「議長が、変わった以上、もう一度仕切り直すのがよいのでは、ないかと……私は思うのだが……み、皆はいかがだろうか?」
結局、自分の責任にしないために周りに同意を求めてしまった。
マーゥルのとこに面接に来た若者となんら変わらない。自分の言葉で話し始めた途端、責任の所存を有耶無耶にしようと躍起になる。そして、右に倣うんだろ?
「仕切り直すってのは、ドニスやトレーシーといった個人に言及して、一人一人信用できるかどうかを話し合って決めていくのではなく、全領主が多数決に参加する形にしてしまおうと、そういうことか?」
「そ、そうだ。我々も暇ではないのでな。これ以上、本題とは違うところで時間を取りたくはないのだよ……みんな」
最後にちょっと逃げたな、このヘタレ。
どうせ、一人一人の信任不信任を問う流れになればまた面倒事が起こるのではないかと、それを避けたいと、腰が引けているだけだろうに。
「俺としては、一人一人を前に立たせて、俺とどんな関係があるのか、どんな会話をしたのか、そこら辺を根掘り葉掘り語って聞かせ、その上で信用できる者だけを参加可能にしようかと、そう思っていたんだがな」
「時間が掛かり過ぎる! それに……そなたの話は耳に障る」
平民相手には随分な口を利くじゃねぇか。
「ヘタレ領主」
「なんだと!? もう一遍言ってみろ!」
「腰抜け妖怪へなちょっこーん」
「変わってるじゃないか!」
「ムキになるな。アレは、そういう男なのだ」
隣で、ドニスが二十五区領主を諫めている。
もう一遍言えっつうから、ちょっとしたアレンジを加えて言ってやっただけなのに。
知ってるか? 人気商品が再発売する時は、大抵余計なアレンジが加わっているものなんだぜ。「ご好評により、より多くのお客様にお楽しみいただけるように~」とかいう言い訳を笠に着たコストダウン。
それに乗っかってみただけだ。怒られるようなことは何もしていない。あぁ、していないとも。
「ドニス。お前はそれでいいか?」
「なぜワシに聞く。議長はそなただろう。自分で決めよ」
「そう言うなよ、初心者なんだから。なぁ、ゲラーシー?」
「声をかけるな。不愉快だ」
「じゃあ……サラーシー」
「トレーシーです! さ、さすがに無礼ですよ!」
いや、どうにもさらしのイメージが……
そして、一瞬ゲラーシーが「俺のことか?」みたいな微かな反応を見せたことを俺は見逃さなかった。ピクッてしてやんの。ぷーくすくす。
しかしながら、顔見知りが誰一人助言をくれない。……まぁ、助言したら疑われるって空気を作っておいたからな。当然だ。
で、困り果てているヤシロ君は、ほんのちょっと投げやりな、「もう、よく分かんねぇなぁ……」みたいな態度で多数決を採ります。
すると、あら不思議……ヤシロ君の願いが叶っちゃうのです。
なぜって?
それは、ここにいる連中がみんな俺よりも『目上』だからだ。
事実かどうかはともかくとして、連中はそう思っている。
『目下』のヤツが投げやりに起こした行動を、余裕のある『目上』の人間は警戒しない。
警戒が解けた時、人の心には油断が生まれる。
はっきりと言っておく。
人間は、どんな状況に追い込まれても、何度騙されても、どれほど疑心暗鬼にかられていても、わずかな余裕を見つけるとすぐに油断する生き物だ。
詐欺に遭った直後に「二度と騙されない」と固く誓ったヤツほど、詐欺にはかけやすい。
バラエティのどっきりに何度も何度も引っかかる芸能人を見て「なんで引っかかるんだ?」と疑問に思うかもしれない。だが、それが人間という生き物なのだ。
人間は、警戒という緊張状態にそう長い時間耐えることが出来ない。
もって一時間。ただし、一時間も緊張しっぱなしだと、人間は心身ともに疲れ果ててしまう。正常な思考すら出来ないほどに。
通常は、ほんの数十分で緊張は途切れる。
そのきっかけは、警戒していた相手のミスや弱った顔、そして、困っている様子などだ。
だから、俺がこんな顔をして罠を仕掛けると――
「じゃあもうめんどくせぇから、二十五区の領主が言った通りでいいと思うヤツは手ぇ上げろ」
――こうしてまんまと引っかかってくれるわけだ。
挙手をしたのは四人。
