異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

193話 二十四区到着 -1-

公開日時: 2021年3月19日(金) 20:01
文字数:2,860

 馬車に揺られながら、エステラがにやにやしている。

 

「ふふ……ボクたちに手紙だなんて。可愛いところがあるじゃないか、マグダたちも」

 

 手紙をもらえたのが相当嬉しいらしい。

 エステラに来る手紙なんてのは、だいたいが仕事絡みのものだろうから、親しい友人からもらう手紙というのは格別のものなのだろう。

 

「早速読んでみようかな」

 

 いそいそと、綺麗に折りたたまれた手紙を広げる。

 覗き込んでみると、そこには複数の筆致で、様々な言葉が書かれていた。

『がっちり稼いでこい』という、簡素なアッスントの手紙とは大違いだ。

 

「ふふん。そりゃあ、ボクとアッスントじゃ、これくらいの差はあるだろうね」

 

 ことさら自慢げに、エステラは書かれた文字へと視線を注ぐ。

 

 

『えすてらさん、無理しないでね。ちょっと疲れてるみたいだから、果物たくさん食べるといいよ』

 

 

 小さくて丸っこい、なんとも可愛らしい文字でそう書かれている。

 これは、ミリィの文字だな。

 しゃべり口調とは違って、落ち着いた印象を受ける。

 

「ミリィは、文字まで可愛いなぁ」

 

 などと、オッサンが口にすれば事案になりそうな発言を、オッサンがすれば事案になりそうなにやにや顔でのたまうエステラ。

 お前、同性でよかったなぁ。異性だったらミリィに避けられてるところだぞ。

 

「この文字は誰かなぁ~?」

 

 嬉しそうに、その次に書かれた簡素な文字へと視線を移す。

 

 

『抉れあそばせ』

 

 

「イメルダめっ!」

「間違いなくイメルダだな、これは」

 

 丁寧な文字で書かれた簡潔な悪態。

 まごうことなきイメルダからのメッセージだ。

 

 エステラの頬が分かりやすく引き攣っている。

 

「ふ、ふん。こんなのは無視して、次の読もっと!」

 

 イメルダのメッセージをなかったことにして、その次に書かれた文字へと視線を移す。

 

 

『食べた栄養はおなかへ……』

 

 

「……マグダだね、これは」

「奇遇だな。俺もそんな気がするぜ」

 

 文字にも、性格というのは出るものなんだな。

 

 

『なんだ、エステラのヤツ、腹減ってるのか? じゃあ、鮭食え!』

『それなら、ご飯も必須ですね! 炊き立てが最高だと思うです!』

『だったら、海の幸も食べてほし~なぁ~☆ 牡蠣とかどうかなぁ? 牡蠣は海のミルクっていうんだよ~☆ エステラ、ミルク大好きだよねぇ☆』

 

 

 と、聞くまでもなくデリアとロレッタ、そしてマーシャからだと分かるメッセージが続き、エステラの表情が困惑の色を濃くする。

 

「なんでボクは、食べ物を勧められているんだろうか?」

 

 これから、二十四区へ向かおうという領主に対する手紙の内容が、「アレ食え」「コレ食え」……田舎のオカンか。

 

「とある部分が一向に発達しないエステラ様を見て、栄養のあるものを食べろとの気遣いなのでしょう、おそらく」

「ナタリア……一言多い」

「では、余分な部分を省きましょう…………とある部分が一向に発達しないエステラ様」

「そこだよ、多かった余分な一言っていうのは!」

 

 ナタリアの指摘はもっともだと思うのだが、エステラ的には気に食わないらしい。

 エステラは発言の訂正を求めているが、ナタリアはガン無視の構えだ。

 

「おい、エステラ。見てみろよ、次のはなんか長めだぞ」

 

 いつまでもいがみ合う二人に、手紙を見せる。

 バランスの整った綺麗な文字が書かれている。おそらくノーマなのだろうな、この達筆は。

 

 

『鶏肉 250g

 大豆 100g

 牛乳 300ml

 バター 20g

 小麦粉 小さじ2杯…………』

 

 

