「ヤシロ。緊急事態だよ」
エステラが深刻な顔で言う。
「空が、真っ赤だ」
エステラが指差した空は、食紅を垂らした水飴のように赤く染まっていた。
もう、とうに夕方と呼べる時間だ。
「まさかこんなに時間が押すなんて……」
当初、昼ちょい前から始めて夕方には終わるだろうと予想されていた区民運動会。
しかし、蓋を開けてみれば最初のプログラムから順々に時間が押し続け、あと三競技も残しているのにもう夕方だ。
運動会を満喫するためにと、今日一日仕事を休みにしているギルドも多い。
さすがに、明日に延長というわけにはいかない。
「で、どうする、大会委員長?」
「最後までやるさ。ただ、次回への課題としてこの状況は克明に記しておかなければね」
言って、大会委員長であるエステラは参加選手や来賓、会場にいる観客たちに説明を始めた。
競技が思っている以上に進まず、大幅な遅れが生じているが、折角の第一回区民運動会なので最後までやりきりたい。
けれど、明日からの生活もあるから、これより先は自由に帰ってもらって構わない。
各チームの選手も、リーダーも、それを決して咎めないようお願いする。
拙い運営になってしまった責任はすべて大会委員長である自分にある。
その上で、出来ることなら一人でも多くの領民たちとこの記念すべき大会を最後までやりきりたいと、個人として願っている。
と、そのような演説だった。
俺も、まさかこんなに時間を食うとは思わなかったんだよなぁ。
学校の運動会って、実績と経験によってうまいこと運営されてたんだなと実感したよ。
あれもこれもと詰め込み過ぎた。
怪我人も出ちまったし、運営面はもう一度徹底的な見直しが必要だな。
……次回があるならな。
…………出来ることなら、次回は運営に携わらずにやり過ごしたいもんだが……さて、どうなることやら。
「我々も、ここで終わられたら自区へは戻れません」
「イネスさんの言うとおりです。活躍もせぬまま帰るなど、出来ません」
他所からの参加者であるイネスとデボラも、運動会の完遂には賛成のようだ。
こいつらは騙されて強引に参加させられたはずなんだが、いつのまにか自分の意志で競技に参加し、相応の責任を感じているようだ。
「わしもまだまだ戦えるのじゃ!」
「あはぁ、日が傾いてから見るリベカは、なんだか大人っぽく見えて……そそります!」
日が傾いてもまだ元気があり余っているらしいリベカと、日が傾くにつれて症状が悪化していくソフィー。
祭りの夜店でクラスの女子に会って、いつもと違う雰囲気にドキっ……みたいな感想なんだろうが、顔がなぁ……シスターに写真選考があるなら一次審査できっちりと落とされているであろう邪な笑みを浮かべている。
「ニッカ。暗くなったから足下気を付けるダゾ」
「もう、いつまでも子供扱いしないでデスヨ……そういえば……ずっと小さい頃から、カールは日が暮れると心配してそう言ってくれてたデスネ……ずっと、愛してくれていたデスネ……」
「ニッカ……」
「カール……」
「よし、よそでやれ! いや、ここにいて何もするな!」
「お兄ちゃん、邪魔しちゃ悪いですよ」
バカ! ロレッタ、バカ!
ここで邪魔しなきゃもっと悪いだろうが! 風紀的に!
「風紀の乱れはこの俺が許さん!」
「あんたが一番風紀を乱してるんさよ……」
「なぁ、マグダ。ふーきってなんだ? あたいに分かるように説明してくれ」
「……簡潔にまとめると、おっぱいじゃないこと」
「じゃあヤシロダメじゃん」
「マグダ、デリア、その認識はちょっと違うでしょ」
「何言ってんの、ネフェリー。マグダはともかく、デリアは合ってんじゃない?」
ノーマにデリアにマグダにネフェリー、そしてパウラが好き勝手なことを言っている。
なんかまともなこと言っている風を装ってはいるが、辺りが暗くなり始めてテンションが上がっているのが手に取るように分かる。
この根っからのイベント好きどもめ。
『夕べの集い』とか大好きなんだろ? わくわくするもんな。
「ヤシぴっぴ。大将が許可してくれやがったですから、私も最後までトコトン付き合ってやるぜです!」
「モコカがその気なら、アーシも全力だぜ!」
そんなわけで、白組の助っ人はみんな残ってくれるらしい。
カブリエルとマルクス? 男に拒否権などない。三日三晩徹夜することになっても最後まで付き合ってもらう。
だが、責任ある立場の人間はそうも言っていられないだろうな。
「つーわけだ、メドラ。無理して最後まで付き合わなくていいぞ」
「何言ってんだい、ダーリン。アタシもと・こ・と・ん、付き合うよ。あ、朝までだって……きゃっ!」
「あははー、リカルドバリアー」
「おぉい、こら、やめろ! 近距離はキツイ! 照れメドラを直視すると網膜がひりひりするんだよ! 押すな、バカ!」
リカルドも最後まで付き合ってもらう。
「どーせヒマだろうし」
「忙しいわ、ボケ!」
「じゃあ帰るか?」
「残るわ!」
寂しがり屋か!?
あぁ、そうだそうだ。
「ルシア様。夜も更けて参りました。夜道は危険ですし、夜更かしはお肌にも悪い、どうぞ、お気になさらずお引き取りを」
「気味の悪い声を出すな、カタクチイワシ!? 鳥肌が立ってお肌ぷちゅぷちゅになったわ!」
「なんでぶつぶつをちょっと可愛く言った!?」
「か、かわっ、可愛いとか言うなぁ! 不埒者! 腐敗物!」
誰が腐敗物だ。
腐りかけが美味しいって? やかましいわ。
「不埒者はよかったなぁ、自分。もういっそのこと『ふらちん』って可愛らし~ぃあだ名にしたらどないや?」
「お前にそのあだ名で呼ばれるようになったら、二日と経たずにラ行がズレるだろうが」
「そんなことあらへんって~、ふるちん」
「もうズレた!? 予想通りなのに予想を上回ってきやがった!」
レジーナもとりあえずは残るらしい。
というか、日が傾き始めてちょっと元気が出てきたように見える。
もっとも、挫いた足のこともあるし、もう競技には参加させないけどな。エステラにもその旨は伝えてある。
「英雄様~!」
ウェンディが泣きながら駆けてくる。
全身から眩い光を発しながら。
ガキどもに「すっげぇ!」「強そう!」「こーごーしー!」などと言われ、追いかけられて。
「聞いてください、英雄様!」
「いや、聞かなくても分かるし、暗くなると危険だからガキどものそばにいてやってくれ」
「そんな……いえ、お子さんたちの安全のためでしたら……」
「ウェンディ。僕も君のそばにいさせてもらってもいいかな?」
「セロン!」
「さながら、僕は君という光に引き寄せられた一匹の蝶……」
「セロンったら……嬉しい」
「あん人ら、放っといたら子供らぁの前でチューくらいしてまいそうやな」
「ガキどもー! 避難しろー! そして非難してやれー!」
ったく、所構わずいちゃいちゃと……
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