人族の子供たちを徹底的に保護するために外部との接触を拒む鉄門扉によって堅牢に守られている。外部からの接触はほぼ不可能だ。
こいつは、そのことを言っているのだろう。監禁と。
……まぁ、そう見えなくもないか。
バルバラの妹なら、そいつも当然サル人族だ。
もしそいつが大きな怪我を、それもこの先一人で生きていくことが困難なほどの重症を負っているのであれば、二十四区教会はその幼い少女の保護に乗り出すだろう。
四十一区教会のシスターも、きっとそれを勧めるはずだ。
二十四区は遠い。
金のないヤツなら歩いて行くしか術はなく、徒歩で二十四区を目指すと考えると……そう頻繁には会えなくなるな。
たった一人の家族……
死に物狂いで守ろうとしても、おかしくはないか。
それが間違っていると、自分でうすうす気付いていても……手放せない。その気持ちは、まぁ……理解できてしまうな。
こいつの真剣な眼を見れば、なおのこと。
「……本当に連れ去らないか? 領主にも言わないか!?」
領主には……言うことになるだろうな。
むしろ、エステラに話して糸口を見つけるべき案件だ。
「いいから話せ。場合によっては助けてやるから」
――エステラが。
俺は人助けなんか真っ平なんで、丸投げして終わりだけどな。うん。
「助けて、くれるのか? あいつの病気を治してくれるのか!?」
「いや、それは分かんねぇよ」
なんの病気かも分かってないのに。
つか、怪我じゃなくて病気なんだな。
じゃあ、レジーナ案件か。
「じゃあ、何を助けるんだよ!?」
何をって……
こいつの中では、今の生活が「成り立っている」つもりなのだろうな。
だから、現状維持が出来れば満足なのだ。だから、その場所から救い出してもらうという発想が出てこない。
第三者視点に立てればすぐにでも気が付けるんだけどな。「強盗なんかしている暇があるならちゃんとした仕事に就いた方がこの先安泰だろうに」ってことに。
強盗をするより、工事現場で土を運んでいる方が金にはなるだろう。少なくとも法を犯すようなリスクは背負わなくて済む。
が、現状を「助けが必要」な状態だと気付いていないようなので、そこを突いてもピンとこないだろう。
だから、もっと分かりやすい『救済』を提示してやる。
こいつが食いつかずにはいられないヤツを。
「お前が住処にしている場所は、治安がいいのか?」
「はぁ? いいわけねぇだろ。アーシみたいなゴロツキがうようよいる、掃きだめみたいな場所さ」
「そこに今、妹は、一人で、お前の帰りを待っているんだよな?」
「――っ!?」
重要な言葉を区切ってはっきりと伝える。
不安を煽るように。
「おそらく、いつもはいい子に待っているんだろうな、お前の帰りを。……だが、昨日からお前が帰ってこない………………はたして、妹はいつまで大人しく待っていられるかな?」
「……ぁ…………ぁう……」
「帰ってこないお前を探して、夜の闇の中、一人で、外に出ちまうんじゃないか? お前の言うゴロツキがうようよいる掃きだめの中に」
「あぁぁあああ!? ダメだ、テレサ! アーシが帰るまで家で待ってろ!」
頭を抱え、急に叫び出すバルバラ。
きっと容易に想像が出来たんだろうな。妹――テレサが自分を探して外に出て行く光景が。
「な、なぁ! 頼む! なんだってする! アーシをここから出してくれ! 罰だってちゃんと受ける! 夜が明ける前に戻ってくるから! 今だけ! 今だけアーシを行かせてくれ! 頼む! テレサに何かあったら……アーシは…………アーシはぁぁ……!」
「落ち着け」
「落ち着いてなんかいられるか! テレサは目が見えないんだぞ!? 何かあっても逃げられないんだ!」
「目が?」
「ぅ…………そ、そうだよ。一年くらい前から、目がかすむようになって……最近は、もうほとんど……」
それは危険な状況だな……
子供は『はしか』などの高熱を伴う病気で目に多大なダメージを負うことがある。バルバラの経済状況を考えても、まともな治療は受けさせていないだろう。そもそも、レジーナがやっている薬剤師ギルドではなく、元からオールブルームに存在していた薬師ギルドの薬は高価で当時のエステラですら購入を躊躇うほどだったのだ。こいつらは薬すらまともに手に入れられなかったのだろう。
