「それでは。お話を伺いましょうか」
「あぁ……そうだな」
雑談で、緊張は少し解れたでしょうとばかりに、ベルティーナが優しい笑みを向けてくれる。こんな笑みを向けられたら、ガキどもは素直に言うことを聞くだろうな。隠し事なんて、出来るはずもない。
「実は……知ってるとは思うが、大食い大会を開催することになった」
「はい。存じていますよ。先日のデモンストレーションでは、美味しいものをたくさん、ありがとうございました」
その礼はアッスントに言ってやってくれ。
あれで相当な赤字を出したようだしな。
もっとも、おかげで領民への説明がスムーズにいって、且つ領内のモチベーションは急上昇したわけで、ヤツの出費も決して無駄なわけではない。
……なんてな。
あとでエステラがちゃんと立て替えたらしい。区の行うイベントだからと。
アッスントはすげぇホッとした顔をしていたっけな。
「それで、その大食い大会なんだが……出場してもらうわけにはいかないか? シスターとしての立場的に難しいかもしれないと、ジネットは言っていたんだが……」
おぅ……どうした俺。
こちらの要望の後に言い訳じみた補足をつけるなんて、らしくないじゃねぇか。
ちらりと顔を窺うと、ベルティーナは我が子を見つめる母のような、慈愛に満ちた目をして俺を見つめていた。
そして、落ち着いた声で答える。
「そうですね。シスターとして、他者との争いに与することはあまり好ましいことではありませんね」
はっきりと、そう言い切られてしまった。
「勝敗により、どちらかが大きな利益を得るような場合は、特に」
……だよ、なぁ。
ベルティーナの参加によって、戦局は大きく変わる。
冗談抜きで、この付近三区のパワーバランスをひっくり返すほどの巨大な一手だ。
……やはり、教会がそこまでの影響を与えるわけにはいかないか。
「ですが……」
ふわりと、桜のような香りがして、柔らかい温もりが俺を包み込む。
ベルティーナがそっと両腕を伸ばし、俺の頭を抱きかかえるようにして、自分の胸に引き寄せる。
ぽっ、ぽぃ~んってしてるんっすけど!?
「ヤシロさんのことを思う一人の人間としてなら、参加は可能ですよ」
服装のせいでそうは見えないダイナマイツなおっぱいに埋もれながら、そんなことを言われたら勘違いしてしまいそうになる。
「ふふ。といっても、母親が子を思うような感情ですけどね」
「は、母親……っ!?」
「ヤシロさんは、とても可愛いですから」
「い、いやいやいや!」
そうか、子供扱いだからここまで躊躇いなくおっぱいをサービスしてくれてるのか。
し……心臓の音が、聞こえる…………
「ヤシロさん……あなたは、何度も私の子供たちを救ってくださいましたね」
「何度もって……大雨の時だけだろ……」
「いいえ。ジネットも、私の可愛い子供ですから」
「……それにしたって…………何度もってほどじゃ……」
頭を抱く腕にギュッと力がこもる。
「この街を救い、住みよい街へと発展させてくれた……そのことで、これから先、どれだけの人が救われるでしょう。そして……人々が裕福になれば、不幸な目に遭う子供たちも減ることでしょう…………」
それは、落ち着いた声で……だが同時に、悲しい声だった。
「この街の人間はみんな、私の可愛い子供たちなのです。同じ家で暮らしていようとも、遠く離れていようとも……私は、みんなを平等に愛しています」
年齢が俺たちとは一桁違うベルティーナは、この街の現住民たちが生まれた時のことを覚えているのだろう。
かけがえのない、大切な、可愛らしい我が子のように思っているのだろう。
独占するでも、おせっかいを焼くでもなく、ずっとあの教会にいて、いつでも誰でも、そこへ帰っていける……そんな場所を、ベルティーナはずっと守り続けているのだ。
