「というわけでバルバラ、お前みたいなヤツは即出禁だ」
「でもっ! アーシはとーちゃんのために……!」
「そうやって責任を他人に押しつけるな」
やかましいバルバラの口を塞いでおこう、精神的に。
「ヤップロックの仕事を手伝って『お前が』感謝されたいと思ったんだろ。『お前が』手伝いたかったことを『とーちゃんのために』なんて言葉でヤップロックを悪者にするな。悪口言われたくないんだろ?」
「アーシは、別に、そんなつもりは……」
「綺麗になりたいのもパーシーのためじゃなく、パーシーによく見られたい『お前のため』だ。お前の言う『誰かのため』ってのは、その実みんな『お前のため』にお前がやりたいことばっかりなんだよ」
……と、そう言うととても自己中人間の自己満足のように聞こえるが、大抵の人間がそのように考えている。
親切にするのも感謝されたり、自分が「いいことした」って気持ちになりたいからだからな。
親切にした相手に感謝されないとちょっと損した気分になってしまうってヤツは、その傾向が非常に強いと言える。
自分が与えた分だけきっちり返されて当然だと思っているヤツなんかは完全にそういうタイプだ。
もっとも、それは責められることではなく、極めて普通の感情であるのだが……
バルバラには、ちょっと厳しめのお灸が必要だから、事実は伏せておく。
「お前の自己満足に周りを巻き込んで、誰にも迷惑をかけていないと本気で思っているなら今すぐ帰れ」
「…………」
バルバラがぐっと拳を握りしめる。
ガリッと奥歯が削れる音がして、うっすらと両目に涙が浮かぶ。
俺、デリア、ベルティーナ。
それからその場にいる者たちへ順番に視線を向けて、バルバラは俯いた。
「……ごめん、なさい」
大勢の前でつるし上げられるのはつらいだろう。
けど、これは今、この場所で言ってやるべきことだったのだ。なにせここには、デリアがいるからな。
「おう! 謝ったならもういいぞ!」
がしっと、大きな手がバルバラの頭を掴む。
そして乱暴に髪をかき乱す。
「最初はみんな失敗ばっかするんだよ。けど、反省して、悪いところを直していけば、そのうちいいヤツになれるんだ。お前はこれからだな、バルバラ」
「……っ!? は、はい!」
予想通りというか、デリアは怒る時は怒って、その後はまったく引き摺らない。
褒める時は褒めるし、慰める時は慰める。
もしどこかで大きな失敗を経験しなければいけないのだとすれば、デリアみたいなヤツのそばで思いっきり失敗しておくといい。
今回デリアのそばで経験できたバルバラはラッキーだと言えるだろう。
叱られて萎んだ心は、受け止めてくれる大きな器に触れるとほっと安らぐ。
過保護の解釈を大きく歪曲するならば、デリアは十分に過保護な責任者だと言える。……他人の体力や強靭さを自分基準で考える癖さえ改善されればなぁ。
「デリアさん、名前をちゃんと言えましたね」
「きちんと向き合う価値があるって認めたってことじゃないかな」
ジネットとエステラがそんな会話をしていた。
「もっとも、デリアの場合はそんな基準とかは考えてなくて興味があるかないかが大部分を占めているんだろうけれどね」
エステラの言葉に、ジネットも控えめに笑う。
笑っちゃ悪いなぁと思いつつも、堪えきれずに、遠慮して。そんな感じだ。
「バルバラさんは、これから変わるでしょうね」
ベルティーナが、俺の隣で静かに囁く。
顔を見れば、視線だけがチラリとこちらに向いた。
「恋をして浮かれて、家族を得て舞い上がって、自分の居場所を見つけたと張り切って……」
これまでバルバラが望んでも手に入れられなかったものが、環境が、この短期間で一気に手に入った。
だからこそ、バルバラはそれを失いたくないと強く思った。
「大切なものを守るための手段に『反発』ではなく、『歩み寄り』を選択できるようになればいいですね」
