異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

270話 誰かを攻撃する時は -3-

公開日時: 2021年6月9日(水) 20:01
文字数:4,099

「ルシアさんに、感謝をしなければいけませんね」

 

 話が一段落し、重苦しかった空気が軽くなった頃、ベルティーナが静かに思いがけないヤツの名を口にした。

 ルシア?

 どっから出てきた、その名前?

 

「猛暑期には、次に来るのは年明けだとおっしゃっていたのに、トルベック工務店さんのあらぬ噂を耳にして忠告に来てくださったんですね」

「いや、あいつはミリィに会いに来ただけだろ」

「ふふ。それも、大きな目的の一つでしょうね」

 

 だが、決してそれだけではないと、ベルティーナは思っているようだ。

 変態にも人権を。さすがベルティーナ。シスターの鑑だな。

 

「ルシアさん、教会にも挨拶に来られたのですよ。餅つき大会に影響を与えたかもしれないと危惧されて、申し訳ないって」

 

 俺たちを三十五区へ呼んで餅つきを教えろと言っていたルシア。

 そのせいで、四十二区での餅つきに悪影響を及ぼすかもしれないと思ったらしい。それで、餅つきを楽しみにしているというガキが大勢いる教会へ挨拶に出向いたようだ。

 変なところで律義な。

 なら、三十五区での餅つき大会をなしにすれば、俺らもわざわざ出向かなくてよくなるのに。

 ……もっとも、今となってはジネットたちが楽しみにしているので、急に中止と言われてもモヤッとするんだろうけどな。

 

 けど、そうか。

 ルシアのヤツ、そんな気を遣ってくれていたのか。

 

「ルシアはさ、来るたびにアホみたいなことを言って、騒いで、迷惑ばっかりかけてくるからさ――裏でいいことしていたとしても感動が帳消しになるな」

「えっ、なんで!? その流れだと、『普段騒がしくて気が付かないけれど、裏ではちゃんとやってくれてるんだな』って感動するところじゃないの!?」

「え、なに、エステラ? お前、ちょっと気を遣われたくらいでルシアの普段の行動全部許せんの?」

「いや、……それは確かに、ちょっとムリかも」

 

 なにせ普段が酷過ぎるので、ちょっとくらいいいことしたところで、よくて帳消し、なんならちょっと足らないくらいだ。

 プラマイゼロ、むしろマイだ。

 

「盛大に持て成してもらわないと割に合わねぇな」

「では、普段から迷惑をかけられているボクも同行して、接待を受けるとしようかな」

 

 そんな俺たちの会話を、ジネットとベルティーナがくすくすと笑いながら聞いている。

 何がおかしいんだよ?

 

「ヤシロさんもエステラさんも、三十五区への出張が楽しみなんですね」

 

 はぁ?

 なんでそうなるんだ、ジネット?

 俺は持て成せと言っているんだぞ? プラマイでマイナス寄りなのを補填するために。

 

「エステラさんも、最近少しヤシロさんに似てきましたね」

「えっ!? 冗談やめてくださいよ、シスター!? 本気でへこみますよ」

「えっ、まだへこむ余地があるの、お前!?」

「……うるさいよ、ヤシロ」

 

 湯船の中から、サメの背びれのようににょきっと刃を覗かせるエステラのナイフ。

 お前な……体洗いタオルを湯船に浸けるなってルールがあるんだから、ナイフはもっとダメだろうなって分かりそうなもんだろうが。つか、分かれよ。

 

「何があると思ってナイフなんか持ち込んだんだよ……」

「水着とはいえ、君と混浴するんだから、これくらいの備えは必須だろう?」

 

 お前が言い出したことじゃねぇか、水着で混浴!

 言い出しっぺはホスト! 招かれた俺たちはゲスト!

 ホストならゲストを持て成せよ!

 無理だと分かりきっていても寄せて上げる努力くらいはしてみせろ!

 

「無理だと分かりきっていても寄せてガボゴボ……っ!」

 

 しーずーめーらーれーたー!

 

 ちょっと見ました、奥様!?

 この領主、人の頭に手を乗せて湯船に沈めましたわよ!?

 信じられませんわ! お野蛮ですことっ!

 お野蛮人ですわ!

 

「二人とも、お風呂ではしゃぎ過ぎるんじゃないさね」

「ロレッタさんみたいですわよ」

「ちょーっと、イメルダさん!? あたし関係ないのに被弾してるですよ!?」

「あぁ、ロレッタいっつも風呂で暴れるからなぁ」

「デリアさんも大概でしたよ!?」

「……デリアとロレッタが揃うと、お湯の減りが早い」

 

 あぁ、うん。

 なんか想像できるわ。

 

 なんだろう、こいつらの入浴シーンって、思春期男子が妄想するようなお色気ムフフなイメージじゃなくて、もっとサバイバルな感じなんだろうな。

 

「ヤシロさん、大丈夫ですか?」

「けほっ……大丈夫じゃないから、あいつを叱ってきてくれ」

「ヤシロさんが変なことを言うからですよ」

 

 おでこをツンと突かれる。

 まったく、ジネットは……エステラには甘いんだから。

 

「俺、各区の領主に、もっと優しくされてもいいと思う」

「ならまず、君が各区の領主に敬意を払って接するべきだよ。手始めに、ボクに敬意を表してみたまえ」

「同じ浴槽に浸かって敬意も何もないだろうが」

「う……、改めて言わないで。なんか、ちょっと照れるから」

 

 照れるなよ、言い出しっぺ。

 そういう顔をしていると、またナタリアにからかわれて……

 

「そういえば、ナタリアが静かだな」

「言われてみればそうだね」

 

 普段、給仕長は領主の脇に控え、存在感を消している。

 この区の給仕長は、領主の前に割り込んでくるくらい存在感を発揮しているが……今日は随分と大人しい。

 まさか、のぼせてんじゃないだろうな?

