「…………う…………っぷ」
ロレッタの手が完全に止まってしまったのだ。
三十分間、脂っこい肉の塊をひたすら食べ続けたのだ、無理もない。
しかし、結構なリードをしているから、このまま逃げ切れれば……
「むぁあ、もう駄目ダ。ほダら、いくダ! 『チェンジ・ザ・ストマック』!」
ドリノが叫ぶと、ドリノの全身が真っ白に輝いた。
「ふぅーむ! 胃がすっきりしたダ! おねーさん、おかわり頼むダ!」
ドリノの『チェンジ・ザ・ストマック』は、本当に胃を自在に切り替えることが出来る技のようだった。
さっきまで苦しそうだったドリノが、また空腹時のような勢いで食べ始めたのだ。
「おかわり頼むダ! どんどん持ってくるダ!」
「む、むむ! あたしも、ま、負けない……ですっ!」
懸命に肉の塊に齧りつくロレッタ。しかし、一口食べては気分が悪そうに顔を歪める。
……あれはもう、食えないだろうな。
無理して詰め込んでも、きっと吐き出してしまう。そんな食い方は体に悪い……
「……ロレッタを棄権させるか」
これ以上無理はさせられない。
「いいのかい?」
「しょうがないだろ」
エステラへの答えは、必死に頑張るロレッタを見ながら、自然と口から零れ落ちていた。
「ここでの一勝より、ロレッタの体の方が大事だからな」
ぽろりと言って……ハッとした。
「あ、いや! 変な意味じゃないぞ?」
振り返ると、…………あぁ遅かった。
「ヤシロさん……」
「君も、言うねぇ」
「……だから、ハムっ子に懐かれる」
「てんとうむしさん……やさしい」
みんながニヤニヤした目で俺を見つめていた。
……くっ、キャラじゃない発言を、そんな温かい眼差しで肯定的に取らないでくれ。すっげぇ恥ずかしい!
「ヤシロさん。今の言葉、ロレッタさんが聞いたら、きっと喜ばれますよ」
「言えるか! んな恥ずかしいこと! お前ら、絶対言うなよ!?」
とにかく、棄権させよう。
そう思った時……
「おおおおおおっ!?」
会場が揺れ動くようなどよめきが湧き起こった。
「なんだ!?」
「ヤシロさん、見てくださいまし! ゼノビオスが!」
イメルダに言われ視線を向けると……
「おかわりプリーズ……どうも。パクリ……もぐもぐ…………おかわりプリーズ! ありがとう、こネコちゃん。パクリ…………むしゃむしゃ…………おかわりプリーズ!」
凄まじい勢いで、スタイリッシュに、肉を平らげていた。
速いっ!? なんなんだ、あの速さは!?
「おそらく、胃を慣らすために、最初は小さく切ったお肉をゆっくりと食べていたんですわ。そして、残り十五分になったところで、本来の早食いを解禁したと、そういうわけに違いありませんわ!」
「そんなバカなっ!?」
「あれは、いわば……食前肉!」
「酒じゃなくて!?」
スタイリッシュ・ゼノビオスは、どうやらちょっと変わった人種のようだ。
肉を食うことで食欲を刺激し、さらに食う。スロースターターというヤツらしい。
「くっ、負けないダ! オラにもおかわりダ! そして、『チェンジ・ザ・ストマック』!」
ドリノの体が白く発光し、再び食べる速度が上がる。
一人リードしていたロレッタだったが、瞬く間に差が縮まっていく。
三皿差……二皿差…………一皿差………………逆転されたっ!?
「は、はぅわぅ……た、食べるですっ!」
涙目で肉に齧りつくロレッタ。
「待てロレッタ! いい! 勝たなくていいから!」
「無理だヤシロ。観客席を見てごらんよ」
「え?」
振り返ると……
「いいぞロレッター!」
「がんばれー!」
「かっこいいよー!」
「せーの!」
「「ロレッタおねーちゃんがんばってー!」」
「イケイケ! ロレッター!」
「俺は今、猛烈に感動しているぞぉ! ロレッタァー!」
観客が、健気に頑張るロレッタに熱い声援を送っていた。
大きな熱い『想い』が、一人で戦うロレッタを後押しする。
これは、引けない。
あいつは、声援にはきっちり応えるヤツだ。
相手の希望を敏感に読み取り、そしてそれを着実に実行するヤツだ。
俺が言ったんじゃないか……盛り上げてくれって。
「さぁ! ヤシロも応援しよう!」
「あ……あぁ!」
こうなったら、残りの時間全部、声を張り上げて応援してやる。
「ロレッタ、頑張れっ!」
「ロレッタさーん!」
「……ゆくのだっ、ロレッタ」
「ロレッター! 君ならイケる! ボクは信じてるよ!」
俺たちの声が届いたのか、ロレッタの耳がぴくぴくと動く。
獣特徴の何もない、人間と変わらない耳。
良くも悪くも普通のロレッタが、今、この瞬間だけは誰よりも特別な存在になっている。
全員の注目を一身に集め、ロレッタは肉に齧りつく。
「くっ…………えぇい、これで最後ダ! 『チェンジ・ザ・ストマック』!」
ドリノが三度目の発光をする。四つ目の胃に切り替わった。
ヤツも、これが最後だ。
「んん~……さすがに、もう……ムリっぽ……です、ねぇ……」
スタイリッシュ・ゼノビオスがここにきて急激なペースダウン。
仕方がないのだ。誰も、こんな限界まで食事をしたことがないのだから。
ゼノビオスの皿は二十枚で止まった。
ドリノが二十五枚。ロレッタは……十八枚…………ダメか……
「ヤッ、ヤシロさん!?」
ジネットが俺の袖を引き、珍しく声を張り上げる。
ジネットの視線の先には…………マジかよ……
「ロレッタが…………復活?」
怒涛の勢いで肉を飲み込んでいくロレッタがいた。
「おかわりお願いするです!」
まるでわんこそばのような、リズミカルなテンポで、どんどんと肉が運ばれてくる。
運ばれてきた肉を掴んでは口へと押し込んでいく。いや、詰め込むと言った方がより正確だ。
ロレッタは、何かが吹っ切れたかのように、無心で肉を口の中へと詰め込んでいた。
「す……すごい…………一体、どこにあんな力が……」
ごくりと、エステラの喉が鳴る。
見ているこっちが息苦しくなるような、鬼気迫る食いっぷりに、観客席は静まり返っていた。
目が離せない。
ロレッタが、目に涙を溜めて、頬をパンパンに膨れ上がらせて、それでも懸命に肉を詰め込んでいく……その姿は…………感動すら覚え………………ん?
「お、おかわりっ、お願いっ、です!」
運ばれてくる肉を掴んでは、口へと詰め込み……頬が膨らみ…………首が膨らみ………………胴体が膨らんでいく………………
「ま、まだまだ入るです! おかわりです!」
「ぐ……なんダ、こいつは…………抜かれるダ……っ!?」
そして、ついに、『チェンジ・ザ・ストマック』のドリノに並び……再逆転した。
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