異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

【π限定SS】一歩一歩、その場所に向かって

公開日時: 2020年12月5日(土) 20:01
文字数:6,067

「あっ、エステラさ~ん! こっちです!」

 

 幸せそうな顔でフランクフルトを抱えていたシスター・べルティーナを教会へ連行した後、ボクは下水処理場付近の広場へやって来ていた。

 祭りの賑わいでここまで来るのも一苦労だったけれど、外壁そばのこの付近はさすがに空いている。

 

 白を基調とした、神聖な雰囲気の衣装を身に纏ったジネットちゃんが手を振ってボクを迎えてくれる。

 

「みんな、もう準備は整っているんだね」

「はい、ナタリアさんに着付けていただきました」

 

 ジネットちゃんの背後にはそれなりの大きさの小屋が立っていて、そこで光のパレードに参加する女性たちが着替えを行っている。

 

「着替えのためだけにこんな小屋を建てさせて……」

「でも、小屋がないと外で着替えなければいけませんでしたし、こちらとしてはありがたいですよ」

 

 まぁ、うら若い女性を――特に純真無垢なジネットちゃんを野外で着替えさせるなんて真似は出来ないけれど。

 

「それにヤシロさんが、『街門と木こりギルドの支部を建てる際に大工たちの休憩所として使えば無駄にもならないさ』とおっしゃっていましたよ」

「……今の、ヤシロのマネ、なの?」

 

 前髪をかき上げ、気障ったらしく「ふっ」と笑ってみせたジネットちゃん。

 ジネットちゃんの目にはそんな風に見えているの、あのヤシロが?

 

 それにしても、ヤシロは本気でこの場所に街門と木こりギルドの支部を建てるつもりらしい。

 どうしてそこまでこだわるのか……ボクとしては、この街に街門と木こりギルドの支部が誕生するだけで充分大成功なんだけれどね。

 ここに作ることに何か意味があるのだろうか……

 

「あ、エステラさん!」

 

 ヤシロの思惑を探ろうと思考を巡らせていると、小屋からロレッタとマグダが揃って出てきた。二人とも、ジネットちゃんと同じ純白の衣装を身に纏っている。

 

「どうです? 今日のあたし、特別可愛くないですか!? どことなく大人の色気が醸し出されてる気がするです!」

「うん……大人の色気が出ている女性は、そんな元気にくるくる回らないから、落ち着きなよ」

「……今日のマグダは、アダルティーな味わい」

「神聖なる雰囲気でいかないかい、二人とも」

 

 確かに、この純白の衣装は、見ようによっては若干……いや、割とセクシーにも見える。

 白は色が透けるし、それに、少しだけ足の露出が多い。

 聖典にある精霊神の服装をモチーフに、ウクリネスが作ったらしいんだけれど……ヤシロの好みが色濃く反映されている気がしてならない。

 

「ジネットちゃんが着ると、本当に清楚で清純で清廉潔白な印象なんだけどね」

「そんなことは……でも、ちょっとだけ恥ずかしいですね……太もも」

 

 スリットのようになっているスカートからちらちらと白い太ももが見え隠れしている。

 ただでさえミニ丈のスカートなのに、スリットまで……ヤシロ、口出ししてないだろうね?

 

「お嬢様、そろそろお召し替えを」

 

 またまたヤシロの思惑を探ろうと思考を巡らせていると、今度はナタリアがやって来た。

 ボクもそろそろ着替えなきゃいけない時間だ。

 

「それじゃ、着替えてくるね」

「はい。一緒に行進、頑張りましょうね」

「うん」

 

 考えてみれば、ジネットちゃんとこうして、何かのイベントに参加するなんていうのは初めてだ。

 式典やパーティーに参加する時はいつも一人だし、ジネットちゃんと会う時はこういうかしこまったイベントのない時ばかりだったからね。

 

「ふふ、ちょっと緊張してきたよ」

「お嬢様、まさか……穿かないおつもりですか?」

「穿くよ!?」

 

 そのルール、浴衣の時だけだから!