 ずらずらと材料が書かれ、続いて『筋を切り、一口大にカットした鶏肉を、皮を下にして焼き目をつける』などと、調理方法が書かれている。

 

「……これは?」

「レシピ……でしょうか?」

「あぁ、そうだな。それも、おそらく……」

 

 困惑気味な二人に、俺はおそらく間違いではないであろう明確な解を示してやる。

 

「豊胸効果の高い食材をふんだんに使った、鶏肉と大豆のホワイトソースグラタンのレシピだっ!」

「大きなお世話だよ、ノーーーマーーーァァ!」

 

 馬車の窓から身を乗り出して、はるか遠く、陽だまり亭の方向へ咆哮するエステラ。

 

「ナタリアの見解が正しかったようだな」

「やはり、とある部分が一向に発達しない……」

「あぁもう! 君たちもさっさと手紙を読んじゃえば!?」

 

 もらった手紙を四つ折りにして懐へしまうエステラ。

 ぐしゃぐしゃポイ……とは、しないんだな。なんだかんだ嬉しかったんだろう。

 

 エステラがふてくされたので、俺とナタリアはそれぞれの手紙を各自で広げた。

 

「おや……これは…………」

 

 俺が読み始めるより前に、ナタリアが難しい表情を見せる。

 ……気になるな。

 

「何が書かれてたんだ? 苦情か?」

「私は、他人様から苦情をいただくような振る舞いをしていないつもりですが」

「『つもり』……ね」

 

 それじゃあ、今度改めて自分の言動を振り返ってみるといいぞ。

 失礼だらけだから。

 

「それで、なんて書いてあるんだい?」

 

 エステラに言われ、ナタリアは自身の手紙を公開した。

 手紙を持った両手をすっと下ろして、手紙の上下を入れ替えるように半回転させる。

 覗き込むと、そこには短く簡潔に、こんな言葉が記されていた。

 

 

『ナタリアは、自重を』

 

 

「これを書きそうな人に心当たりがあり過ぎて、誰からのメッセージなのか分かりかねているのです」

「誰からかの前に、ここに書かれていることは是非遂行してくれよ」

「善処します」

「確実に実行するように。これは、領主命令だよ」

「可能な範囲で」

「素直に『はい』と言えないのかい、君は?」

「はい」

「……言えてんじゃねぇか」

 

 まぁ、自重と言ったって、どれくらい自重するかはナタリアのさじ加減ひとつだ。

 あまり期待しないでおこう。

 

「おや。こちらの可愛らしい文字は、ミリィさんのものですね」

 

 話を有耶無耶にして、次の文章へと視線を移すナタリア。

 視線の先には、小さく丸っこい文字が書かれている。

 

 

『いつか、一緒にお出かけできると嬉しいな』

 

 

 そういえば、ミリィとナタリアって組み合わせはあまりないかもしれないな。

 なんだかんだで生花ギルドは忙しそうだし、ナタリアも給仕長で忙しくしている。

 

「そうですね。機会があればゆっくりとお話をして……」

 

 ナタリアの細い指が、ミリィの丸っこい文字を撫でる。

 

「……私色に染めてあげたいですね…………にやり」

「「接近禁止!」」

 

 ミリィは、もはや四十二区の重要文化財だ。

 こういう危険な連中から保護しなくては! 街をあげて!

 

 あとは、『ヤシロをよろしく』とか、『風邪引くなよ』とか、『他の街でナイフを振り回さないように』とか、そんなことが書かれていた。

 なんだか、手紙というより注意事項のようなものになっている。

 

 それも仕方のないことなのかもしれないな、とは思う。

 

 紙とペンを渡されていきなり書けと言われても、何かいい言葉を書けるヤツはそういない。

 文章で想いを伝えるのは、結構頭を使うのだ。

 普段から思っていることなら、簡単に文章に出来たりするんだけどな。

 

 きっと俺の手紙にも『おっぱいにつられるな』とか、『羽目を外し過ぎるな』とか、そんな言葉が並んでいることだろう。

 連中が言いそうな言葉を想像しながら、丁寧に折りたたまれた手紙を開く。

 そこには――

 

 

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