「おーい! エサだぞー!」
大量の食事を載せた屋台を引き、俺は下水工事が進む区画へやって来た。
その目的は、仕事に精を出すこいつらに賄い料理を振る舞うためだ。
モーマットから買った大量の野菜をふんだんに使い、働く連中の腹を満たしてやるのだ。
「もうちょっと言い方なかったッスか!?」
「エサー!」
「エサ歓迎ー!」
「こういうの待ってたー!」
「お前らも喜ぶなッス! ちゃんと抗議するッス!」
時刻は正午。
腹の虫がフィルハーモニーオーケストラ顔負けの大演奏を行う時間だ。
そこにきてのこのサルサソースの食欲をそそる香り、堪らんだろう。
「はぁぁ、美味そうッス……」
抗議を完全放棄したウーマロがいそいそと列に並ぶ。
大雨が上がって数日が経過し、四十二区の復興はほぼ完了していた。あとは個人レベルで対応する程度だ。
そのため、俺たちとトルベック工務店は次の段階……すなわち、下水工事に取りかかっていた。この次に大雨が来ても被害を出さないように。
ハムっ子たちも毎日朝早くから日が落ちるまで、精一杯働いている。仕事にも慣れてきたようで効率がかなり上がったと、ウーマロが褒めていた。
そしてやはり、ハムっ子たちの穴掘り能力は凄まじいらしく、ハムスター人族無しで下水工事は不可能だと言わしめるほどになっていた。
これで、ハムスター人族に対する需要が生まれてくれれば、もう二度と忌避されるようなこともなくなるだろう。
「ほらほら、あんたたち! ちゃんと手を洗ってから並ぶです!」
パンパンと手を叩き、慣れた感じで弟たちを誘導しているのは、屋台の手伝いについてきたロレッタだ。いつもは妹たちと俺で回っているのだが、弟妹の働く姿を見てみたいと、今日は同行しているのだ。なんだかんだで心配らしい。
「ウーマロさん。ウチの弟たちはどうですか? ちゃんとやってるですか?」
「え、やっ、は、はい! もちろろろろん、よくややややややってくれくれくれててて」
ウーマロはまだロレッタに慣れていないようで、真正面から顔を見つめられて大いに照れている。
「棟梁顔真っ赤ぁー!」
「真っ赤っかー!」
「うっさいッス!」
「うっさいです!」
ウーマロとロレッタの声が見事に合致した。
弟たちの扱いに慣れてくると、みんな同じようなタイミングで同じことを言うようになるのだろうか?
「お兄ちゃん、タコスー!」
「おう! 出来たものから順に配ってやれ。スープと水は、どっちがいいか聞いてからな」
「「「はーい!」」」
賄い料理を作るのは妹たちだ。
と言っても、陽だまり亭で作ってきたトルティーヤに刻み野菜とマグダが捕まえてきた獣の燻製を載せ、上からサルサソースをたっぷりとかけるだけなのだが。
しかし、この単純なメニューがなかなかどうして、絶品なのだ。一度食べると病みつきになる美味さだ。
グーズーヤなんかはタコスに大ハマリして、夕飯にもタコスを注文するようになっていた。
「あぁ、このスパイシーな香りがなんともっ!」
「なんともー!」
「なんですとー!」
幸せそうにタコスを頬張るグーズーヤ。ハムっ子たちがその周りにわらわらと群がっている。
なんだか慕われているようだ。グーズーヤも立派に更生したんだな。
「肉も野菜も食えるんだよな、これ一個でさぁ」
「よく考えたもんだよなぁ」
「またスープと合うんだ、これが」
「陽だまり亭、すげぇわぁ」
大工たちの間でもタコスは概ね好評なようだ。
……まぁ、俺が考えたわけじゃないけどな。
「しかしありがたいよな、この賄い料理ってのは」
「あぁ。他所で飯を出してくれるとこなんかねぇからな」
「また、給仕の娘が可愛くて……」
「はいはい! 俺、三つ編みちゃん推し」
「俺はそばかすちゃん」
「バッカ、お前ら。分かってねぇなぁ! 舌っ足らずちゃんこそがナンバーワンだろ!?」
何やら、妹たちにファンらしきものが付き、しかも派閥まで出来ているようだ。
……変なことをしやがったらサルサソースを全部タバスコに変えるぞ。
それにしても……
すっかり『スラムの住人』なんてイメージは塗り替えられてしまったな。
まぁ、トルベックの面々限定ではあるが……この輪が広がっていくのも時間の問題だろう。
妹たちがテキパキとタコスを作り、それを売り子スタイルのロレッタと妹たちが配り歩いている。
気さくに話しかけるロレッタも、大工の間では人気が高い。
トルベック工務店の大工が常連になってくれれば、食堂としては大助かりだ。頑張れよ、お前ら。工事が終わるまでに客を掴んでおくように。
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