ドニスとトレーシー、そしてゲラーシーの「現在多数決に参加できない三人」を除く全員が手を上げた。
「お前らにも一応聞くけど、どうだ?」
ドニスたちにも聞いてみると、
「仕切り直しが必要だという意見には賛同できる」
と、ゲラーシーが静かに手を上げた。
それに続いてトレーシーが挙手をし、ドニスだけは手を上げなかった。
「反対か?」
「棄権だ。参加資格が戻るまでは意地でも参加せん」
意固地なジジイだこと。
「じゃあ、賛成六票、棄権一票ってことで……」
俺は振り返り、エステラたちと笑みを交わす。
「ここにいる『全領主』九人での多数決を行うものとする!」
「なっ!?」
「待て!」
「どういうことだ!?」
「話が違うぞ!」
ばたばたと立ち上がり、『BU』の連中が騒ぎ出す。
トレーシーも盛大に慌てているし、ゲラーシーはもはや顔芸の域に達しそうな怒り顔だ。
さすがのドニスは「……なるほど、そう来たか」みたいな顔をして座っている。
「『BU』の神聖なる多数決に外周区の領主を参加させるなど、出来るものか!」
「いやいや。お前らが満場一致で決めたんじゃねぇかよ、『全領主参加』って」
目配せをすると、用意のいいエステラが『会話記録』を呼び出し、該当する言葉を表示させてくれていた。
『仕切り直すってのは、ドニスやトレーシーといった個人に言及して、一人一人信用できるかどうかを話し合って決めていくのではなく、全領主が多数決に参加する形にしてしまおうと、そういうことか?』
『そ、そうだ。我々も暇ではないのでな。これ以上、本題とは違うところで時間を取りたくはないのだよ……みんな』
『会話記録』を突きつけ、エステラが二十五区領主を問い詰める。
「『全領主が多数決に参加する形にしてしまおうと、そういうことか?』というヤシロの言葉に対し、あなたは『そうだ』と答えましたね?」
「いや……それは…………そういう意味では」
「答えましたね?」
「…………答えた……だが」
「次に、こちらを見よ」
二十五区領主に反論を言わせず、今度はルシアが『会話記録』を展開させて見せつける。
『じゃあもうめんどくせぇから、二十五区の領主が言った通りでいいと思うヤツは手ぇ上げろ』
「そうして、議長の言葉通りに多数決は行われ、賛成多数で可決されたのだ。これのどこに反論の余地があるというのだ……えぇ、『BU』の面々よ?」
ルシアの言葉に、誰も反論できなかった。
たいしたものだ。七人の領主を前にして一歩も引けを取らないその態度。
今回ばかりは、お前が味方でよかったよ。いてくれるだけでこちらのペースに持ち込みやすい。
堂々とした人間の言葉っていうのは、それだけで信憑性が増すからな。
「まぁ、そう深く考えるなよ。お前らに不利な提案を俺がしたとしても、七対二で否決できるじゃねぇか」
「しかし……」
ゲラーシーがドニスをちらりと見やる。
先ほど棄権を選択したドニス。やはり、一人だけ違う行動を取っても痛痒を感じていない様子だ。
そんなドニスだからこそ、ゲラーシーは危惧しているのだろう。
「裏切るのではないかと」
もちろん、トレーシーに対しても。
「なぁに。ドニスとトレーシーが裏切ったとしても、まだ五対四だ。そんな悲愴感を漂わせるような状況じゃないだろう。もっとも……お前が裏切れば四対五で逆転だけどな」
「誰が……っ!? ………………ちっ。さっさと始めろ」
『誰が裏切るか』……と、言いかけて、自分もドニスやトレーシーに同じ事を思っていたのだと気付いたのだろう。ゲラーシーは言葉を止めて憎々しげに舌を鳴らして、そっぽを向いた。
そして、ゲラーシーが反論をやめたことで他の連中も反論しにくい空気になった。
何かを言っても俺に丸め込まれる。もしくは、余計な一言を浴びせられる。
誰も、痛くもない腹を探られるのは嫌なものだろう。
藪を突いて蛇を出さないように大人しくしておく方が吉だ。――と、考えているのだろう。
それよりも、多数決で結果を出す方が無難で、安全で、確実だ。
そう思うのが、常識を理解している人間というものだ。
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