もしかしたら単純に遺伝的な目の疾患かもしれないが…………いや、待てよ。
痩せ細ったバルバラの顔を見て、俺の頭に一つの可能性が浮かび上がる。
ここ数日のあれこれがなければ、ひょっとしたら見落としていたかもしれない可能性……けれど、そうか、そういうこともあり得るのか。
「おい、バルバラ。お前ら、飯はちゃんと食えてるのか?」
「今は腹なんか減ってない! それよりもテレサが……!」
「答えろ!」
妹を案ずるあまり、こちらの話が聞こえなくなっているバルバラを一喝する。
お前が短絡的に癇癪を起こすほど、妹の救済が遅れると自覚しろ。
「お前はこの際どうでもいい。テレサは、ちゃんと飯を食っているのか?」
「それは…………『あがり』があった時は、それなりに……肉とかも、たまには」
「内臓は食うか?」
「食うかよ! 獣じゃあるまいし!」
「魚は?」
「そんなもん、四十一区にはほとんど出回ってねぇよ」
そうだった。
四十一区には川漁ギルドがないんだ。
おまけに小さい港のある三十八区からも距離があり、魚の流通はほとんどない。
「じゃあ、野菜は?」
「あのな……アーシは盗賊だぞ? 嵩張る上に腹持ちの悪い野菜なんか盗むかよ! それに、アーシは野菜嫌いだしな」
この……バカ姉!
「そいつは完全にビタミン欠乏が原因だ」
「びた……なんだって?」
発展途上国では、子供の失明率が高い。
それは、十分な食事が取れないことによるビタミン欠乏が原因だと言われている。
栄養が行き届かず角膜が軟化してしまうのだ。
早く処置をしないと手遅れになってしまう。
「バルバラ。ここから出せば、なんだって言うことを聞くと言ったな?」
「あぁ! だから出してくれ!」
「じゃあ、妹の居場所を教えろ。俺が迎えに行ってやる」
「それはダメだ!」
「なんでも言うこと聞くんだろうが!?」
「テレサのことだけは別だ!」
「カエルにされたいのか!?」
「したけりゃしろよ! アーシがどうなろうが、テレサだけは何があってもアーシが守る!」
「お前のやり方じゃ守れねぇから言ってんだよ!」
「テレサのことはアーシが一番分かってんだよ!」
こいつ……っ!
「じゃあ、交渉は決裂だ。判決が出るまでずっとそこにいろ……一年でも、十年でもな」
「まっ、待ってくれ!」
あれもこれも嫌だ嫌だと言いやがって。
お前がそんなだから……テレサは…………って、こいつを責めるのは簡単だが…………さてはて。
「どうしたら……なぁ、どうすりゃアーシの頼みを聞いてくれんだよ? アーシはテレサを助けたいだけなんだ! テレサさえ無事なら、アーシはどうなったっていいんだよ! なぁ!?」
こりゃ、ヤップロックが意地になって食ってかかった理由が分かるな。
過去の自分がダブって見えたんだろうな。
「逆に聞かせろ。どうすればお前は俺を信用する? お前一人で行動させることは不可能だ。それを考慮した上で、お前が納得できる方法を提示しろ」
「それは……」
「お前が悩んだ分、テレサの救出は遅れることになるぞ」
急かしてやると、バルバラは目を大きく開いて落ち着きをなくす。瞳孔が開ききっている。相当テンパっているようだ。
盛大に焦って、なんとか妥協できる点を探し出す。
普段なら引かないであろう妥協点まで強制的に後退させる。
妹のためならなんでもするんだろ?
自分の信念を曲げてみせろ。
『アーシしかテレサを救える者はいない』ってその自惚れた考え方を改めろ。
「じゃ、じゃあ!」
そうして、バルバラが提示してきたのはなんとも単純な提案だった。
「アーシよりも強いヤツがいるなら認めてやる!」
強さに自負のあるバルバラ。
自分を越える者であれば、妹を助け出せるとそう考えたようだ。
「オーケィ。じゃあ、準備をしてくるからちょっと待ってろ」
やることは多い。
そのくせ時間がない。
俺は駆け出し、机の上に放置した鍵束を取って地下牢を飛び出した。
ドアが閉まった時にバルバラがなんか叫んでいたが、全部無視してやった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!