「……だな」
根本的な考え方を変えるのは難しいだろう。
だが、ここは四十二区だ。訪れる者を次々と残念&ポンコツ化させてしまうゆる~い空気の中にいれば、あいつも少しは丸くなるだろう。
今のバルバラは、手に入れた物を一欠片も失うまいと抱え込んでいるような状態だ。もう少し肩の力を抜いて、必死に抱え込んでいなくてもそう簡単になくなりはしないということを知れば――
「もっといい顔をするようになるだろうよ」
そんなことを話したら、ベルティーナが嬉しそうに目を細めた。
「そうですね。ヤシロさんのように、素敵なお顔になることを望みます」
「いやぁ、ここまでの美形にはなれないんじゃないかなぁ?」
「うふふ。ヤシロさんのそういうお顔が、私は好きですよ」
ベルティーナの言う『そういう』ってのがどういうものかは知らんし、あえて聞きはしないが、その微笑ましそうな目はちょっとくすぐったいからあんま見んな。
俺の美形に「はふぅ~素敵過ぎますぅ~」みたいに見惚れるならいくらでも見ていていいけどな。
「ヤシロさんって、他区の者にも優しいんですね」
「そ~だよぉ☆ モリーちゃんも、実感あるでしょ?」
「まぁ……そうですね」
「ヤップロックにも厳しい激励をしたみたいだし、性分なんさねぇ、きっと」
くつくつと笑う声が聞こえる。
どうにも俺の周りの人間は俺を聖人のように仕立て上げたいらしい。
……まぁ、一部の人間は俺を『性人』に仕立て上げようと画策しているようだけどな。お前だよ、真っ黒薬剤師。
「それじゃあ、ちょっと遅くなったけど、体操を始めるぞ!」
「「「はい!」」」
デリアが前に立ち、講師予定の四十一区の女性たちが姿勢を正す。
四十二区の体験入所者は後ろの方で邪魔にならないように参加する予定だ。
「モリーさん、頑張りましょうね」
「はい! 今日一日分のカロリーを消費しましょう!」
「終わったら夕御飯だねぇ~☆」
「そいじゃあ、アタシも陽だまり亭で食べていくさね」
「ボクも、パンじゃなくてご飯が食べたいよ」
「私はパンもご飯も食べたいです」
この一角、ダイエットする気ないみたいです。
まぁ、大半が必要ない面々だからなぁ。
で、バルバラはというと、先ほどの失敗を少しでも雪ごうと最前列に陣取っている。
意欲だけはすごいんだよな、あいつ。目の前にあるもののことしか考えられないだけで。もう少し器用に意識の切り替えが出来るようになれば、多少は改善されるだろう。
「今日は、ヤシロが考えた新しいエクササイズなんだ。な、ヤシロ?」
「おう。自信作だ! 有酸素運動を行いながら、二の腕やお腹周りなど引き締めたいところにしっかりと効く運動だ」
デリアは楽々こなしてしまったが、一般的な女性たちには少々しんどい運動量だろう。
いい汗かけるぞ。
「しかも! 薄着故にはっきりとぷるんぷるん揺れ動くのが堪能できる視覚的にも楽しいエクササイズになっているのだ! さぁ、みんな! 一切手加減せずに、全力で取り組み、盛大に揺らしてくれたまえ!」
「デリア~! 責任者としてこの場の秩序を乱す不届きものを排除してくれるかい?」
「分かった、摘まみ出すな」
エステラの余計な一言のせいで、俺は「ぺい~」っと教室の外へと摘まみ出された。
おのれ、おのぅれぇぃ……
俺が折角考えた『おっぱい4D体操~宇宙遊泳エクササイズ~』だったのにっ!
発案者として講師の横でじっくり堪能する予定だったのにっ!
それから教室の扉は固く閉ざされ、俺は漏れ聞こえてくる声と音を聞きながら血の涙を流し続けた。
でもまぁ、一つだけ言えるのは――
叩き出すじゃなくてよかった。切実に。
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