 

 急に変なことを言い出したナタリアに驚いていると、ナタリア自身も自分の発言に驚いている様子で、口元を押さえて眉間にシワを寄せていた。

 

「どうも、この辺りに来るとおかしな言動を取ってしまうことが……」

「……ヤシロの毒でも舞ってるのかもしれないね、この辺」

 

 ここにいないのに、ウチのメイド長に変な影響を与えるのやめてくれるかい、ヤシロ?

 今度会ったら文句を言ってやろう。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 着替えのために小屋へ入られるエステラさんを見送り、長い息を吐きます。

 あぁ、ダメですね。緊張します。

 

 エステラさんの顔を見れば、いくらか緊張が解れるかと思ったのですが……

 

「こんな時、どうすれば緊張を紛らわせることが出来るんでしょうか?」

「……ヤシロが言っていた。緊張した時は、手のひらに『乳』と書いて揉むと落ち着くと」

「それたぶん、お兄ちゃんだけにしか効果ないおまじないですよ!?」

「えっと……『乳』……っと」

「店長さん、たぶん効果ないですからやらない方がいいですよ!?」

 

 ロレッタさんのおっしゃる通り、まったく効果がありませんでした。

 はぅ……どうしましょう。

 

「……店長、落ち着いて。みんな一緒」

「そうです! 店長さんにはあたしとマグダっちょがついてるですよ! みんな一緒なら怖いものなんてないです!」

「マグダさん、ロレッタさん……」

 

 あぁ、なんと心強い言葉なのでしょう。

 そうですね。わたしは一人ではないんですよね。

 そう思うと、少しだけ緊張が解れるような気がしました。

 

「ありがとうございます。もう大丈夫です」

 

 お二人にお礼を言い、行進の仕方をおさらいすることにしました。

 

「『シャン、シャン』のリズムで、ゆっくり歩くんですよね」

「けど、あたしは全速力で駆け抜けるです!」

「ダメですよ!? そんなことをすると、きっとヤシロさんに叱られます」

「はぅ、それは怖いです……真面目にやるです」

 

 そうして、わたしたちは三人でゆっくりと歩く練習をしました。

 

「……店長、普通に歩くだけでいい」

「ふ、ふつう……こ、こう、ですね!」

「どうして足を出すタイミングを計りかねてるですか!? ニワトリみたいに首が動いてるですよ!?」

 

 普通に歩くというのは、意識をしてしまうととても難しいことなんですね……

 

 それからずっと、行進が始まるまで、わたしはマグダさんとロレッタさんに教えてもらって、歩く練習をしていました。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 着替えている途中から、お腹の底に響くような太鼓の音が聞こえ始めていた。

 この音は、少し焦るなぁ。もうすぐ本番だ。

 

 急いで着替えを終わらせて外へ出ると、ジネットちゃんが歩く練習をしていた。

 ……え。普通に歩けばいいんだよ?

 …………え。

 

 たぶん、大丈夫だよね。たぶん。

 

「ジネットちゃん、緊張してる?」

「へ? ……あ、エステラさんですか」

 

 空はすっかり暗くなり、こんなに近付いても顔がはっきりとは見えなくなっている。

 

「ふふ。こんな時間に外で仲良しさんたちと一緒だなんて、なんだかわくわくしますね」

 

 普段はしないようなこと、出会わないような状況に置かれてボクたちはみんな若干の興奮状態になっていた。

 確かに、わくわくするし、ドキドキする。

 

「……こんな気持ちの時に、素敵な女子を見れば――男子は恋に落ちる」

 

 どこで聞いてきたのか、マグダがそんなことを言った。

 ……そのドキドキとは、また違うドキドキだと思うんだけど。

 

「……と、ヤシロが言っていた」

 

 なんだか妙な信憑性が!?

 なんでかヤシロはそういうことに詳しくて、そしてヤシロ情報は結構な確率で的を射ているんだよね。

 

 ……え、そうなの?

 この緊張感のドキドキが、恋のドキドキを引き寄せるとでも言うのかい?