「あなたは何度も子供たちを救ってくださいました。そのあなたが、大切な場面で私を頼りにしてくれた…………これがどれほど嬉しいことか、ヤシロさん、あなたには分かりますか?」
「いや……」
俺には、ただ図々しい話だよなとしか……
「いつも一人で頑張るあなたの力になりたい。弱みを見せず孤独に戦うあなたを支えたい。そう思っている人は、きっとたくさんいるはずですよ」
いや、いつも誰彼構わず巻き込んで……
「ヤシロさん。頼るというのは、自分の弱みを見せることです。重い荷物を誰かに背負ってもらうということです。あなたがこれまでしてきたことは、すべての責任を一人で背負い込み、成功して得た報酬をみんなに配る……そんな、孤独な戦い方なんですよ」
俺は……孤独…………だったのか。
いや、当然だろう。
俺は詐欺師で……ここの連中みたいにお人好しが服を着て歩いているようなヤツを俺と同じ場所に引き摺り込むわけには……
「ヤシロさん」
いちいち名を呼ぶ。
その度に……くそっ……いちいち安心する。
「あなたの周りには、あなたに頼ってもらいたいと思っている人がたくさんいるのではないですか? 頭のいいあなたなら、それに気が付いているはずでしょう?」
「…………」
…………あぁ、くそ。
いい匂いだな……ベルティーナ。なんか、いろいろ回りくどく考えるのが嫌になってくる……
「私は、あなたに頼ってもらえて嬉しかったですよ。あなたのためになら、教会にちょっと怒られるくらい、どうということはありません」
「ちょっ!?」
ベルティーナの腕をはねのけ、体を離す。
教会から怒られるって……それはマズいだろう!?
もし、あの教会がなくなりでもしたら……いや、教会が存続しても、そこにベルティーナがいなくなっちまったら……っ!
「大丈夫ですよ」
ベルティーナの腕が伸びてきて、再び俺の頭を抱え込む。
また、ほのかに桜の香りがした。
「怒られると言っても、何があるわけではありません。それに、我が子のために頑張るのは、母として当然のことでしょう?」
「……母親なら、おっぱいの一つでも吸わせてもらいたいもんだな」
「うふふ……エッチな発言はダメですよ。ですが、そんなことが言えるのなら、もう大丈夫ですね。もう、泣いたりしませんね」
そう言って、後頭部を優しく撫でてくれる。
……誰が泣くか、こんなもんで………………
「任せてください。ヤシロさんには、私が付いています。ヤシロさんの思うがままに突き進んでください。私が全力でサポートいたしますから」
「……あぁ。助かる」
ベルティーナがいれば、ウチの勝率は跳ね上がる。
あぁ……話しに来てよかった。
「その代わり、頑張ったらちゃんとご褒美をくださいね」
「……何が食いたいんだよ?」
「一度、ケーキの全部食べということをしてみたいです。あと、お子様ランチも食べてみたいです」
「……シスターがそんな取り引きしていいのかよ?」
「パパに甘えるのは、娘の特権ですから」
「あのなぁ……」
母だったり娘だったり……忙しいヤツだ。
「任せとけ。ちゃんと勝てたら、新作ケーキも入れて、ケーキ全部盛りを作ってやる」
「それは……俄然頑張らないといけませんね」
ベルティーナの静かな笑い声を聞きながら、「あぁ、花が咲く音がするなら、こんな感じかなぁ」なんて、ポエマーみたいなことを思ってしまった。
絶対誰にも言わないけど。
かくして、なんとかベルティーナの参加を確定させた俺は、少し茹だった顔を冷ましつつ、とぼとぼと陽だまり亭へと戻った。
外出時間は一時間半くらいか。
店内に入るなり、客が一人もいないフロアでナタリアがこんなことを言ってきた。
「ヤシロ様。こんな噂を小耳に挟んだのですが……ヤシロ様は膝枕がお好きというのは本当ですか?」
噂……広まるの早過ぎるだろう…………
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