 

 と、辺りを見渡してみると、湯遊風呂にナタリアの姿を発見した。

 生唾ごっくんものの黒いセクシーなビキニを着た美女が、浅くぬるい子供風呂にしゃがんで水面を見つめている。

 

 何をしてんだと近付いてみると――

 

「『わ~、にげろ~、船だ~』……ふふ」

 

 お風呂のオモチャで遊んでいた。

 

「何やってんだ、お前は?」

「はっ!? ヤシロ様! 申し訳ありません、お出迎えの際はセクシーショットでと考えておりましたのに」

「うん、気持ちだけもらっとくから、この状況説明してくれる?」

「なんということはありません。明日からオープンですので、子供たちの遊び場に危険がないかを確認していたまでです」

 

 そういえば、今回の入浴は大浴場を運営するにあたり不備がないかを確認する目的もあったのだ。

 とりあえず、風呂には問題なく入れる。

 火傷する心配も少ない。

 危惧すべきは、湯あたりを起こすヤツが出そうなことくらいか。

 

 はしゃぎ過ぎて長湯をするヤツが続出しそうだ。

 たとえば、途中からずっと静かだな~っと思ったらサウナですっかりのぼせて床に寝転がって伸びているあそこのオメロのように。

 あ、ベッコがふらつく足取りで近付いていって、隣に寝そべった。

 あぁ、あそこ水風呂か。近くにいると涼しいんだろうな。

 

 あいつらなら、放っておいても大丈夫だろう。

 

「で、オモチャはどうだ?」

「貯金をはたいて、全種類購入することにしました」

「違う違う違う。お前が気に入ったかどうかはどうでもいいから、安全面に問題はないか?」

 

 なんか、めっちゃ気に入ったらしい。

 そういえば、ナタリアは何気に可愛いものが好きなんだよな。

 

「概ね問題はありません。……あ、申し訳ありません。エステラ様の前で『オオムネ』だなんて……」

「いいから、続けて」

 

 エステラがすーんって顔をしている。

 もうちょっと構ってやらないとナタリアが拗ねるぞ。お前のことが大好きなんだから、こいつ。

 

「このポンポン蒸気船というもののみ、取り扱いに気を付ける必要がありそうです。ある程度の年齢に達した子供と一緒でないと使用できないようにした方がいいかと思います」

 

 ポンポン蒸気船は火を使うからな。

 変なところを触れば火傷をしてしまう。

 

「それじゃあ、ポンポン蒸気船だけはカウンターで貸し出すようにしようか」

「その方がよろしいと思います」

 

 他のオモチャは、ずっと湯船に浮かべておく。

『西の湯』の所有物であるという証に名前を刻印して。持ち出しは禁止だ。

 

「可愛いですね、アヒルさん」

「金魚も、たい焼きみたいで可愛いです!」

「……マグダは、この子の髪を洗ってあげる」

 

 ジネットやロレッタがブリキのオモチャに興味を示す中、マグダが赤ん坊人形に食いついた。

 母親が赤ん坊にするように、優しく湯をかけてやっている。

 

 それを見てノーマが「へぇ……」と息を漏らした。

 マグダが他のどのオモチャにも目もくれず、真っ先に食いついたことに感心したようだ。

 作ってみたものの、本当にこんなので遊ぶのかとイマイチ信じきれていなかったのだろう。

 マグダは年齢的にちょっと上だが、リベカくらいの子供ならこぞってお姉さんごっこをしたがるだろう。

 

「ちなみに、男湯の方には合体ゴーレムがいるぞ」

 

 ロボットってのが伝わらなかったのでゴーレムということにしてあるが、要するに合体ロボだ。

 二体のロボットが合体して、一体の大きなロボットに変形する。

 ……といっても、付け外しが出来るだけで手の込んだギミックはつけていない。

 合体前のロボットも、明らかに合体ありきの歪なフォルムをしているのだが、まぁ、ガキにはちょうどいいチープさだろう。

 飾る用ではなく、遊ぶ用だからな。

 

「ヤシロさん、ヤシロさん! 見てください、雪だるまちゃんです!」

 

 湯に浮かぶ雪だるまを掬い上げ、ジネットが嬉しそうに見つめる。

 

「それに、あっちにも、ほら!」


 天井付近を指さし、そこに聳える大きな雪だるまの石像を見上げる。

 この大浴場の中で圧倒的な存在感を発揮している、ベッコ作の雪だるま君の大冒険をモチーフとした石像たち。

 天使や幻獣が点在し、なんともファンタジーな仕上がりになっている。

 

 ……俺が軌道修正させた。

 第一案はあまりにも雪だるま過ぎたからな。

 

「すごいですね」

「まぁ、驚くだろうな」

 

 見上げるほどに大きな石像が点在し、高い天井と広い浴槽が開放感を与える。

 ここは気軽に非日常を味わえる空間だ。

 

「運がよかったです」

 

 雪だるまの石像を見上げ、ジネットが微笑む。

 

「ヤシロさんと見られるチャンスは、きっと今回一度きりですから」

 

 俺が女湯に入ることは、この先もう二度とないんだろうな。

 ここが廃業でもしない限りは。

 

「陽だまり亭の風呂でよければ、いつでも混浴してやるぞ」

「うみゅっ!?」

 

 そう言うと、ジネットは赤く染まる頬を誤魔化すように雪だるま人形を顔の前に持ってきて言う。

 

「懺悔してください」

 

 雪だるまに言われた気分だよ。それじゃ。

 

 

 その後、すべての湯を試し、確認をして、大浴場の視察は終了した。

 

 

 

 

 

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