 

 …………なんだろう、余計にドキドキしてきた。

 べ、別に、何かを期待しているわけでは、ないのだけれど。

 

「お兄ちゃん、普段とは違う大人っぽいあたしを見て、胸がきゅんきゅんしちゃうですかね!?」

「……きっと、マグダを見て胸キュンする」

「みなさん、素敵な衣装ですものね。お二人も、今日はとっても可愛いですよ」

「えへへ~。店長さんのお墨付きです」

「……今日のマグダは、ひと味違う」

 

 暗くて顔は見えないけれど、二人の緩んだ顔がはっきりと想像できる。

 確かに、二人ともいつもよりも可愛く見えたけれど、でもそれ以上に、ジネットちゃんだって、とっても綺麗だったじゃないか。

 

 ……ボクは、どう、かな?

 

「…………っはぁ」

 

 いけない。

 ちょっと緊張し過ぎている。

 特に何があるわけじゃない。

 ただ、光る鉢植えを持って行進するだけだ。

 いつもとは違う素敵な衣装を着ているからって、それくらいのことで……

 

「お兄ちゃん、あたしのこと見つけてくれるですかね?」

「……マグダのこと、見てくれる?」

「えぇ。きっと見ていてくださいますよ」

 

 ……ちゃんと見ててって、言った……もんね。

 

 見ていてくれるよね、ヤシロ?

 

「……うくっ」

 

 きゅ、急に心臓がっ、きゅってなった。

 一旦落ち着こう!

 一度深呼吸して、緊張を解そう!

 

「エステラさん? ど、どうかされたんですか?」

「あ、大丈夫。ちょっと、緊張してる、だけ……だから」

「でしたら、手のひらに『乳』と書いて揉むといいそうですよ」

「ジネットちゃん、ヤシロ情報を鵜呑みにしちゃダメだよ!?」

「どうしてヤシロさん情報だと分かったんですか!?」

「いや、分かるよ!?」

 

 そんなふざけたことを言うのはヤシロくらいだし、ヤシロ以外にいない。

 

 ……ふふ。

 なんだ、このくだらない会話。

 

 あ~ぁ。緊張なんかしてるのがバカバカしいよ。

 

「みんな。飾らずいつも通り。練習したままを出そう」

「はい」

「任せてです!」

「……マグダも真面目に頑張る所存」

 

 ある程度緊張が解れ、肩から力が抜ける。

 体に残っているのは、ほどよい緊張感だけ。

 太鼓の間隔が短くなり、徐々に激しく打ち鳴らされていく。

 

「皆様、こちらを各自手に持って整列してください」

「わぁぁ!」

 

 ナタリアが大きな木箱を開けると、眩く輝く光が溢れ出した。

 純白の光は神聖な美しさを湛え、夜の闇を引き裂くように頼もしくそこに存在している。

 

「黒い布をかけ、合図があるまで外さないでください」

「「「はい」」」

 

 そうして、光の鉢植えが一人一人に手渡され、整列が始まる。

 列に並ぶと、ウチのメイドたちが参加者の腰紐と髪に鈴を取り付けていく。

 

「ジネットちゃん」

「はい。エステラさん」

「普段通り」

「はい」

 

 ジネットちゃんの声に、緊張は感じられない。

 精霊神の加護を思わせるような神聖な光を目にして、緊張が解れたようだ。

 

 けれど、高揚感は抑えられないよね。

 

「――でも、絶対成功させようね」

 

 そんな、ともすればプレッシャーを与えかねない呼びかけに――

 

「はい」

 

 ――ジネットちゃんはいつものように柔らかく、そしていつもよりも少しだけ力強く応えてくれた。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 シャン、シャン……と、行列が歩く度に澄みきった鈴の音が響きます。

 純白の光を手に、鈴の音を耳に、ゆっくり、ゆっくりと行列は進んでいきます。

 不思議です。

 見慣れたいつもの道が、まるで別の世界の――精霊神様の世界に迷い込んでしまったかのように幻想的な景色に見えます。

 

 耳のすぐ上で揺れる鈴の音も、耳に心地よく響き、ふわふわとした高揚感をさらに高めていきます。

 余計なことがすべて頭の中から消え失せて、ただ心地のよい多幸感に満たされています。

 後ろを振り向かなくても、みなさんが同じ速度、同じ動きで行進していると確信できます。

 不思議な一体感を感じます。

 

 そして、なんとなくですが――

 

 

 精霊神様がご覧になっていると、そんな気がします。

 

 

「精霊神様……感謝いたします」

 

 声にならない程度の小声を口の中で呟きました。

 言わずにはいられませんでした。

 こんなにも素敵な時間を与えてくださった感謝を。

 

