異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

無添加48話 過程と結果とドラムロール -1-

公開日時: 2021年4月1日(木) 20:01
文字数:3,515

 リカルドがハムっ子(十二歳・女子)の真正面から猛突進していき、手前で右に急旋回。そのまま後方に回り込んでハムっ子の背後から飛びかかる。

 

「ハムっ子、ゲットだぜ!」

「いゃんです」

 

 しかし捕まる直前、ハムっ子はするりとリカルドの腕を逃れていく。

 

「淑女たる者、みだりに男性に触れてはいけないと、お姉ちゃんに言われているですので、失礼しますです」

 

 走り去る最中ぺこりと頭を下げて、それでも物凄い速度で遠ざかっていく妹。

 思春期なんだろうなぁ、今の一瞬、本気逃げだった。

 

「リカルドー!」

「やかましい、オオバ! 貴様に何を言われるまでもなく、次こそは捕まえてみせる!」

「十二歳の女の子に後ろから襲いかかるとか、端から見てると完全に変質者だぞ、お前ー!」

「本っ気でやかましいぞ! そーゆー競技だろうが!」

 

 失敬な。ロリコン競走じゃないからな、この競技は。

 

「ハムっ子、ゲットだよ!」

「はわゎ……捕まってしまったです」

 

 リカルド(変質者)から逃げ出した妹は、その先で待ち構えていたエステラにゲットされていた。

 リカルドのアホめ。追い込み漁の追い込む側としてまんまと利用されやがったな。

 

「……ふぅ。ようやく一人捕まえたよ。……はぁ、はぁ……しんどい」

 

 エステラが額の汗を拭う。

 ナタリアが抜けた穴が相当大きいのか、随分と苦戦しているようだ。

 青組は狩猟ギルドの連中が多いから荒稼ぎされるかと思ったんだが……

 

「どこぞの脳筋たちが『狩人のプライド』とやらに躍起になっているせいで……」

 

 と、リカルドに聞こえるように小言を漏らして睨みつけるエステラ。

 見れば、ウッセ率いる狩猟ギルド四十二区支部の連中は、十人がかりでハム摩呂を追いかけ回していた。何がなんでもハム摩呂を捕まえたいらしい。

 

「俺に言うな。俺は狩猟ギルドのトップじゃねぇ」

「つーん……」

「あっ、テメッ!?」

 

 リカルドを無視してエステラがよろよろと走り出す。

 相当足にきているようだ。

 よかったぁ、俺不参加で。

 想像以上に過酷な競技みたいだな、これ。

 

 で、狩人のプライドをかけてハム摩呂を追いかけ回しているウッセたちだが。

 

「ありゃ、捕まえられねぇな」

 

 隅に追い込むも、ガタイのいい狩人の股下をくぐり抜けて逃げ出すハム摩呂。

 時に距離をあけ、時に狩人の背中に登り、自分を追い込む狩人たちをひらりふわりと翻弄して逃げ回る。

 ……完全に遊ばれてるな。

 魔獣とは勝手が違うだろう?

 ハム摩呂は身を守るとか、外敵を排除するとか、そういう魔獣的な思考を持ち合わせていないから、狩人たちには動きが読みづらいのだ。

 そいつはただ単に面白がって逃げ回っているだけだからな。動きの先を読むなんて不可能なんだよ。

 

 それがたとえ、実の姉であっても。

 

「ハム摩呂、ゲットです!」

「実の姉への、お断りやー!」

 

 ウッセの陰から飛び出したロレッタ。タイミング的にはばっちりだったはずなのに、ハム摩呂は第六感の上を行く第七感を働かせて「ぴょーん」とその両腕の間をすり抜けていく。

 アレがハム摩呂のセブンセンシズ……小宇宙コスモを感じたぜ。

 

「なら、真っ向勝負で捕まえるです!」

「ほちょ~! 姉の、全力疾走やー!」

 

 ロレッタの瞳が光り、全速力で弾け飛ぶ。

『走り出す』なんて表現じゃ生ぬるい速度でスタートを切ったロレッタ。……だったのだが、ハム摩呂はさらにその上を行く速度で逃げ回る。

 さながら、瞬間移動かのような速度で。

 

「あんた速過ぎです!? ちょっと人間の規格超え過ぎですよ!?」

「時を駆ける・・・、弟やー!」

 

 確かに、今のハム摩呂は時空をも超えているのかもしれない。

 

「あのハムスターの坊や。あんなに速かったかい?」

 

 レジーナの手当てを終えて応援席へと戻った俺の隣には今、俺の道連れとなって競技から退場させられた者たちが並んでいる。

 ベルティーナにナタリア、そしてメドラ。

 

「あいつは、楽しいとどんどん底力を発揮していくタイプなんだよ」

「決して普段手を抜いているわけではなく、コントロールして引き出せる本領以上の驚異的なパワーが眠っている――と、いうことですね?」

「ありゃあ、鍛えようによっちゃバケるかもしれないねぇ」

「元気があってなによりです」

 

