「お待たせしましたぁ~」
俺が頼んだ画材道具を抱えて、ジネットがにこにこ戻ってきた。
それはもう嬉しそうな顔で。
「なんでそんなに嬉しそうなんだよ?」
「だって、ヤシロさんのお顔が……うふふ」
「君の顔がユニークなんだってさ」
「やかましい」
「へぅっ、ち、違いますよ! そういうことではなくて……!」
エステラのしょーもない茶々に、ジネットがあわてて両手をぶんぶん振って否定する。
そして、控えめな笑みを浮かべて微かに俯き、そっと綻ぶように口を開く。
「ヤシロさんのお顔が、いつものアノお顔になっていたので」
顔を上げて、こちらへなんとも無防備な、絶対的な信頼を含めたような笑顔を向ける。
「また、とっても楽しいことが始まるんだなって、そう思ったら、なんだか嬉しくなってしまいまして」
詐欺師が見たらベロンベロンと舌をなめずり倒しそうな無防備過ぎる笑顔に、俺は少し頭が痛くなった。
こいつ、「みなさんとっても優しいんですよ」とか言って肉食獣の群れの真ん中でゴロ寝するシマウマ並みに警戒心がないな。
こいつが他人を信用する根拠は一体なんなんだ。どこからくるんだ、その信頼と自信。
「これで俺が、『ハロウィンとは豊乳を祈って巨乳神を奉る祭りなのだ、豊作を祈る農民のように!』って、おっぱいの絵を描き始めたらどうするつもりだよ」
「ヤシロさんはそんなことしません」
「いや、ジネットちゃん。ヤシロのやることだから、最後まで油断は出来ないよ」
「なに言ってんだよ、エステラ。お前なら豊乳を祝うお祭りには積極的に参加するだろう?」
「ボクにどんなイメージを持っているのさ、君は? 大通りで、そんないかがわしいお祭りなんか許可できるわけないじゃないか」
「……けど、領主の館でこっそりと行うなら?」
「…………」
「エステラさん。たぶんですけど、今は絶対黙っちゃいけない場面だったと思いますよ」
モリーの指摘に、エステラはコホンと咳払いをする。
「あの、話がズレちゃいましたので、元に戻しましょうね」
そう言って、ズレた話とブラジャーを同時に元へと戻すジネッ……あ、ブラジャーは違うか。すまん、願望が漏れ出てしまった。
「チューブトップブラがズレた時にさ、脇のところを両手で持って『ぐいっ、ぐいっ』って持ち上げる仕草が好きなんだが」
「『だが』なにさ? 関係のない話を突拍子もなくしないでくれるかい?」
理解が得られなかった。
呆れ顔のエステラはもちろん、ジネットやモリーまでもが「ちょっと理解できない」みたいな顔をしている。
こいつら……。これはまた、今年の猛暑期にも川遊びをしなければならないらしいな。
ちょっと高いところからみんなで飛び込みでもしてみようか!
そうしたらブラズレを直す仕草の趣にみんなが気付くはずだ。
あぁでも、飛び込みでズレるのは上にか……下ズレを直す仕草がいいんだけどなぁ……でも上ズレもいいなぁ……
「上ズレ派と下ズレ派で、また激しい抗争が起こってしまいそうな予感だ……」
「アホなことを真剣な顔で考えてないで、さっさと描けば?」
ジネットが持ってきた紙束を叩いて、エステラがめんどくさそうに吐き捨てる。
「もぅ……」と、ジネットも困った顔で肩をすくめる。
「さっきまでは真面目なお顔でしたのに」
ジネット曰く、何か楽しいことを考えている時は顔つきが違うのだそうで、故に「ヤシロさんはそんなことしません」という言葉が出てきたらしい。
それたぶん、ジネットの勘違いだと思うぞ。
俺の思考を表情から読み解くなんて、FBIやCIAの凄腕捜査官でも不可能だろうに、ジネットみたいな『みんないい人フィルター』が五枚くらいかかってる目で見極められるわけがない。
「まぁ、ヤシロの顔が分かりやすいのは認めるけどね」
「それには、私も賛同できます」
と、なぜかモリーまでもが賛同する。他領の人間で、そこまで頻繁に会うわけでもないのに。
こいつらに『精霊の審判』をかければ一斉にカエルになっちまうんじゃねぇの? 迂闊なことは口にしない方がいいぞ。俺の顔が分かりやすいなんてことあるわけがないんだから。……ない、はずだ。うん、ない。
「でも、それでも、ヤシロさんの顔色判別においては店長さんが頭ひとつ抜きん出てる感じがします」
「そんなことは……ヤシロさんが嘘の下手な素直な方だからですよ」
おいこら。世紀の大詐欺師に向かって『嘘が下手』とは何事か!
営業妨害も甚だしいぞ。名誉毀損レベルだ。
「よし、八割の真実の中に二割のおっぱいを紛れ込ませてやる……」
「ちゃんと真面目にやってください。……もう」
頬をぷっくり膨らませて、ジネットが筆を差し出してくる。
誰のせいだ。俺のせいじゃないぞ、絶対。
呆れと期待が入り混じったような視線が三方向から向けられる。
とはいえ、真面目にといってもどう表現するかな。
実際にやるであろう仮装に寄せてリアルなイラストを描けばきっとジネットは怖がり、そうならないようにと怖さを省けばしょぼさが浮き彫りになる。
特殊メイク並みの仮装なんて日本でもほとんどやられていない。大抵は激安量販店で買ったような安物コスプレだ。
コスプレレベルで言えば、夏と冬に行われる日本最大級のサブカルチャーの祭典の方が圧倒的にレベルが高い。
だが、そのクオリティを四十二区で求めてもな……
いろいろ考えた結果、無難にハロウィンっぽいイラストにした。ハロウィンっぽい雰囲気と楽しそうな感じを前面に押し出した色合いとタッチで。
オレンジのジャック・オ・ランタンが妖しく笑い、建築不可能な歪んだお城のシルエットが紫の夜空に浮かび、怪しい満月の下を魔女がほうきにまたがって飛んでいき、コミカルなモンスターとちゃちな仮装をしたガキどもが楽しげにお菓子を握りしめている、そんなイラストだ。
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