 こんなにも素敵なことを考えつく素晴らしい方と出会わせていただいたことを。

 

 行進を乱さないように、そっと視線を巡らせます。

 手元の光が強く、沿道は真っ暗なため、そこに人がたくさんいることは分かっても、どなたがいるかまでは分かりません。

 男性なのか女性なのか、若い方なのかご年配の方なのか。まったく分かりません。

 

 

 これでは、見つけるなんて不可能ですね。

 

 

 こちらからは見ることは敵いませんが、きっとヤシロさんならどこかで私たちのことを見ていてくださっているでしょう。

 ちゃんと出来ていたか、あとで確認してみましょう。

「変な歩き方だったぞ」と言われたら、どうしましょうか。

 

「……くす」

 

 堪らず、笑みが漏れてしまいました。

 いけません、いけません。

 行列の先頭という大役を仰せつかっているのですから、笑っている場合ではありません。

 

 けれど……

 

 どこかでヤシロさんが見守っていてくれる。

 そう思うだけで、わたしの口元は自然と緩んでしまうのでした。

 

 ……もうすぐ教会ですね。

 

 暗くても、教会のそばは分かります。

 どんなに雰囲気が変わっても、どんなにいつもと違っても、教会は、わたしが長く過ごした大切な場所ですから。

 

 教会が近くなると、向かいから近付いてくる光が見えました。

 東側からやって来る行列です。

 たしか先頭はウェンディさんだったはずです。

 

 わたしたちの行列と、ウェンディさんたちの行列が合流すれば行進は終了。

 もう少しで大役を終えることが出来る。

 

 そう思った時。

 

 

「……ぁ」

 

 

 暗闇の中に、ヤシロさんがいました。

 

 見えるはずがないのに。

 そこ以外は真っ暗で誰が誰かも判別できないのに。

 その時、わたしはなぜかそこにいるのがヤシロさんだと確信していました。

 

 

 ヤシロさんが、教会の前でわたしたちを待っていてくれました。

 

 

 そして、ヤシロさんが立っている場所に視線が吸い寄せられたまさにその瞬間――世界に、光が満ちました。

 

 暗かった世界に純白の光が一斉に灯り、夜の闇が払われていきました。

 そして、わたしが確信していた場所に、ヤシロさんが立っていました。

 寸分違わぬ場所に。わたしが見ていたとおりの格好で。

 思い描いていたとおりの表情で。

 

 闇が振り払われ、世界が光に満たされたのは、わたしがちょうど教会にたどり着いた瞬間で……

 教会の前に立つヤシロさんの前に、たどり着いた瞬間で……

 

 

 

 まるで、わたしとヤシロさんが出会った瞬間に光が生まれたかのような錯覚に陥りました。

 

 

 

 

「……ぅきゅっ」

 

 そんな想像をしてしまって、喉の奥で変な音が漏れてしまいました。

 どうしようもなく吸い寄せられてしまう視線を必死に引き剥がし、わたしは教会へ体を向けます。顔を背けます。

 

 あぁ、どうか、ヤシロさん。

 あまりわたしのことは見ないでください。

 

 光に照らされたヤシロさんが、まるで――この世界に光と平和をもたらす神話の中の英雄のように見えてしまって――きっとわたしの顔は真っ赤になっているでしょうから。

 

 頑張って平静を装いますが、うまくいっている気がしません。

 おかしいです。さっきまでは邪念など入り込む余地もないほど神聖な気持ちに満たされていたはずなのに、今はどうしても集中できません。

 

 シスター。わたしはまだまだ未熟なようです。

 どうしようにもなく心が揺れて、精霊神様以外のことばかり考えてしまっています。

 

 あぁ、懺悔します。

 

 ですからどうか、ヤシロさんがあまりわたしを見ていませんように。

 

 わたしの後ろにはエステラさんやマグダさん、ロレッタさんがいますし、素敵な大人の女性であるウェンディさんもいますから、きっとヤシロさんはそんなにわたしのことなんて見ていないと思います。

 そう思うのですが……

 

 

 

 この恥ずかしさは、一体どうすれば晴れてくれるのでしょうか?

 

 

 

 

 

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