 ナタリアとメドラは驚異的な何かを感じているようだが、ベルティーナはのほほんとしている。ベルティーナくらいの感じで見ているのが一番いいと思うぞ。

 ハム摩呂を意のままに操ろうなんて考えるだけ無駄だ。

 あいつは『そこそこ言うことを聞いてくれればOK』くらいの軽いコントロールしか出来ないんだよ。

 こちらが強制的にハム摩呂をコントロールしようとしても、今目の当たりにしている驚異的な力は発揮されない。

 あいつが本領を発揮できるのは、掛け値なく楽しい時、くらいだからな。

 

「お、追いつけないっ……です!」

 

 ロレッタがどんどん離されていく。

 ロレッタの足だって相当速いのに……やっぱ、全盛期との差は大きいんだな。

 

「よし! 陽だまり亭の普通っ娘を囮にして、目標の進行方向で網を張れ!」

「「「へい!」」」

「絶対掴まえるぞ!」

「「「合点だ!」」」

 

 ウッセ率いる狩猟ギルド四十二区支部の面々が、ハム摩呂の前へと回り込んで陣形を組む。

 追うロレッタを利用してハム摩呂を捕まえるつもりらしいが……

 

「人体の、変化球やー!」

 

 ウッセたちの目の前で、高速移動のまま「かくっ!」と直角にカーブしたハム摩呂。

 そのエキセントリックな行動には誰もついていけず、ウッセたち狩猟ギルド四十二区支部の面々とロレッタが正面衝突した。

 

「ぬはぁぁあ!? 筋肉のみなさん、どいてです! 重いです! 汗臭いですっ!?」

 

 筋肉に埋もれたロレッタが鼻を押さえてもがいている。

 あ~ぁ、可哀想に。終わるまで体洗えないのに。

 

 そうして、敵をすべて振り切ったハム摩呂の前にジネットが立ちはだかる!

 いや、たまたまそこに居合わせる!

 

「あ、ハム摩呂さん」

「はむまろ?」

「元気いっぱい走り回って、疲れてませんか?」

「へーきー!」

「じゃあ、わたしとも追いかけっこしましょう」

「うんー! じゃー、僕が鬼ー!」

「え? いえ、あの……わたしが追いかけないといけないルールなんですが……?」

「いくよー!」

「え? え?」

「店長さん、逃げてー!」

「へ? あ、はい! 逃げます!」

 

 と、なぜかジネットがハム摩呂に追いかけられるという謎の展開になり――

 

「つかまえたー!」

 

 ――物の二秒で捕まっていた。

 

「え、っと……あの…………つ、捕まえ、まし、た?」

「はわゎ~!? 捕まってもうたー!」

 

 捕まった……というか、自分から捕まりに行ったハム摩呂は、ジネットに抱っこされて白組陣地へと運ばれていった。

 

 そこで、高らかに鐘が鳴り響いた。

 全ハムっ子がゲットされたという合図だ。

 最後の一人は、マグダの手によってゲットされていた。

 

「……アイム、ウィナー」

 

 なんとマグダは、一人で最高得点100ポイントのハムっ子(9歳女子)をゲットしていた。

 ウッセ…………赤っ恥じゃねぇか。ぷぷぷ。

 

「はぁ~、情けないねぇ、ウチの坊やどもは」

 

 メドラも、そのあまりに残念な結果を見てため息を漏らす。

 結局、青組はハム摩呂にこだわり過ぎてハムっ子を全然ゲット出来ていなかった。

 

「ウッセ。そしてあんたら全員、明日からアタシが直々に特別訓練を課してやる」

「「「「えっ!?」」」」

「あんな小さなハムっ子に翻弄されて、あまつさえまだ幼いマグダよりも成果が出ていないとなっちゃあ、四十二区の支部を安心して任せておけないからねぇ……みっちり、しごいてあげるから覚悟しときな!」

「「「「…………ぅゎあ……」」」」

 

 地獄のどん底へ突き落とされたような表情のウッセたち。

 それを分かったような顔で眺めているリカルドが、余計な口を挟む。

 

「まったくだ。仮にも狩猟ギルドの名を冠する組織の人間なら、もっと目に見える成果を上げるべきだろうが。もう一回鍛え直してもらえ」

「リカルド。あんたは何人捕まえたんだい?」

「う……いや、違ぇよ、メドラ。あいつが、あの女のハムスター人族がやたらと速くて……おまけに、チビどもと違って頭も切れるし……」

「あんたは獲物の行動が読めてなさ過ぎるのさ! だからイノポークにも翻弄される。ちょうどいい機会だ。あんたもウッセの坊やたちと一緒に特訓を受けな。ちったぁマシになるようにアタシがコーチしてやるよ」

「待て! 俺は狩猟ギルドじゃねぇし、そもそも領主である俺にそんな時間は……!」

「そうやって逃げるから狩りの腕が上がらないのさ! 狩猟ギルド本部を抱える四十一区の領主なら、最低限狩りの腕は磨いておきな!」

「そんな……」

 

 余計な口を挟むから火の粉が降りかかってくるんだ。

 藪を突いてメドラを出す。

 類義語は『自殺行為』ってところだな。

 

 よし。

 俺は距離をとって他人のフリを貫こう。

 

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