異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

137話 第二試合 詰め込む詰め込む -3-

公開日時: 2021年2月14日(日) 20:01
文字数:2,580

「…………う…………っぷ」

 

 ロレッタの手が完全に止まってしまったのだ。

 三十分間、脂っこい肉の塊をひたすら食べ続けたのだ、無理もない。

 しかし、結構なリードをしているから、このまま逃げ切れれば……

 

「むぁあ、もう駄目ダ。ほダら、いくダ! 『チェンジ・ザ・ストマック』!」

 

 ドリノが叫ぶと、ドリノの全身が真っ白に輝いた。

 

「ふぅーむ! 胃がすっきりしたダ! おねーさん、おかわり頼むダ!」

 

 ドリノの『チェンジ・ザ・ストマック』は、本当に胃を自在に切り替えることが出来る技のようだった。

 さっきまで苦しそうだったドリノが、また空腹時のような勢いで食べ始めたのだ。

 

「おかわり頼むダ! どんどん持ってくるダ!」

「む、むむ! あたしも、ま、負けない……ですっ!」

 

 懸命に肉の塊に齧りつくロレッタ。しかし、一口食べては気分が悪そうに顔を歪める。

 ……あれはもう、食えないだろうな。

 無理して詰め込んでも、きっと吐き出してしまう。そんな食い方は体に悪い……

 

「……ロレッタを棄権させるか」

 

 これ以上無理はさせられない。

 

「いいのかい?」

「しょうがないだろ」

 

 エステラへの答えは、必死に頑張るロレッタを見ながら、自然と口から零れ落ちていた。

 

「ここでの一勝より、ロレッタの体の方が大事だからな」

 

 ぽろりと言って……ハッとした。

 

「あ、いや! 変な意味じゃないぞ?」

 

 振り返ると、…………あぁ遅かった。

 

「ヤシロさん……」

「君も、言うねぇ」

「……だから、ハムっ子に懐かれる」

「てんとうむしさん……やさしい」

 

 みんながニヤニヤした目で俺を見つめていた。

 ……くっ、キャラじゃない発言を、そんな温かい眼差しで肯定的に取らないでくれ。すっげぇ恥ずかしい!

 

「ヤシロさん。今の言葉、ロレッタさんが聞いたら、きっと喜ばれますよ」

「言えるか! んな恥ずかしいこと! お前ら、絶対言うなよ!?」

 

 とにかく、棄権させよう。

 そう思った時……

 

「おおおおおおっ!?」

 

 会場が揺れ動くようなどよめきが湧き起こった。

 

「なんだ!?」

「ヤシロさん、見てくださいまし! ゼノビオスが!」

 

 イメルダに言われ視線を向けると……

 

「おかわりプリーズ……どうも。パクリ……もぐもぐ…………おかわりプリーズ! ありがとう、こネコちゃん。パクリ…………むしゃむしゃ…………おかわりプリーズ!」

 

 凄まじい勢いで、スタイリッシュに、肉を平らげていた。

 速いっ!? なんなんだ、あの速さは!?

 

「おそらく、胃を慣らすために、最初は小さく切ったお肉をゆっくりと食べていたんですわ。そして、残り十五分になったところで、本来の早食いを解禁したと、そういうわけに違いありませんわ!」

「そんなバカなっ!?」

「あれは、いわば……食前肉!」

「酒じゃなくて!?」

 

 スタイリッシュ・ゼノビオスは、どうやらちょっと変わった人種のようだ。

 肉を食うことで食欲を刺激し、さらに食う。スロースターターというヤツらしい。

 

「くっ、負けないダ! オラにもおかわりダ! そして、『チェンジ・ザ・ストマック』!」

 

 ドリノの体が白く発光し、再び食べる速度が上がる。

 

 一人リードしていたロレッタだったが、瞬く間に差が縮まっていく。

 三皿差……二皿差…………一皿差………………逆転されたっ!?

