「……身の程は、弁えるべき」
マグダが、バルバラの首根っこを掴んで地面に押さえつけていた。
『赤モヤ』は出ていない。
なのにバルバラは一切の抵抗が出来ないでいる
マグダ……お前もパワーアップしてない? さっきのバルバラ、結構おっかなかったけど、余裕なの? え、マジで?
「離せこのっ、マグダ!」
「……ヤシロは陽だまり亭の大切な従業員」
「大丈夫だ。結婚しても陽だまり亭で働くことは出来……」
マグダの指に力が加わり、バルバラが「ぐぇっ」と短い声を漏らす。
「……店長もきっと寂しがる。店長を泣かせることは、マグダが許さない」
みしみしと、バルバラの骨が軋みを上げる。
「……それに、ヤシロは店長やマグダの大切な家族」
静かな声で淡々と紡がれていくマグダの言葉。
ジネットが口を押さえてマグダを見つめている。
驚いているようだ。マグダの吐露する本音に。
「……マグダの大切な人を『賭け』の対象にするなんて、無礼千万……許されざる行為」
そこまで言って、マグダが数ミリだけアゴを上げる。
「…………ついでにロレッタも寂しがるし、ロレッタも大切。うん。大切」
「忘れてた感満載ですよ、マグダっちょ!? 取って付けたワード・オブ・ザ・イヤーを受賞できそうなくらい取って付けたですね!?」
マグダ流の照れ隠しだ。
そうムキになるなロレッタ。
「……ヤシロは物ではないし、ヤシロのことを大切に思っている人間は周りにたくさんいる。バルバラ一人のわがままでどうこうしていい問題ではない」
そこまで言って、マグダがバルバラを解放する。
野生の動物がするように、飛び起きて距離を取るバルバラ。
驚愕に目が見開かれ、顔や服が汚れていることなど気にもしないでマグダを注視している。いや、警戒している。
そんなバルバラをいつもの無表情で見つめて、マグダが首をこてんと傾ける。
「……分かった?」
「け、けどよぉ!」
バルバラが反論しようとした矢先、マグダの姿が消えて、一瞬でバルバラの目の前に出現し、尻尾で「すぱーん!」と頬を打った。
くるりと一回転して、優雅な所作でマグダが再度問う。
「……分かった?」
「…………は、はい」
マグダ……お前、強いな。
「け、けど、アーシは、本気で……」
まだ反論するのか、バルバラ。
もう諦めろよ。別に俺のこと好きでもないクセに。
「っていうか、バルバラはヤシロのことが好きなの?」
俺が思ったことをそのまんま、ドストレートにパウラが問いかける。
パウラも少しふくれっ面だ。
尻尾も膨らんでいる。
「好き……?」
「だから、好きっていうのは……こう、どきどきしたり……ね? ネフェリー?」
「えっ!? なんで私に振るの!?」
「バルバラに『好き』ってどんな感じか教えてやって! 得意でしょ!?」
「得意じゃないよ!?」
「いいから!」
「もう……パウラは……」
ぶつぶつと言いつつ、丸投げされたネフェリーがバルバラの前に立つ。
ちらりと、一度こちらに視線を向けて、すぐに逸らす。
小学校のニワトリもよくキョロキョロしてたなぁー、なつかしいなー。
「す、好き……っていうのは……すごく幸せな気持ちのことで……」
「いや、『好き』は分かってんだよ」
「じゃあ説明させないでよ、もう!」
ネフェリーが顔を真っ赤にしてパウラのもとへと戻る。
トサカとの境目があやふやになる。あんまり熱くなるなよ。香ばしい匂いしてきそうで怖いから。
「アーシはテレサが好きだし、かーちゃんやとーちゃん、トットやシェリルが好きだ」
それはもう十分過ぎるくらい分かっている。
「だからまぁ、家族になれば好きになるんじゃないか?」
「バルバラっ、あんたヤシロのこと好きじゃないのに結婚したいとか言ってるの!?」
「そうだけど、悪いか?」
「『悪いか』……って」
パウラがあんぐりと口を開ける。
「テレサとかーちゃんとシェリルが英雄を好きなんだよ。じゃあ、別に結婚してもいいじゃねぇか」
「ねぇ、バルバラ。結婚って、家族のためにするものじゃないんだよ?」
古式ゆかしい日本のご家庭では「結婚は本人たちだけでするものじゃない」とかいう話を聞くことがあるが……まさか本人を蔑ろにするヤツがいるとはな。政略結婚かよ。どっこにもコネなんかねぇぞ、俺は。
「ヤシロの気持ちもあるし。ねぇ、ヤシロ?」
ネフェリーが突然俺に質問を振ってくる。
俺の気持ちを語るなら、結婚なんて選択肢があるわけもない。
「英雄! アーシのこと好きじゃないのか?」
「お前、俺に好かれるようなこと一個でもしたかよ?」
「んだよ。アーシは結構好きでいてやってんのに。え~っと、名前なんだっけな……姐さんとこのアライグマの……アイツと同じくらいにはさ」
名前すら覚えてないヤツと同等って、それもはや好きでもなんでもねぇじゃねぇか。
で、たぶんそれオメロだよな?
アレと同列とか、俺のプライドが許さない。ならランク外の方がまだマシ。
まぁ、その程度で結婚を語るような女はお断りだな。
そんな流れでこの話を破断にしてやろう……と、思ってたのに、先にヤツが爆弾をぶっ込んできやがった。
「じゃあ、英雄は誰が好きなんだよ?」
会場、シィーン!
静寂が耳に痛いってホントだね。
すげぇ嫌な静けさ!
なんか方々から視線感じてるんですけど!?
俺にそういう話を振るんじゃねぇよ!
俺は詐欺師で、ここで本業を再開するための地盤固めをしている最中で、特定の誰かとそーゆー特別なアレになるとか、アレなわけで、だからつまり、それは要するに…………
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