 

「は、はぅわぅ……た、食べるですっ!」

 

 涙目で肉に齧りつくロレッタ。

 

「待てロレッタ! いい! 勝たなくていいから!」

「無理だヤシロ。観客席を見てごらんよ」

「え?」

 

 振り返ると……

 

「いいぞロレッター!」

「がんばれー!」

「かっこいいよー!」

「せーの!」

「「ロレッタおねーちゃんがんばってー!」」

「イケイケ! ロレッター!」

「俺は今、猛烈に感動しているぞぉ! ロレッタァー!」

 

 観客が、健気に頑張るロレッタに熱い声援を送っていた。

 大きな熱い『想い』が、一人で戦うロレッタを後押しする。

 

 これは、引けない。

 

 あいつは、声援にはきっちり応えるヤツだ。

 相手の希望を敏感に読み取り、そしてそれを着実に実行するヤツだ。

 

 俺が言ったんじゃないか……盛り上げてくれって。

 

「さぁ! ヤシロも応援しよう!」

「あ……あぁ!」

 

 こうなったら、残りの時間全部、声を張り上げて応援してやる。

 

「ロレッタ、頑張れっ!」

「ロレッタさーん!」

「……ゆくのだっ、ロレッタ」

「ロレッター! 君ならイケる! ボクは信じてるよ!」

 

 俺たちの声が届いたのか、ロレッタの耳がぴくぴくと動く。

 獣特徴の何もない、人間と変わらない耳。

 

 良くも悪くも普通のロレッタが、今、この瞬間だけは誰よりも特別な存在になっている。

 全員の注目を一身に集め、ロレッタは肉に齧りつく。

 

「くっ…………えぇい、これで最後ダ! 『チェンジ・ザ・ストマック』!」

 

 ドリノが三度目の発光をする。四つ目の胃に切り替わった。

 ヤツも、これが最後だ。

 

「んん~……さすがに、もう……ムリっぽ……です、ねぇ……」

 

 スタイリッシュ・ゼノビオスがここにきて急激なペースダウン。

 仕方がないのだ。誰も、こんな限界まで食事をしたことがないのだから。

 

 ゼノビオスの皿は二十枚で止まった。

 ドリノが二十五枚。ロレッタは……十八枚…………ダメか……

 

「ヤッ、ヤシロさん!?」

 

 ジネットが俺の袖を引き、珍しく声を張り上げる。

 ジネットの視線の先には…………マジかよ……

 

「ロレッタが…………復活?」

 

 怒涛の勢いで肉を飲み込んでいくロレッタがいた。

 

「おかわりお願いするです!」

 

 まるでわんこそばのような、リズミカルなテンポで、どんどんと肉が運ばれてくる。

 運ばれてきた肉を掴んでは口へと押し込んでいく。いや、詰め込むと言った方がより正確だ。

 

 ロレッタは、何かが吹っ切れたかのように、無心で肉を口の中へと詰め込んでいた。

 

「す……すごい…………一体、どこにあんな力が……」

 

 ごくりと、エステラの喉が鳴る。

 見ているこっちが息苦しくなるような、鬼気迫る食いっぷりに、観客席は静まり返っていた。

 

 目が離せない。

 

 ロレッタが、目に涙を溜めて、頬をパンパンに膨れ上がらせて、それでも懸命に肉を詰め込んでいく……その姿は…………感動すら覚え………………ん?

 

「お、おかわりっ、お願いっ、です!」

 

 運ばれてくる肉を掴んでは、口へと詰め込み……頬が膨らみ…………首が膨らみ………………胴体が膨らんでいく………………

 

「ま、まだまだ入るです! おかわりです!」

「ぐ……なんダ、こいつは…………抜かれるダ……っ!?」

 

 そして、ついに、『チェンジ・ザ・ストマック』のドリノに並び……再逆転した。

 

 

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